32 追放(2)
スター冒険者を囲む狂乱から逃れ、てくてくと帰ってくると、失わせ屋の前に立派な馬車が止まっている。
ちょうど降りてきたのは、どこからどう見ても気品が溢れ出ている、若い男性。
「ジャン・アンリ・ド・ブリュワである」
「ジャン…えっ…!?」
つまりは、東隣にある友好国ブリュワ王国の王弟。
正直隣国の王族の顔なんて知らないが、この気品はどう考えても偽物に出せるようなもんじゃない。お供から出る威圧感もすごい。
長らくしていなかった「王族へのお辞儀」を、ぎこぎこしながらこなす。
「貴族がよく来るようになったなあ」とは思っていたけど、さすがに他国の王族が来るなんて、予想外すぎて、なんだこれ。
「どっ…どのようなご用件でございましょうか、王弟殿下」
「我がブリュワの、聖女様の件で」
ブリュワには、一世代に一人「太陽神に祈ることで豊穣をもたらす」とされる聖女が生まれる。なんかこう、身体のどこかに特徴的な痣があるとか、そういう感じで。
聖女の力がどれくらいのものなのかは謎だが、ブリュワが農業大国として君臨し、莫大な富を得ていることは確かだ。
この町で売られている野菜や果物も、半分くらいはブリュワ産だったりする。私もブリュワ産の「聖女オレンジ」が好きだ。ちょっとお高めだが、皮が薄くて味が濃厚で、種もない。
「聖女様を追放しようとしている兄を、止めたいのだ」
彼の兄であるブリュワ王は、父王の崩御に伴って留学先から戻り、このほど即位した。
留学先で「近代的な農業」を学んだ新王は、農業技術の進歩に感銘を受け、「聖女の祈りに頼るブリュワの農業は、遅れているのではないか」という疑問と危惧を抱くに至った。
《そもそも聖女の祈りなど、迷信ではないのか。聖女の祈りによって豊穣がもたらされているという証拠が、どこにある》
幼いころから聡明だと評判だった新王がそう言い出したことで、「確かにそうだ。税金をかけて聖女を手厚く保護する必要は、本当にあるのか」という近代農業派が一気に増え、「聖女様は我々と太陽神をつないでくれる尊い存在で、なくてはならぬ」という聖女擁護派と論戦を繰り広げている。
「…王弟殿下は聖女擁護派でいらっしゃる?」
「そうだ。一時期アンリエッタ様が体調を崩されたことがあって、その時期は収穫量が減ったのだ。偶然にしてはあまりにタイミングが合いすぎている」
「そのお話を、陛下とは…」
「した。が、信じてもらえなかった。それにもう時間がないのだ」
国を二分する議論は、終わる気配が見えない。
焦れた国王は王弟に「聖女の罪を捏造してくれ。横領でも何でもいい」と言い出した。
聖女が罪人だとなれば、追放できるから。
「断ったし諫めたが、私ではない別の誰かが命じられて、アンリエッタ様を陥れてしまう可能性がある。兄が取り返しのつかないことをする前に何とか止めたい」
小説なんかでは国ぐるみで聖女を無能扱いして追放するけど、現実では聖女を守ろうとしてくれる人もいるわけで。
「仮に聖女信仰が迷信であったとしても、あんなに真面目で慈悲深くて笑顔が可愛くて賢くて話もおもしろくて毎日毎日誰よりも真剣に国のために祈っているアンリエッタ様に、犯してもいない罪を着せて追放するだなんて、あってはならないんだ…っ!」
「…?」
――彼がここへ来たのは、国のためか大聖女のためか、はたまた自分のためか。
なんて、私には関係ない。依頼されたことを粛々とやるだけだ。
すっと免責事項の紙を出す。
「サインをお願いいたします。結果がどうあれ、外交問題にしないことも、私を何の罪にも問わないことも、くれぐれもくれぐれも、お約束を」
「わかっている」
「公印を」
「ああ」
移動魔法でブリュワまで飛び、念のため髪を薄紫から茶色に変え、「本当に外交問題にならないよな」と震えながら、私はブリュワ王に術をかけた。
◇
私は聖女擁護派の筆頭である弟ジャンに出征を命じ、その隙に聖女アンリエッタ様に公金横領の罪を着せ、国から追い出した。
聖女擁護派は最初からいなかったかのように、静かになった。「擁護していた聖女が欲深い犯罪者だった」ということになったのだから、無理もない。
「新しい時代の幕開けだ」
農業法人を設立し、最新の農機具や肥料を導入し、魔法使いを雇って空から種と農薬を撒く。
私は聖女に頼る「古い農業」から脱却した賢王として、歴史に名を残す。
――はずだったのに。
「なんだこの収穫量は!?」
農産物の収穫量は、軒並み激減した。
「どうなっているんだ!?」
「ま、まだ一年目ですのでどうかご容赦を…」
農業先進国から連れてきた専門家はおろおろと頭を下げる。
「…頼むぞ」
しかしその次の年の収穫量は、さらに減った。
「どういうことだ!」
「ブリュワは開けた土地が少なくて、大規模農業には適しておらず、土の質も悪くて…」
「言い訳するな!それを改善するための肥料や農薬や農機具ではないのか!?」
「そのすべてをもってしても、どうにも…どうやってこんな瘦せた土地であの収穫量を達成していたのか、我々にはわかりません」
輸出分はおろか、自国用の食糧も足りない。
「陛下、トエス王国が食糧を売ってくれるそうです」
「あの枯れた大地しか持たぬ国が食糧を売るだと…!?」
ブリュワからの輸入品に頼って、命をつないでいた国が…?
「トエスに聖女様が現れ、収穫量が増えたと…」
その聖女が、自分が追い出したアンリエッタ様だとわかるのに、時間はかからなかった。
「アンリエッタ様が追放された」と聞いたジャンが戦場から引き返し、彼女をトエスまで送り届けたのだ。
喉から手が出るほど聖女を欲しがり、「聖女を手厚く扱う」と約束したトエスに…
「陛下、トエスから入ってきた食糧でも足りません!」
「各地で暴動が…」
アンリエッタ様に手紙を書いたが無視され、直接会いに行っても面会を断られた。
このままでは、次の聖女が生まれる前に、国が沈む。
「アンリエッタ様…!どうか戻ってきてください…!」
私は、なんてことをしてしまったんだ。
◇
王ははっと目を覚ました。
「兄上、今のは未来です。アンリエッタ様を追い出した後の、我が国の行く末です」
「未来…?ではアンリエッタ様は、まだこの国にいる…?」
「はい。神殿で祈りを捧げてくださっています。いつもの通りに」
王はふうっと安堵の息を吐く。
「兄上が学んできた農業技術も、素晴らしいことだとは思います。アンリエッタ様と共存する形にすれば、聖女様の負担も減らせるかと」
「…そうだな。聖女様に頼るところと、自分たちで努力できるところを切り分けよう」
頷き合った国王と王弟。
王弟は私ににっこりと笑いかけた。
「ありがとう、ブリュワは救われたよ。君は国の恩人だ。爵位を授けたいが…」
「…!もったいないお言葉でございますが、私には過分です。ですが一言だけ聞いていただいても?」
人の人生には干渉しないのがモットーだけど、王弟には一言だけ言いたい。
私はブリュワにとって国家レベルの恩人なんだし、ちょっとくらい差し出がましくてもいいでしょ?
「国王陛下は王弟殿下のおかげで、後悔しない選択ができたことでしょう。ぜひ殿下ご自身も、後悔しない選択と行動を」
「それはどういう…」
「聖女様へのお気持ちのことです」
「…!いや、私は何も…!」
真っ赤になった王弟を置いて、私は言い逃げして家の前まで戻り、ようやく緊張から解放されて、ふうっと深く息をつく。
「お風呂入ろ…」
◆
それから何か月か経ったある日、新聞にとある記事が載った。
《ブリュワ王国の王弟殿下、聖女アンリエッタ様と婚約》
その翌日、「婚約のご挨拶」と称して馬車いっぱいの野菜や果物が家に届いて、私は巨匠からローウェンさんまで、あらゆる知り合いに「聖女オレンジ」や「聖女トウモロコシ」を配り歩くことになるのだった。




