27 憧れの生活(1)
「僕ら人事も必死で残業削減に取り組んでるんですよ。だから先輩、戻ってきません?」
ジョシュアはそう誘ってくれて、ポーラもノアもうんうん頷いてくれる。
実際働いてる人たちの顔色は少しよくなってる。魔塔での仕事自体は楽しかったし、懐かしい仲間もいる。
でも…
「やめとく。今の暮らしも仕事も、それなりに気に入ってるからさ」
ジョシュアが残念そうに「そうですか」とため息をついたとき、「理想です。組織にも場所にも縛られない自由な働き方」という声がした。
「ベネディクト、久しぶりだね」
「お久しぶりです、先輩。食堂で昼食をご一緒しませんか。フリーランス魔導士としての生き方を、ぜひご教示いただきたく」
「いいけど、たぶんベネディクトが期待してるようないいものじゃないよ?私は自分でなりたくて選んだわけじゃないし…ただ死なないためにここを離れて、自分なりに折り合いをつけてゆるゆると生きているだけだからさ」
「ご謙遜を」
新入職員の教育係として彼を担当したときからの付き合いなのに、ずっと妙に堅苦しくて仰々しい後輩、ベネディクト。
彼は私の向かいでグラタンをつつきながら早口で話し続ける。
「正直、組織で働くって疲れるじゃないですか。業務内容にも時間にも自由がないし、僕の適性に合わない仕事で時間を使わざると得なくて、貴重な時間を自身の成長のために使えてない気がして嫌なんですよね」
「そう?私は正直、成長は魔塔時代のほうができてた気がするけどね。自由に業務を選べないってことは、嫌でも幅が広がるってことだし」
「そうかもしれませんけど。あと人間関係で神経をすり減らすのも、組織で働く大きなデメリットじゃないですか?上司との相性が悪かったら先輩みたいになるわけだし、集中してるときに話しかけられたら効率が落ちるし、くだらない雑談に巻き込まれたら時間の無駄だし」
「だね。だけどずっと一人だと、ときどき誰かと雑談したくなることはあるよ」
今はしょっちゅう巨匠が遊びに来るし、依頼人たちが近況報告に寄ってくれることもあるから、雑談相手には困らなくなってるけど。
「それに正直、私くらいの実力があれば、フリーのほうが収入は高くなる気がするんですよね。勝ち組フリーランスというか」
「…かもね」
「先輩は今、どれくらい稼いでますか」というデリカシーのない質問に、私はありのままを答える。
彼はふっと馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「先輩、もっとうまくやったほうがいいですよ。集客しやすい王都で展開するとか…王宮前の一等地に店を構えれば、貴族や富裕な商人からも依頼が入って、高単価化できるんじゃないですか」
「儲けたいわけじゃないから」
「社会貢献も大事ですけど、事業化するなら存続できるように考えないといつかジリ貧になりますよ。僕ならもっとうまくやるのに。フランチャイズでロイヤリティを稼ぐとかもいいですね」
だからそんなこと、どうでもいいんだってば。
私のイライラを感じたのだろう。
横でジョシュアが、「ベネディクト、ちょっと遠慮がなさすぎるぞ」と注意する。
「だって先輩ほどの実力があるのにその収入じゃ、聞いていて居ても立っても居られないくらいにもどかしいんですよ。でも、やっぱり私も魔塔を辞めて独立しようっていう気持ちが強くなってきました。それで、ティナ先輩にお手本を見せてあげますよ」
そうか。自信があるんだね。
「だったら見せてよ、お手本」
私はベネディクトに術をかけた。
◇
私は魔塔を辞めて独立し、魔道具の設計を請け負う仕事を始めた。
売り上げは、すぐに魔塔時代の収入を超えた。
「はっきり言って、勝ち組だ」
けれど病気になって休んだら、すぐに収入は減ってしまう。
自由だとは言うけれど、仕事を減らして自由時間を確保しても、当然収入は減る。
だから使える時間は、すべて仕事に費やすようになる。
いつまで働いていても、誰も止めない。
だって自分の自由だから。
そうやって、睡眠時間は減っていく。
「いや…いいんだ。煩わしい人間関係のストレスがないんだから」
そう。誰とも話す必要がない。
…むしろ話せない。
気づけば一日、誰とも話さずに終わることもある。
ちょっとわからないことがあるとき、気分転換したいとき、話せる上司や同僚はいない。
「ベネディクト先輩のアドバイスで、初めてオリジナルの魔法式が決裁通ったんです」なんて、泣きながら報告してくれる後輩もいない。
「後輩の成長なんてどうでもいい。自分が成長できれば」
だけど、今の仕事は本当に成長につながっているんだろうか。
スキルを活かせてはいるけれど、毎日同じような魔道具の設計ばかりしている。
新しいことに挑戦したい。
けれど、その時間がない。
経理みたいなことも自分でやらないといけないし、残ってる時間では今目の前にある「お金になる仕事」をこなしたいから。
「なんだ、これ…?」
これが僕が夢見ていた、「自由に成長できる勝ち組フリーランス魔導士」の生活なのか…?
◇
「未来シミュレーションですか…?」
「そ」
そう呟きながら呆然と現実に戻ってきたベネディクトに、私は聞く。
「どう?そんなにうまくいくもんでもないでしょ?」
「私の想定が…やや甘かったみたいです。もう少し…メリットとデメリットを、細かく詰めないといけませんでした」
「…だね。フリーランス化を推奨する人って、フリーランスのいいところしか紹介しないからね」
時間と場所に縛られない。クソ上司はいない。
同時に、仕事とプライベートでメリハリのついた毎日も、ちょっとした人間関係も、雑務を一手に引き受けてくれる部署も、やりたくはないけど自分を成長させてくれる仕事も、失うのだ。
「私は後悔してないけど、『ありがたかったな』と思うことはあるよ」
「…はい」
「ジョシュアたちが頑張ってくれてるおかげで、魔塔の労働環境も改善してるしさ。どうしてもって言うなら止めないけど、失うものも理解してから決めたほうがいいよ」
「勉強になったので、シミュレーション代を払わせてください」というベネディクトに、「私が勝手にやっただけだから」と手を振る。
「大人げなかったし、忘れてほしいくらいだよ」




