26 未来で出会う相手(2)
からりと鈴が鳴って、ドアが開いた。
「先輩、移動魔法拒否してます?店内に直接飛べなかったんですけど」
「うん。こないだ本部長が来てさ…ってジョシュア、移動魔法使えたっけ?」
「苦手ですけど、最近はこういう魔道具があって。あまりに便利なんで、ローン組んで買いました」
そう言って「不器用でもラクラク!移動魔法陣マットDX」を見せてくれたのは、魔塔で人事をやっている後輩。
いつだったか、「遅刻魔導士」を連れてきて以来だ。
「報告がひとつと、依頼がひとつあります」
報告のほうは、こないだここへ来た元上司が魔塔をクビになったという話だった。
「いつまでも先輩が帰ってくると主張して後任を育てようとしなかったうえに、結局先輩を連れ戻せなかったってことで」
「そ。で、依頼とは?」
「ポーラとノアの件で」
魔獣討伐課のエースであるポーラと、討伐の後方支援を担当するノアは、私が魔塔にいたときからの恋人同士だ。
はつらつとしたポーラと、内気だが優秀なノアのカップル。
「何か問題が?」
「異動希望調査のときに、ちらっとポーラから聞いたんですけど」
とある休日、ポーラの通信機に、魔獣討伐課の男性同僚から連絡が入った。
「あの備品ってどこだっけ?」というあるあるな連絡だったのだが、ノアがポーラを責め立てたのだという。
《なんで休日に、なんでこんなどうでもいいことで連絡が?》
《他にも同僚がいるのに、なんでわざわざポーラに?》
《ポーラも、なんでデート中なのに出るの?》
「…ノアって束縛系男子だったの?」
「みたいですね。それがきっかけになって、止まらなくなったそうで」
魔獣討伐課の現場チームは、出張も多い。
ポーラはノアから「出張を隠れ蓑に浮気しているんじゃないか」「予定より帰りが遅かったのは、誰かと会ってたからじゃないのか」と疑われるようになった。浮気なんてしていないのに。
通信機の履歴を勝手に見られたり、休日に「久々に一人でいたいから、今日は会わない」というと泣かれたり。
「このままじゃポーラも限界がきて、ノアと別れてしまいかねません。何とかしてあげたくて」
「恋愛事情への介入って、人事の業務範囲なの?二人の問題だから放っておけばいいじゃん」
ジョシュアは唇を尖らせる。
「ポーラもノアも同期なんです。ノアは自信がないだけでいい奴だし、ポーラだってまだノアのこと好きなんだし、できるだけのことはしてあげたくて」
相変わらずお人よしだな。
私は元上司のいなくなった魔塔へ飛び、「お久しぶりです」と頭を下げてくれたノアに術をかけた。
◇
ポーラが、今日も怒ってる。
「浮気なんてしてないんだってば、信じてよ」
「信じられない。だったらなんで遅くなったの」
「帰り道でエドがお腹痛くなって、みんなで待ってて…」
「そんな都合よく、お腹が痛くなる?」
「しょうがないじゃん、人間だもん!」
また別の日も、怒ってる。前より少し深刻そうな顔で。
「ねえ、ノア。私の通信機に位置情報の魔法式を仕込んだの?」
「…そうだよ。心配だから」
「私の許可もなく?心配だったら勝手に何してもいいの!?」
そんな喧嘩が続いたある日、ポーラから別れを告げられた。
「ノアのことは好きだけど、毎日監視されてるみたいでしんどい」と。
「『不安にさせている私が悪い』と考えてもみたけど、やっぱりこんなのおかしいよ」
「ポーラ、待ってくれ。僕は心配で仕方なく…」
彼女の目には、疲れが浮かんでいる。
「私は浮気なんてしてない。何度も本当のことを言ってるのに信じてもらえない。一方的に疑われて、縛られて、こんなのでどうやって信頼関係を築けって?」
「そ、それは…」
彼女を信じたくなかったわけじゃない、と思う。
ただ、彼女が本当に僕のことなんかを好きでいてくれるのか、不安でたまらなくて…
「喧嘩になったらノアが泣いて『もう束縛はしない』って謝って、だけどしばらく経ったら結局いつも元通り。もう限界」
彼女は、何も言えない僕に背を向けた。
「待って!愛してるんだ、ポーラ」
だけど彼女は僕が伸ばした手を、防御魔法で弾いた。
その強さが、彼女の拒絶を明確に示していた。
何度でも何度でも、ポーラは僕に向き合ってくれると思ってた。
「一緒にいるために、どうしたらいいか話し合おう」って。
だけどこの日を最後に、彼女は僕の前からいなくなった。
辺境の支部に異動して、そこで出会った騎士と結婚したと聞いた。
彼女が仲良くしていた魔導士に頼み込んで写真を見せてもらったら、彼女は幸せそうに、本当に幸せそうに、騎士の肩に頬を寄せて微笑んでいた。
「…彼女は僕のところには戻ってこないんだ」
ポーラの結婚を知ったあとで何人かの女性と付き合ったけど、しばらく付き合うと連絡が取れなくなって、誰とも長続きしなかった。
《一緒にいるために、どうしたらいいか話し合おう。本当にノアのことが好きだから》
そうやって僕に向き合ってくれる人は、ポーラ以外には誰もいなかった。
◇
ノアは泣きながら現実に戻ってきた。
「このままじゃ、ああなる?」
「そうだよ」
「でもどうやって止めたらいいのか、わからない。だってポーラは魅力的な人で仕事もできて、でも僕は冴えない後方支援担当で…浮気されても仕方ない。だから心配で心配でたまらなくなるんです」
冷たいようだけど、こっちは別に言い訳を聞きたいわけじゃない。
「で、どうする?」って話なのだ。
「じゃあこのまま彼女を疑い続けて束縛を続けて、嫌われて別れる?それとも彼女のそばにいるために、自分を変えて向き合う?」
「でもポーラ、未来で別の男性と幸せそうでした。すごく逞しくてかっこいい人で…僕といるより彼といるほうが、ポーラは幸せなのかもしれません」
「そう思うなら、そうしたらいいよ」
変わる気がないなら、未来は変えようがない。
「この様子じゃカプセルも売れなさそうだし」と肩をすくめて背を向けると、ポーラが部署の入り口に立っていた。
「あ、いたの」
「はい、ジョシュアに呼ばれて。お久しぶりです、ティナ先輩」
「うん、久しぶり。どこから聞いてた?」
「ノアが泣き始めてから全部です」
ポーラがノアに目をやる。
「ノア、本当の気持ちを教えて」
「ポーラに幸せになってほしい…けど!僕だってポーラと幸せになりたいんだ。君みたいな人とは、二度と出会えないから」
自分を愛し、限界まで向き合ってくれる人は、貴重なものだ。
「ポーラと一緒にいるために、自分を変えたい」
彼女はノアの手を握った。
「本当にその努力をしてくれるなら、『私は未来で出会うかもしれない誰かさん』じゃなくて、ノアとの幸せに賭けるわ」
「…いいの?」
「ええ、まだノアのことが好きだから」
ここで「でもポーラ、あなたの未来の旦那様はかなりハンサムだったよ。筋肉質でさ」なんて言うのは、野暮ってもんだろう。
ノアがポーラの手を握り返し、二人はぎゅうっと抱きしめ合った。ポーラの肩越しに、ノアが言う。
「先輩、カプセル四ダースください」
「毎度。でも飲みすぎ注意だよ」
遅刻しすぎる魔導士のエピソードは、第12話にあります。




