25 未来で出会う相手(1)
ローウェンさんは食事のあと、家まで送ってくれた。
《また食事に誘ってもいいですか》
《いいですよ》
《嬉しいです。おやすみなさい》
そう言って、私の手の甲にキスをして。
びっくりして思わず手を引っこ抜いちゃって、変な空気になっちゃったじゃん。
彼は元近衛騎士だから、そりゃどこぞの貴族で、あんなのただの挨拶なのかもしれないけど。
「こっちは慣れてないのよ」
そう呟いたとき、ノックの音がした。
客は、ある伯爵家に仕えている執事だと説明する。
「旦那様が奥様と離婚しようとしておいでで」
伯爵夫妻はまだ若く、結婚三年目。
しかし夫人に懐妊の兆しがなく、跡継ぎが欲しい伯爵は焦れだした。
「跡継ぎは養子をとればなんとかなる話です。ですから離婚はどうしても思いとどまっていただきたいのです」
夫人が来てから農地の収穫量はあがって税収は増え、使用人にも気配りしてくれるので使用人の入れ替わりもなくなり、社交の場でもよく伯爵をサポートしている。
「奥様以上の奥様はおられません。奥様がいなくなってしまったら、伯爵家はどうなるか…それを旦那様にもわかっていただきたくて」
免責事項にサインしてもらって伯爵家に飛び、私は「なんだなんだ」と驚く伯爵に術をかけた。
◇
ヘイゼルは、不妊だ。名門伯爵家の妻として、あるまじきことだ。
医者に検査させて「奥様の身体には何の問題もない」と言われたが、嘘に決まっている。
「私に問題があるはずはないのだから」
そう証明するために愛人を作ったら、愛人のヴァイオレットはあっさりと妊娠した。
「どうだ」
「ヘイゼルが悪い」と証明して、反対する執事を黙らせ、私はヴァイオレットと再婚した。
これでようやく、正しい伯爵家のかたちになった。
けれど、何かがおかしい。
ヴァイオレットに仕事を任せ始めてから、退職する使用人が増えた。
夜会などの社交に誘われる数は減り、屋敷でパーティーを開催しても人が集まらない。
どうしてだ。私は社交界の人気者だったはずなのに。
「伯爵夫人としての仕事をしてくれ」とヴァイオレットと話をしようにも、「妊娠中で大事な時期なのに、うるさく言わないでくださいまし」と睨まれるだけ。
「新しい妻があまりに不出来で」と嘆いたら、貴族学園時代の同級生に笑われた。
「ヘイゼル様に比べたら、誰だって不出来だろう」
「…え?」
「…まさか、わかってなかったのか?」
彼曰く、前妻はあらゆることに気を配っていた。
相手と場面に合わせた贈り物を考える天才で、服装も小物も集まりに合わせて細かく変える。
そうやって相手の機嫌を取り、商談や提携につなげていたのだと。
「思い当たらないか?」
《伯爵、素晴らしいプレゼントをありがとう!エイドリアン時代のアンティークが、こんな良い状態で残っていたとは驚きだ。私がいっぱしのコレクターだと知ってくれていたことも嬉しいよ。さあ、あちらで商談を詰めようじゃないか》
《伯爵、そのタイのシルクは我が国の?そうだと思ったよ、艶が違うからね。染料も我が領地の藍だって?そうそう、相性が最高なんだよ、伯爵夫人。その点については私も一家言あってね。少し長くなるがお話ししても?ああもちろん、伯爵領で藍を生産したいなら協力するよ》
いつだって妻が用意したプレゼントや、準備してくれた小物から、自然に話題と人脈が広がっていた。
今更、そう気づく。
「彼女、第四王子殿下と再婚するらしいけど、それも納得だよ」
「なんだって!?」
「知らなかったのか?殿下は貴族学園時代からヘイゼル様のことを想っていたらしいよ。君と婚約していたから表には出さなかっただけで」
「王子が離婚した女性と結婚だなんて」
「異例だよな。『それだけ想いが強かったんだろう』なんて言われているね」
――王宮での夜会。
噂通りに第四王子殿下と一緒に登場したヘイゼルは、見違えるようにきれいになっていた。笑顔が眩しい。
けれどヘイゼルは私と離婚するとき、泣いていた。きっとまだ、私のことを愛しているはずだ。
「ヘイゼル」
「ジェームズ様」
彼女が一人になった隙を狙って、話しかける。
「王子妃に…公爵夫人になるなんて嘘だよな?」
「嘘ではございません」
「離婚歴のある不妊の女性が王子妃になるなんて、聞いたことがない。君は騙されているんだ」
「いいえ。殿下はそのような方ではございません。子どもについても気にしないと」
「頭を冷やせ。今からでも遅くないから、私のところに戻ってこい。ヴァイオレットとは離婚してやるから。ああそうだ、ヴァイオレットが産む子どもを養子にして二人で育てよう!それなら全部解決だ、な?」
「何をおっしゃっているのですか」
背を向けようとしたヘイゼルの腕を掴む。
「痛っ…痛いです、ジェームズ様…!」
ヘイゼルの瞳に恐怖が宿ったとき、「何をしている!」と怒声が響いて、私の腕がひねり上げられた。
「第四王子殿下…!」
「ヘイゼルに触るな!」
そのまま床にどさりと倒される。
「なんだなんだ?」と周囲のざわめきが大きくなる。
「前妻が王子妃になると知って、今更縋ったのか?自分から離婚したくせに?」
「でもほら、今の奥様って派手なだけでちょっとあれだから…」
「…気づくのが遅すぎないか?」
そうだ、遅すぎた。
◇
青い顔の伯爵が目を覚ましたときに、コンコンとノックの音がした。
「あら、お客様でしたか?」
伯爵夫人だ。
「…なんだ?」
伯爵はようやくその大切さに気付いた優秀な妻に、出来得る限りの優しい声を出す。
「一か月後に第四王子殿下の誕生日がございます。贈り物の候補を決めましたので、旦那様に選んでいただきたくて。王子殿下はガラス工芸の愛好家でいらっしゃるので…」
「第四王子殿下だと…!?」
伯爵が執務机を叩いて立ち上がる。
「え、ええ、第四王子殿下です。どうなさなったのですか、旦那様」
「ずっと彼と浮気していたのか!?」
「ええっ!?何をおっしゃっているのですか」
夫人は目を丸くした。
現時点で夫人と第四王子の間には何もやましいことがないのだから、こんなことを言われた夫人が「わけがわからない」と言うのは当然だ。
「お前は…っ!不妊のくせに…!不妊のくせに離婚してすぐ、しかも王子と再婚だと!?俺が散々苦労しているのに助けようともしないで…!」
「きゃあっ…!」
未来と現実の区別がつかなくなった伯爵が夫人の頬を打ったのはあっという間で、私も執事も止められなかった。
「伯爵夫人…!」
私は慌てて夫人の頬を魔法で冷やす。
執事には、目で伝えた。
「夫人を、解放してあげたほうがいい」と。
◆
伯爵の家庭内暴力は表沙汰にはならなかったものの、夫妻は離婚した。
そして元伯爵夫人は、ほどなく第四王子からプロポーズを受けて再婚する。
公爵夫妻となった王子と夫人はのちに子宝に恵まれ、それを知った私は「あれ?じゃあ伯爵が見た未来で愛人のお腹にいた子どもって実は…?」なんて、ちらりと思うことになるのだが…
それはまだ誰も見ていない、未来の話である。




