24 親の心配、子どもの心配(2)
店に戻ると、町の治安維持や犯罪捜査などを担当している子爵家の騎士が、いかにも不良少年っぽい不良少年を連れてやってきた。
少年は十五歳くらいだろうか。
「彼に未来を見せてやってほしいんです」
「なんでまた」
「こいつは夜な夜な町をうろついて喧嘩騒ぎなんかを起こしては、私たちに補導されているんです」
「そうでしょうね。そんな顔してますもん」という言葉を、何とかひっこめる。
「家に連絡すると、そのたびに母上が血相を変えて迎えに来てくれて、私たちに何度も何度も頭を下げて謝るんです。なのにこいつは母上に謝りもしなければ感謝もしないで」
「けっ…なにが母上だよ。あんなクソババア」
騎士は少年の頭をはたいた。
「実は私も昔、素行が悪かったんです。親には苦労ばかりかけて…」
「なるほど」
「『親孝行、したいときには親はなし』とはよく言ったもので、親孝行はおろか、親に謝ることすらもできなかった。この子には、そうなる前に気づいてほしくて」
「そういうことですね。じゃあこちらの免責事項にご記入を」
不良少年は「ふん」と鼻で笑い、椅子を後ろに倒してテーブルに足を乗せる。
おい、不良少年よ。それがかっこいいとでも思ってるのかな?
「汚れるし、倒れたら危ないからやめてもらえる?」と言いながら、私は彼に術をかけた。
◇
騎士の詰め所。
いつものように夜遊びで補導されて、いつものように母親が迎えに来るのを待っている。
いつもならどのダチの親より早く来るのに…
夜が明けそうになっても、母親は来なかった。
「ちっ…クソババア!帰れねえじゃねえかよ…っ!」
「様子を見に行ってくる」と出ていった騎士が、慌てて戻ってくる。
「マック、すぐ家に帰れ!」
「お、出してくれんの?」
「ああ、送ってやるから帰るぞ!すぐ出ろ」
「なに、俺って偉いさん?」
「冗談を言ってる場合じゃない!お前の母上が倒れたんだ。医者を呼んだが…どうなるか」
「は…?」
倒れたなんて。大袈裟なんだよ。
どうせ風邪みたいなもんに決まってる。
だけど家に帰ったら、ベッドでぐったりしてる母親の顔は腐った土みたいな色で、医者は難しい顔でため息ばっかりついてる。
「心臓が弱ってるな」
「死ぬのか…?」
「これ以上無理をすれば。とにかく安静に」
騎士に「お前が母上の食事を作って、洗濯するんだ。できるか」と聞かれても、できるわけなんてない。
「できないのか」
「仕方ねえだろ!全部ババアがやってたんだから」
頭をはたかれる。
「『やってくれていた』と言うんだ!教えてやるから、自分でやってみろ。どれほど大変かわかるはずだ」
「ちっ…」
簡単なスープの作り方と洗濯の方法を駆け足で教えて、騎士は「また様子を見に来る」と言って詰め所に戻っていった。
「くそ…っ」
飯を作って食器洗って、服も洗って干して取り込んで…毎日なんて、できるわけがない。
だって、包丁で切ってしまった指に、石鹸を溶かした冷たい水が沁みて痛すぎる。ズボンの裾についた泥は、擦ってもなかなか落ちねえし。
と、玄関のドアが叩かれた。窓から覗くと、大家のジジイだ。大家が来たってことは、家賃の集金だ。
「なんだ、金なんてねえぞ」
「まだ集金日じゃないさ。ナンシーの体調はどうだ」
「俺に聞くなよ。医者じゃねえんだし」
ため息とともに「ほれ」と手渡されたのは、ほわりと温かい紙袋。
匂いが漂っているから、中は見なくてもわかる。
「なんでパンなんか」
「ナンシーからいつも頼まれてたのさ。『自分に何かあったら、マックを助けてやってください』ってな。母一人子一人で、自分は体も大して強くないのに働きづめ。不安だったんだろう」
「ちっ…」
「ナンシーはうちの掃除や草抜きなんかを手伝ってくれてね。風邪を引いたときには粥の差し入れもしてくれたよ。世話になった人の頼みを無視できるほど、わしも薄情じゃないからな」
唇を噛むことしか、できない。
「マック、お前さんはずっと母さんに守られてたんだ。今もな」
「…」
「わかったなら、母さんを大事にしなさい」
「…うるせえ」
何とかそう絞り出してジジイを帰らせ、乱暴にパンをくわえる。
「うま」
なのに、のどに詰まる。
――このパンも、クソババア…母さんのおかげ。
母さんは、ずっと俺を守ってくれていた。
無理して働きながら、周囲に頭を下げながら。
そして俺は、守られているだけだった。
強がっても本当は弱くて、結局は母さんがいなければ生きていくことすらできないから…
どうしてか、足が母さんの部屋に向く。
母さん、こんなに痩せてたっけ。
息をしているか心配で、耳を口に近づける。
すーすーと音が聞こえて、心底安心して。
だけどもしこのまま、母さんが死んでしまったら…
◇
「母さん、死なないで…ごめん、俺…」
少年はそう泣きながら、現実に戻ってきた。
はっと我に返り、気まずそうに私を見て、騎士を見て、唇を噛む。
騎士は基本料金を支払い、「…帰ろうか」と立ち上がった。
◆
一週間後、あの騎士が嬉しそうに報告に来てくれた。
「マックが働き始めたんです。もっと給料のいい仕事に就くために、仕事のあとには夜間学校にも行って…家事も手伝っているそうで」
「よかったですね」
「ティナさんのおかげです」
「私というより、あなたのおかげかと」
「自分に似た境遇の少年」に手を差し伸べる、お節介な騎士さん。そんな人がいないと、救われる人も救われない。一人では抜け出せないことも、きっとたくさんあるから。
「またああいう子がいたら、連れてきていいですか」
「…いいけど、テーブルに足を乗せるのはなしで。ちゃんと言い聞かせてから連れてきてくださいよ」
そう言いながら彼を見送るためにドアを開けると、目の前にローウェンさん。
今日は約束していた食事の日だった。
「ティナ殿、迎えに来ました」
「あ、どうも」
騎士さんが目をぱちくりとする。
「ローウェン殿…?とティナさんって、え、そういう…?」
「一緒に食事に行くだけです」
事実を述べただけなのに、なぜだかちょっと悲しそうな顔をしたローウェンさんに、私は「行きましょう」と声をかけた。




