22 もう遅い(2)
エラさんに誠実な恋人ができそうなことを確認して、いい気分で家兼店に帰ってくる。
からんと鈴を鳴らしてドアを開けると、彼がいて、私は身体をこわばらせた。
「ティナ・ノクスヴィル。久しぶりだな」
元上司。
確かに久しぶりだけど、なんと答えたらいいのだろう。
「…失わせ屋のご依頼ですか」
「そんなくだらないことじゃない!いいかげん戻ってきてくれ!何度頼んだら帰ってきてくれるんだ!?」
復職要請と、失わせ屋。
どっちがよりくだらないかと聞かれれば、復職要請のほうがくだらないと思うのだが。
「ご依頼じゃないなら、話すことはありません。お引き取りください」
「帰らないぞ、私は!君がついてきてくれるまでは!どうしてだ?部長の椅子を用意するといっただろ?もっと上がいいか?」
「何度頼まれても、どんな条件でも戻りませんから、お引き取りください」
「これだけ頼んでるのに…!」
そう。ただ頼んでるだけだ。
私が辞めた理由も、戻らない理由も、わかってないしわかろうともしてない。
「こんなところまで直接来るくらいなんだからちょっとは考えたのか」と思った私が、馬鹿だったみたい。
そういう人は変わらないって、私はもうわかってる。
「もう遅いです」
「…強情もいい加減にしろ!」
上司が私の手首を掴む。私の体中に鎖が巻き付いた。
「…!!」
彼得意の捕縛魔法。
クソ上司だが、魔塔で管理職をやってるくらいだから、魔導士として一応優秀ではあるのだ。
私ももともと接近戦で使えるような魔法は得意じゃないし、しかも魔塔時代に比べたら完全になまってるわけで…なんて言い訳だけど、とにかく発動が速すぎて防げなかった。
「魔塔に帰るぞ、ティナ」
「やめてください!」
彼に幻影をかけようとした瞬間に、「ティナ殿、どうしたんですか!?」と大きな声がして、ドアが開いた。
よりによってこんなタイミングで、剣術師範のローウェンさん。
鎖で身体をぐるぐる巻きにされた私を見て、いつも温厚で時々挙動不審な彼の顔が、見たこともないくらい険しくなった。
「ティナ殿を放せ!」
ローウェンさんは剣を抜いたけど、「魔塔の管理職」対「田舎の剣術師範」じゃ、勝負は見えてる。
ローウェンさんが敵うような相手じゃない。絶対大怪我する。
「ローウェンさん、だめです!」
私の制止と同時に、彼は元上司の手から私の身体に繋がっている鎖を、剣で断ち切った。
「…っ!?」
鎖はじゃらりと床に落ちてから消え、私も元上司もあっけにとられる。
「う…嘘でしょ…?」
「まさか、剣気なのか!?」
その道を極めた剣士だけが剣に宿せる、気。
普通の剣じゃ魔法の鎖…っていうかたぶん普通の鎖も切れないけど、剣気を纏う剣なら別だ。
…どんなものでも切れると言われてる。
「剣気だとか何だとか、そんなことは今はどうでもいい」
聞いたことがない、恐ろしくどすの効いた声。
「ひっ…」
移動魔法で逃げようとする元上司の首根っこを、ローウェンさんは掴み上げる。
「ティナ殿に手荒な真似をする輩は、生かしてはおけぬ」
待って待って、目が怖いんだって。
「ロ…ローウェンさん、家で殺人事件は困ります。事故物件になったら資産価値が下がりますから」
「では、外ならいいと?」
「私が共犯にならないなら別にいいですけど、でもローウェンさんが困るでしょ?逮捕されたらお弟子さんたちが悲しみますよ。私はこの人に帰ってもらえたら、それでいいので」
ローウェンさんは少し考えて、私の元上司を睨みつける。
「今ここで死ぬか、それとも二度とティナ殿の前に現れないと誓うか」
「に…っ、二度と現れません!」
「ティナ殿はそれでいいですか」と聞かれて私は頷き、上司は震えながら姿を消した。
あんなに震えてちゃ、移動魔法の座標がずれるぞ。
「…助けていただいて、ありがとうございました」
「いえ。殺せたらよかったのですが」
「…さすがに物騒ですよ」
今目の前にいるのは、ほんとにあの穏やかで弟子想いなローウェンさんなんだろうか。
「連れ去られず、追い返せただけで十分です。助かりました」
彼の剣気がなかったら、きっと連れ戻されていた。
というか、剣気だなんて。
剣気を使える剣士は、ほんの一握りの、上澄み中の上澄み。
そんな超絶上澄みが、なんでこんな田舎で、生意気な弟子に振り回されて四苦八苦しているのだろう。
そう聞くと、彼は頭を掻いた。
「国王陛下にお仕えする近衛騎士だったのですが、上司の不正を告発しようとしたら握りつぶされて、職場を追われまして」
悪い噂を流されて実家にも縁を切られ、貴族学園時代の後輩だった子爵に誘われて、この町に落ち着くことにしたらしい。
「そういうことだったんですね」
「そんなことよりティナ殿、怪我はありませんか」
「大丈夫です」
「あ…!してるじゃありませんか!」
手の甲に小さなひっかき傷がある。
「これくらい、庭仕事や家事でも、よくありますから」
そう言うのに、ローウェンさんはポケットから消毒薬と絆創膏を取り出した。
「道場の子どもたちもよく怪我をするので、持ち歩いているんです」なんて言いながら、座った私の前に跪いて、マメと傷だらけの大きな手で手当てしてくれる。
その手が妙にあったかくて、心臓の音が速くなってくるのはなんで。
「…ええと、ところでどういうご用件だったでしょうか。ルークくんのカプセル購入ですか?それとも他のお弟子さんのことで?」
ローウェンさんは首を振った。
赤い顔でもごもごと口を動かしてから、ようやくこう言う。
「もしよろしければ、その…ティナ殿を食事に誘いたくて。ごっ…ご都合のいい日はありますか」
食事に誘われただけ。
食事なんて巨匠とだって行くし、別に特別なことじゃないはずなのに。
何か、返事しにくい。
「…夜なら…たいていいつでも暇です、よ」
ぱあっとローウェンさんの顔が輝く。
「では来週の金曜日はいかがでしょうか」
「わかりました」
「楽しみです」とローウェンさんは赤い顔で笑って、私が敷地内に移動魔法お断りの魔法陣を張るのを見届けてから、帰っていった。
「何かあれば、すぐに連絡を」
「…はい」




