21 もう遅い(1)
からんと鈴が鳴って、二人の女性が入ってきた。
どうやら「怒れる友人」と「おどおどしている当事者」のパターンだ。
「ティナさん、このエラに未来を見せてやって!この子の旦那、絶対また浮気するんだから!」
エラさんが把握しているだけでも、彼女の夫は結婚から一年足らずで二回浮気をしている。そしてこのほど、三回目の浮気が発覚した。
「何がムカつくって、浮気がバレた途端にしおらしい態度になって、毎度毎度涙を流してエラに謝るの」
言い訳は「迫られて断れなかった」「酒を飲んでいて気づいたら」という他責思考でちゃらんぽらんなものが多く、最後に「俺にはエラが必要だ」「エラがいなくなったら生きていけない」で締める。
「だけどほとぼりが冷めたらまた浮気して…!」
そうでしょうね。
相手と酒のせいにする言い訳から、「決して自分自身を変える気はないこと」が伝わってくる。
けれど優しいエラさんは、「エラがいなくなったら生きていけない」と涙ながらに言われて、毎回ついほだされてしまう。
「頼られることを、嬉しく思ってしまって…それにあの人、掃除も洗濯も、もちろん食事の支度もできないから…」
優しすぎる。天使か何かでいらっしゃいますか?
怒れる友人がぶるぶると首を振る。
「エラ、いい加減に目を覚まして。このままだとあなた、一生あの男にいいように扱われて、泣いて暮らすことになる。絶対後悔するよ」
「でも、今度こそ変わってくれるかも…」
「あいつは死んでも変わらないんだって!生まれ変わったって回帰したって、きっとあのまんまだよ!早く見切りをつけて離れないと!」
「お友達がお金を出してくれるというんですから、試してみたらどうですか。あなたの願い通り、本当に彼が変わるかどうか…五分もかかりません」と、私は営業スマイルを浮かべる。
「じゃあ…はい」
◇
ジャックが、また浮気した。
結婚記念日、ちょっといいレストランを予約していたのに、当日に「仕事が入った」とキャンセルされて。
もったいないしお店にも申し訳ないしで、一人でレストランに向かったら、ひと足先に、ジャックと知らない女性が腕を組んで店に入っていったのだ。
私との結婚記念日のために予約したレストランに、浮気相手と…
もう、涙も出なかった。
「何回目…?」
帰ってきた夫を責め立てたら、彼はいつものとおり、膝をついて謝罪する。
何を言うかまで、わかる。
「ほんの出来心なんだ」
「彼女とは本気じゃない」
「愛しているのはエラだけで、エラがいないとだめなんだ」
その言葉も涙も本物じゃないって、痛いくらいにわかる。
ジャックに手をとられそうになって、私は身を引いた。
他の女に触った手で、触らないで。
「もう限界。出ていくわ」
「そんな…!エラ…!許してくれ!」
「無理よ。何度も何度も許してきた。だけどあなたは変わらなかったんだもの」
今までの我慢と流した涙を無駄にしたくなくて、十二年間、何度も何度も許してきた。
けれど、もう無理だ。
「出て行ってどうするんだ!もう三十歳で、しかも子どもを一人も生んでないんだから、再婚もできないだろ」
私はピクリと硬直した。ジャックがにやりと笑う。
「そうだよ、エラ。子どもも産めないお前が、俺から離れて、どこに行ける?」
ここが「攻めどころ」だと勘づいたのだろう。
「それに女一人で稼げる金なんて限られてる。何の学も技術もないエラが一人で生きてくのも、難しいぞ」
私はジャックを睨むけれど、彼は余裕を取り戻していた。
彼は確信しているのだ。私が彼から離れられないと。
「ほら、わかったなら機嫌を直してくれよ。そうだ、新しいネックレスを買ってやろうか?」
彼に抱きしめられて、私は唇を噛んだ。
もっと早く決断していたら、人生の選択肢がまだ残っていて、彼から離れられたかもしれないのに――
◇
エラさんは青ざめた顔で現実に帰ってきた。
「あれが私の未来なの?」
「今のところは」
「ジャックは、変わらない…」
エラさんは顔を覆った。
「ずっと、薄々、わかってたんです。きっと彼は変わらないだろうって。だけど信じたくて…」
そう自分に言い聞かせるように呟いて、頷く。
「ジャックと、離婚します。親に話して、実家に戻らせてもらって…それから…子どもはいらないけど奥さんだけ欲しい人を探して…それか一人で生きてける仕事を探すか…」
怒れる友人が眉を下げて、「大丈夫だから」と彼女を抱きしめる。
「とにかく今は、目の前のことだけ考えよう。彼から離れるの。その次のことは、落ち着いてから考えればいい。未来で子どもができなかったのだって、エラじゃなくあいつのせいかもしれないでしょ?っていうか絶対に絶対にそうだし」
「…うん、ありがとうマリー」
◆
三か月ほど後、とある民家の前で「エラ、頼むから出てきてくれ…!もう浮気なんて絶対にしないから…」と泣きながら叫んでいる男性を見かけた。
「ジャック」だ。
普通に近所迷惑だ。
「エラ、愛してるんだ本当に…!エラだってそうだろ?まだ俺を愛してるだろ?家もめちゃめちゃで、仕事もうまくいかなくて…エラじゃないとダメなんだ…!頼むから戻ってきてくれ…!」
口を開けられなくなる魔法をかけてやろうかと指を動かしたとき、一人の騎士が彼の肩を叩いた。
「エラさんに近づかないでもらえますか」
「俺はあいつの夫だ!近づいて当然だ!」
「元夫でしょう」
「偉そうに!なんだお前は…エラの何だ!」
「騎士のエリックです。まだエラさんの何でもありませんが、恋人になりたいと思って、デートのお誘いに来ました」
「なっ…」
見た目やスペックだけで人を判断するのはよくないが、見目、身分、言葉遣いや態度から見て取れる人間性…
どれをとっても、騎士のほうがジャックより上だ。
「エラさんとは、結婚を前提に真剣にお付き合いしたいと考えています。ですから、もうこんなことはやめていただきたい」
「これ以上付きまとうなら、逮捕しますよ」ととどめを刺されて、元夫が地面にへたり込む。
「エラ…エラぁあああ…!」
家の中で元夫の叫びを聞いているはずのエラさんも、きっと私と同じ気持ちだろう。
「もう遅い」




