15 人生の猛者たち(1)
その日やってきたのは、ワンピースの上にエプロンをかけ、頭にチーフを巻いた、農家の娘さんだった。
「おばあちゃんが頑固で困ってるんです。一年前に骨折して脚が弱っているのに、止めても止めても畑に出ようとして」
「なるほど」
「畑の仕事は私と弟で十分できます。だからおばあちゃんにはもう無理してほしくないのに…」
「人間は年を取るほど丸くなる」なんて言われるが、反対に頑固になっていく人たちも相当数存在する。
「『今度骨折したら、年も年だし寝たきりになるかもしれない』ってお医者様に言われてるんです。だから心配で心配で」
祖母を心配する、優しい孫。その心配も、頑固になってしまった祖母には届かないようだ。
「じゃあこの免責事項をよく読んでサインして…はいどうも。ええと…複数人オプションをひとつね。あなたが見るのね?いえ、カプセルは未来シミュレーションのあとで、買うかどうか決めてくれたらいいです」
私は彼女の家の畑に出向き、若い男に見守られながら腰をかがめている老婆に、術をかけた。
◇
朝から暑い。そりゃあ夏だからね。
そんなことくらいでへばってちゃあ、農家なんて務まらない。
季節の移り変わりを感じて、気温や天気に合わせて生きていくのが、我ら農民なんだから。
「よっこら…」
もうろくに伸びない腰を伸ばそうとしたとき、急に足の踏ん張りがきかなくなって、くらりと倒れた。
土の上に尻もちをついただけなのに、腰がひどく痛くて、とても立てない。
孫娘と孫息子が見つけてくれるまで、私はそうやって畑に転がっていた。
医者には絶対安静を言い渡され、ベッドの上で過ごす日々。
寝ている間に体の力が失われていくのが、自分でもわかる。
「もう自分の足では歩けないでしょう」と、医者が低い声で言い、孫の泣き声が続く。
「おばあちゃん…もう畑には出ないでってあれだけ言ったのに」
最後に見たのは、そう言って枕元で泣く孫娘だった。
◇
老婆はゆっくりと目を開けた。そして腰を触る。
「今のは一体何だい」
「魔導士さん…ティナさんの未来シミュレーションだよ」
「シミュ…何だって?」
「おばあちゃんがこのまま畑に出続けたらどうなるか、見せてもらったの。このままじゃ転んで寝たきりになるってわかったでしょ?だから、もう畑には出ないでね」
老婆は「ふん」と鼻を鳴らした。
「転ぶ前から転ぶことを怖がって家に閉じこもってるなんざ、生きてる意味がないよ」
おや、これはまた今までにない返しだ。
「人間ってのは、後悔してなんぼなんだ。後悔を恐れてちゃ、とてもじゃないが生きていけないね」
老婆は孫娘を押しのけて、ずいっと私の前に顔を突き出した。
「魔導士だか何だか知らないが、未来を見せるだなんて、私に言わせりゃろくでもない商売だ。人間は失敗して後悔して涙を流してこそ、成長するもんだ。最初から全部正解がわかってるなんて、ろくな人間にならないよ!」
確かに「本物の後悔」は、シミュレーションよりも強力に人を育てるかもしれない。
受け止める感性と覚悟がある人なら、だけど。
「失敗ひとつしないでぬくぬく生きてきた人間が、まともに育つと思うかい。心が弱っちまうよ」
一理ある…のだろう。だけど…
「私は全部見せるわけじゃありません。苦労や失敗を全部取り除きたいわけでもない。ただ…その人が大切なものを失くす前に気づけたら、ちょっといいなと思うだけです」
「わかったような、わからないようなことを言って」
そうかもしれない。
でもこの老婆にだって、きっと失くしたら後悔する大切なものはあるはずだ。
「考えてみてください。もしお孫さんが、見るからに悪い男に騙されて結婚すると言い出して、おばあちゃんが『やめときな、絶対後悔するよ』と言ってやっても聞かなかったらって。そういうときには役立つと思いません?」
「この子がそんな男にひっかかるわけないだろう!私が親の代わりに育てたんだからね!」
「だから、も・し・もの話ですって」
「考えるだけ無駄だね!」
あ、無理だ。本当に頑固。
前提条件すら置かせてもらえないタイプとは、話できない。
「…うん、わかりましたよ」
「せっかく来てもらったのに…なんか、おばあちゃんがごめんなさい」と気を遣って謝ってくれるお孫さんに、「気にしないで」と手を振る。
彼女が気にする必要は、本当にない。
考え方はそれぞれだし、家族とはいえ他人だから、連帯責任は求めない。
「とりあえず夏までの間は、おばあちゃんが畑で転ばないように見守ります。転ぶ時期がわかっただけでも、私たちは助かります」
何とかポジティブに考えてくれるお孫さんに「そうしてあげてください」と手を振って、私は背を向けた。
◆
からんと鈴を鳴らして、「失わせ屋」に帰ってくる。
なんだか、いつもより店の中が暗く感じる。
私がやっているのは、ろくでもない仕事なのだろうか。
それなりに人の役に立っていると思っていたし、お礼を言われることだって多い。
なのに、あの老婆の言葉ひとつで、なんだか気が重くなってしまう。
この先絶対に売れないだろう老婆の幻影の「原本」を、棚に片づける。
日付と、依頼者と対象者の名前を書いて、免責事項の紙と一緒に。
ため息が漏れてしまう。
「…そんなに悪いこと?」




