14 将来の夢(2)
アレンくんに「どうにか遺跡の名前だけでも思い出して」と散々粘ったものの、成果は得られなかった。
「森に囲まれた石造りの古代遺跡とか、ありすぎて…!新聞も、あの子が見た見出ししか読めなかったし…」
「あれ、そういえばローウェンさんが何か言っていたような」と思いながら店兼家のドアを開ける。
「あ、いらっしゃい。お待たせしてすみません」
店の中には、また親子連れ。
今度は父と娘だ。
「娘に、夢を諦めないでほしいんです」
娘さんには魔力があり、「魔法テニスのプロ選手になりたい」という夢もあったので、町の魔法テニスクラブに通わせた。
魔法テニスはこの国で一番人気のあるスポーツで、柄の長いラケットに跨って空を飛びながら、ボールを打ち合うものだ。
冒険者が「普通の子どもなら誰でも一度は憧れる職業」であるなら、プロテニス選手は「少しでも魔力のある子どもなら一度は憧れる職業」と言って差し支えない。
で、彼女はなかなかに魔法テニスの才能があり、コーチにも期待されているのだが、突然「もう魔法テニスはしない」と言い出したらしい。
「コーチから、プロを目指す『選手育成コース』に進むよう勧誘を受けたのをきっかけに」
「それって、期待されてるってことじゃないんですか?なんでやめてしまうんです?」
気まずそうに目を逸らした娘さんは、「選手育成コースではレッスン代に用具代と、かかるお金が跳ね上がるんです。試合に出るのもただじゃありません」と小さな声で答えた。
「テニスはお金持ちのスポーツなんです」
そういえば、父娘の服装は質素だ。決して裕福な暮らしではないのだろう。
なので彼女は、親にかかる金銭的な負担を考えて、魔法テニスから離れようとしている。
そして娘の夢を応援したい父親は、娘が魔法テニスから離れることを思いとどまらせたい。
「そんなこと気にするなって、何度も言っただろう?お金はなんとかするから」
「でもお父さん!私、本当にプロになれるかどうかわからないじゃない!いっぱいお金をかけてもらったのにプロになれなかったら、どうするの?」
「そんなことを考えるな。『プロ選手になって恩返ししてくれ』なんて思ってない。プロになれてもなれなくても、がむしゃらに夢を追った経験は、人生の支えになる。好きなことを諦めてほしくないだけだ」
父親は、「私自身は家庭の事情で夢を諦めて、今でも後悔している人間です。諦めるにしても、納得行くまでやりきって『もう十分だ』と諦めるべきだったと思うんです。今でも夢に見ますから」と、寂しそうに笑った。
「私みたいな後悔をしてほしくないんですよ」
私は娘さんに「いい?」と聞いてから、術をかけた。
◇
私はなんとなく王都に働きに出て、魔法を生かして美容魔法の店でなんとなく働いている。
生活には何の不自由もなくて、両親にも仕送りをしてあげられている。
ある日同僚に「王妃杯のチケットが手に入ったの!一緒に見に行かない?」と誘われて、なんとなく魔法テニスの試合を見に行った。
自分と同じくらいの年齢の選手たち。
ボールを追って、飛び回り、歓声を浴びる。汗を煌めかせ、ひとつにまとめた長い髪をなびかせ、口を開けて、目を輝かせながら。
「私もあそこにいたかもしれない…?」
あのとき勇気を出して、育成コースに進んでいたら、歓声を受けていたのは私かもしれない。
そう思ったら胸に湧き上がってきたのは、懐かしさでも、憧れでも、興奮でもなかった。
――悔しい。
今ならわかる。
私は「家のお金が心配」なんて言っていたけど、ただ失敗するのが怖くて進めないから、お金のせいにして安全な道に逃げただけだ。
そうして、大好きだった魔法テニスを見て、惨めさで泣きそうになっている。
「あのとき、勇気を出してたら…どうなってた?」
プロには、なれなかったかもしれない。なれたとして、活躍はできなかったかもしれない。
両親は「お金をかけたのに」と後悔するかもしれないし、私も申し訳なく思うかもしれない。
けれど少なくとも、こんな気持ちにはなってないはずだ。
私は、夢中になれるものと、もう二度と手に入らないチャンスを、自ら手放した。
それを一生後悔して、生きていくんだろうか。
◇
現実に戻ってきた娘さんは、「お父さん」と小さな声を出した。
「育成コースに、進んでもいいの?」
「ああ、いいとも。セラフィがやりたいなら、もちろん応援するよ」
「プロになれなくても、怒らない?」
「怒るもんか。ただし、真面目に練習しなかったら怒るよ」
「…うん、頑張る」
お父さんは優しく微笑んで、娘さんに腕を出した。
「あ、ちょっとお待ちを」
夢を追うことを決意した彼女が、アレンくんのように夢を叶えるのか、気になる。
「何か?」
私は術をかけようとした手をすっと下ろして、店の片隅で埃をかぶっている古いラケットに、ちらっと目をやった。
「ええと…このラケット、よかったら持って行ってくれませんか?古いですがモノはいいので、ストリングを張り替えるなりして、練習用にでもどうぞ」
「うわ!ヒンギーのラケットですか!」
「しかもマルティナモデル!」
「プレミアがついてるやつか?」
プレミアと聞いて「譲るのがもったいない」なんて思ってしまったが、女に二言はない。
「でもこんな高価なものをいただいても、お礼ができません」
「プロになった暁には、『勇気をくれたのは失わせ屋です』と宣伝を」
「…ええ!」と答えてくれた彼女の笑顔は、十分前とは別人のようにきらきらしていた。
そしてラケットのなくなった店内は、なんだかすっきりした。




