13 将来の夢(1)
「よりによって冒険者になりたいだなんて、うちの子は一体何を考えてるんだか…!」
このあたりでは名の知れた弁護士の奥さんが、そういって椅子にかけた。
「アレンったら、『冒険者になって世界中を旅するんだ』なんて言うんです。こーんなに小さく生まれて病気がちで、お医者様に『大人になるまで生きていられるかどうか』なんて言われたあの子が、冒険者になんてなれるはずないのに」
「まあ…落ち着いて」
奥さんは私が淹れた冷たいハーブティーに口をつける。
しかしハーブティーは彼女を落ち着かせるどころか、火に油を注いだ。
「体力をつけたいというから剣術道場に通わせたら、それも冒険者になってから役立つ護身術を身につけるためだったんですから!毎日毎日素振りだランニングだって、ろくに家業を覚えようともしないで!」
「冒険者」とは、古代遺跡を調査したり、あるかどうかもわからない宝物を探したりする仕事だ。子どもたちからは「憧れの職業」として人気がある。
資格がなくて誰でもなれる一方で、スポンサーがついて活躍できるのは一握り。
巷にはろくに稼ぎのない「自称冒険者」「底辺冒険者」も溢れているし、親としては「冒険者だなんて」と思うのも、まあ理解できる。
「まだ戻れるうちに堅実な道に戻って、法律の勉強に時間を割いてほしいの。若いうちからちゃんと覚えていかないと、うちの対応範囲は幅広いから」
彼女のように「息子に継いでほしい堅実な家業」があるのなら、なおさらわざわざ不安定な仕事には進んでほしくないだろう。
「このまま叶うわけがない夢のために貴重な時間を使いつづけたら、将来困るに決まっているわ。だからその『困る未来』を、見せてやってほしいのよ」
私は奥さんと一緒に、彼女の子どもが通っているというローウェンさんの剣術道場に向かった。
私たちを見つけたローウェンさんが、すごい速さで駆けてくる。
「ティナ殿…っ!私にどういった御用で!?」
「ローウェンさんじゃなくて、アレンくんに用が」
華奢な少年が「ママ?」とひょっこり顔を出す。
「アレン、ママの言うことをちゃんと聞きなさい!今のままだと、きっと後悔するわよ。それを今からティナさんに見せてもらうからね!」
私は「複数人オプション」で、アレンくんと奥さんに術をかけた。
◇
「古代魔法のトラップがまだ残ってるかもしれない。帰り道も気をつけろ」
「わかってるよ、アレン」
夢を叶えて冒険者になった僕。
今回の仕事は、古代遺跡の調査だった。
スポンサーは遺跡の中に金や宝石が眠っていると考えていたようだが、この遺跡にはもっと価値のあるものがあった。
今まで発見されていなかった、古代魔法の魔法式が記されたスクロール。持ち帰ったら、魔塔の魔導士たちが目の色を変えるだろう。
《冒険者アレン、古代遺跡でスクロールを発掘。世紀の大発見》
《大発見を続けるアレン、その秘密は類まれな観察眼と胆力》
《パーティーメンバー語る「剣も得意で、危険から守ってくれる最強のリーダー」》
一週間後、新聞にはそう文字が躍った。
メンバーのイグニスが、「ほら、また載った」と僕に新聞を押し付けながら、しみじみと呟く。
「俺、アレンのパーティーに入れて本当に幸運だよ。親にも褒められてさ」
「親」という言葉が、胸にひっかかる。
「アレンのご両親も、鼻が高いだろうな」
「…そうかもね」
反射的にそう答えたけど、きっと違う。
僕はあくまで「弁護士を継げ」と主張する両親に反発して、勝手に家を飛び出した。
それ以来、親に連絡は取っていない。
両親は…とくに母さんは、弁護士を継がなかった僕に、きっとまだ怒っているだろう。
知らないうちに勘当されている可能性すらある。
《アレン!冒険者になるなんて、ママは絶対に許さないから!お願いだからやめてちょうだい、危険すぎるわ!》
確かに苦労はしたし、危険な目にも何回もあったけれど、後悔はしていない。
夢は叶えたのだから。
――ただ、一番応援してほしかった人に、応援してもらえていないだけだ。
「あれ」
新聞の下に、手紙があった。
宛名の、懐かしい細長い文字。
《アレン、頑張っているようで誇らしいわ。あなたを信じなくてごめん、と伝えたくて手紙を書いたの。そして、遠くから応援していることも伝えたかった。あなたが載った新聞は全部保管してあるし、『アレンと一緒に!ワクワク冒険☆宝探しボードゲーム』も買って、町の子どもに配ったわ。体に気をつけて、とにかく安全に。そして…いつか町に戻ってこられることがあったら、どうか顔を見せてちょうだい。ママより》
じんわりと瞼が熱くなってくる。
「母さん…」
◇
「すごい!僕、冒険者になってた!」
「なんてことなの…」
術から現実に戻ってきた二人の反応は、まるっきり違っていた。
「夢を叶え、一番応援してほしかった人にも応援してもらえる未来」を見た少年。
息子に「『あのとき親の言うことを聞いていたら』と嘆く未来」または「『あのとき親のアドバイスに従ってよかった』と噛みしめる未来」を見せたかったのに、期待が外れた母親。
「ママ…ううん、母さん。僕やっぱり冒険者になる。そして大発見をいっぱいして、母さんと父さんの誇りになるから」
「そ…そう…ね…いえ、そう…なの?でも…ええと…どうしたらいいのかしら」
戸惑いっぱなしの奥さんを差し置いて、私は希望に燃えるアレンくんの前にしゃがみ込んだ。
「油断したら、今見た未来が変わっちゃうからね?『一瞬でも油断したらなれない』と思って努力することをおすすめするよ」
「うん!僕、絶対に叶えてみせる!」
そして息を整える。
「あと、一番大切なことなんだけどさ…」
そう言いかけたとき、ローウェンさんが割り込んできた。
「ティナ殿、ところで、その…今日の夜もし予定が空いていたら、一緒に食事など…」
「今はそれどころじゃないんで」
私はローウェンさんを手で制して、アレンくんの両肩をがしりと掴んだ。
「いい?大事なことを聞くよ?」
「うん」
「スクロールを見つけたのは、どこの遺跡?」
「え…?わかんない…」
いや思い出せ。必死に。
「思い出して!今すぐスクロールを取りに行くから、遺跡の場所か名前、それからどこにどういうトラップがあるか全部思い出してちょうだい…!!」
「そんなこと言われても、わかんないよぉ…」
「お願いアレンくん!いくらでも払うからお願いぃいいいいい!」
「ママぁ、この魔法使いさん怖いぃ…」




