最終話 復讐の残響へ、あるいは檻へ
◇◆◇
一週間後。聖鳳学園から「藤堂」の名は消えた。
理事長は背任横領の容疑で東京地検特捜部の任意同行を求められ、
息子の蓮は、薬物所持という新たな疑惑まで浮上し(九条凛の「手配」だ)、
少年院送致を待つ身となった。
かつての学園のヒーローは、
いまや「稀代の詐欺師」としてネットの玩具にされている。
俺は、放課後の誰もいない屋上で、九条凛と並んで立っていた。
「満足かしら、佐藤くん。あなたの望み通り、
藤堂家は再起不能。水瀬建設も我がグループの完全な傘下に入ったわ」
凛が細い煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせる。
「ええ。協力感謝します、九条さん。……これで僕の役目は終わりです」
「ふふ、冷たいのね。ねえ、あなたなら私の秘書として雇ってあげてもいいのよ? その冷徹な頭脳、腐らせるのはもったいないわ」
「お誘いは光栄ですが、僕はまだ、飼わなきゃいけない『ペット』がいますから」
俺は一礼して屋上を後にした。
足元で、蓮が大切にしていたサッカー部のキャプテンマークが、
泥にまみれて転がっていた。俺はそれを、躊躇なく踏みつけて通り過ぎた。
◇◆◇
生徒会室の奥。かつて結衣と蓮が密会していたあの資料室に、彼女はいた。
制服のまま、虚ろな目で窓の外を眺めている。
「結衣、持ってきたよ。君の家の、借用書の控えだ」
俺が書類を置くと、彼女は肩を跳ねさせて振り返った。その顔には、
かつての愛らしさは微塵もない。ただ、支配されることへの恐怖が張り付いている。
「湊くん……ねえ、もう許して。私、あんなに尽くしたじゃない。蓮くんを告発して、学校でも皆に指を刺されて……これ以上、何をすればいいの?」
「許す? 勘違いしないでくれ」
俺は彼女の細い首筋に指を這わせた。
彼女は拒絶することもできず、ただ震えている。
「君の両親は、九条グループからの融資で首の皮一枚繋がった。でもそれは、君が『僕の言うことを聞く』という担保があってのことだ。君が僕の側を離れた瞬間、君の父親は背任罪で訴えられ、母親は路頭に迷う。……分かるね?」
結衣の目から、大粒の涙が溢れた。
「……私は、一生あなたの奴隷なの?」
「いいや。一生、僕の『最愛の幼馴染』でいてもらう。周りの目には、献身的に君を支える優しい俺と、精神を病んでしまった可哀想な君……という美談が完成しているんだ。誰も君の味方にはならない」
彼女は声を殺して泣き崩れた。
俺はそれを慈しむように抱きしめる。
この温もりも、この涙も、すべて俺が買い取った「戦利品」だ。
◇◆◇
数日後、俺は少年鑑別所にいる蓮に面会へ行った。
アクリル板の向こう側、かつての面影を失った「ゴミ」がそこにいた。
「湊……湊! 頼む、
九条に言ってくれ! 俺はあいつにハメられたんだ! 薬なんてやってない!」
「知ってるよ、蓮。
あれは俺が九条さんに頼んで、お前のロッカーに置かせたものだ」
蓮の叫びが止まった。
口をパクパクとさせ、信じられないものを見る目で俺を凝視する。
「お前……そんなこと……」
「お前が俺にしたことに比べれば、可愛いものだろ? お前は俺の心を殺した。だから俺は、お前の人生を殺した。それだけだ」
俺は立ち上がり、受話器を置こうとして、ふと思い出したように付け加えた。
「ああ、そういえば。結衣は今、俺の家で暮らしているよ。毎日、お前との思い出を一つずつ『浄化』してあげている最中だ。……お前が愛した結衣は、もうどこにもいない」
「あああああッ!! 殺してやる! 佐藤湊ォ!!」
狂ったようにアクリル板を叩く蓮を背に、俺は面会室を後にした。
外は眩しいほどの青空だった。
◇◆◇
学園に戻ると、校門の前で結衣が待っていた。
俺の姿を見つけると、彼女は訓練された犬のように駆け寄り、俺の腕に手を絡める。
「おかえりなさい、湊くん」
「ただいま、結衣。……今日は、君の好きなパンケーキを食べに行こうか」
「……うん。湊くんがそう言うなら、私、それがいい」
彼女の笑顔は、完璧に作られた偽物だ。
だが、それでいい。俺が欲しかったのは、真心でも愛でもない。
裏切った者が、一生その罪を背負い、
俺の足元でひれ伏し続けるという「事実」だけだ。
俺は彼女の肩を抱き寄せ、夕暮れの街へと歩き出す。
背後で、学園の鐘が鳴り響いた。
それは、かつての「佐藤湊」の葬送の鐘であり、
この狂った愛の物語の、幕開けの合図でもあった。
社会的に抹殺する。
その誓いは果たされた。
いま、俺の腕の中にいるのは、魂を失ったただの器。
そして俺もまた、復讐という毒に侵され、
彼女という檻から一生出られないのかもしれない。
それでもいい。
俺たちは、地獄で一緒に添い遂げるんだ。




