第4話 牙を剥く羊
◇◆◇
藤堂蓮の転落は、学園内だけでは収まらなかった。
彼が部費を私物化していた証拠と、
結衣による「強制関係」の告発動画(という名の偽造工作)が、
SNSを通じて瞬く間に拡散されたのだ。
「……湊、助けてくれ。お前なら、理事会に話を通せるだろ!?」
深夜、蓮から狂ったような電話がかかってきた。
かつての余裕に満ちた声は枯れ果て、惨めに震えている。
「結衣が……あいつが嘘をついてるんだ! 俺たちは合意の上だった、
お前を馬鹿にして笑ってたんだよ! 信じてくれ!」
俺は暗い自室で、スピーカー越しにその声を聴きながら、静かに紅茶を啜った。
「信じてるよ、蓮。お前が俺を裏切り、結衣と楽しんでいたことはね」
「な……っ!?」
「でも、世間が信じるのは『悲劇のヒロイン』の涙だ。
お前がいくら真実を叫んでも、
それは往復ビンタを食らった負け犬の遠吠えにしか聞こえないよ」
俺は冷徹に告げ、通話を切った。
翌朝、藤堂家を支える「藤堂ホールディングス」の株価が急落した。九条凛が放った、グループ企業による不透明な資金洗浄の疑いという追い打ちが効いたのだ。
◇◆◇
「湊くん、おはよう……。今日の分、持ってきたよ」
登校すると、結衣が俺の席に歩み寄ってきた。
彼女の目は赤く腫れ、隠しきれないクマができている。
彼女の手には、俺が指示した「蓮との過去の密会記録」をまとめた日記と、
彼から受け取ったプレゼントの数々があった。
「ありがとう、結衣。これで蓮を完全に社会から追放できる」
俺が微笑むと、彼女はビクッと肩を揺らした。
「ねえ、湊くん……もういいでしょ?
蓮くんは退学が決まったし、私の家も助けてくれるって約束したよね……?」
俺は彼女の耳元に口を寄せ、周囲には聞こえない低い声で囁いた。
「勘違いするなよ、結衣。君が守ったのは『実家の倒産』だけだ。君が俺を裏切り、蓮の腕の中で俺を嘲笑った罪……その代償は、一生かけて払ってもらうと言ったはずだ」
結衣の瞳から光が消える。
かつて俺が憧れた、キラキラとした幼馴染の面影はどこにもない。
そこにあるのは、俺の「復讐」という重圧に押し潰された、空っぽの人形だった。
◇◆◇
その日の昼休み、俺は理事長室に呼び出された。
そこには、蓮の父親である藤堂理事長が、苦虫を噛み潰したような顔で座っていた。
「佐藤くん。君と蓮は親友だったはずだ。……この騒ぎ、君が裏で糸を引いていることは分かっている。いくら欲しい? 結衣さんとの婚約も、望むなら保証しよう」
権力者の傲慢な提案。彼はまだ、金と権力で全てが解決できると信じているらしい。
「理事長、お言葉ですが、僕は金が欲しいわけではありません」
俺は鞄から一通の書類を取り出し、机に置いた。
それは、九条グループが筆頭株主となった「学園運営法人の譲渡合意書」の写しだ。
「僕が欲しいのは、藤堂家の『完全な退場』です。今日をもって、あなたはこの学園の理事長を解任されます。そして蓮には、性犯罪と横領の容疑で警察の捜査が入るよう、既に手配済みです」
理事長の顔が驚愕に染まる。
「なっ……まさか九条と組んだのか!? 恩知らずな……!」
「恩? ……ああ、蓮にいじめから救ってもらったことですか? あれも、蓮が裏でいじめっ子たちに金を払って演じさせた『自作自演』だったと、昨日彼らから白状させましたよ。……あなた方の教育のおかげで、僕は人間不信という最高の武器を手に入れられた」
◇◆◇
放課後、全校集会が開かれた。
表向きは「一連の不祥事に関する説明」だが、実態は藤堂家の公開処刑場だ。
壇上に上がったのは、新理事長代理となった九条凛。
彼女は冷徹な声で、蓮の退学と、理事長一族の追放を発表した。
全校生徒が見守る大型モニターには、
蓮が部室で後輩を恫喝し、金を巻き上げている隠し撮り映像が流される。
そして、その映像の最後には——。
モザイクのかかった「ある女性」と蓮が、
俺の悪口を言いながら密会している音声が流れた。
「湊なんて、ただの踏み台だよ。
あいつの親が持ってる利権さえ手に入れば、ポイ捨てしてやるのに」
それは、結衣の声だった。
会場にどよめきが広がる。
隣で震えている結衣は、自分の声が全校生徒に晒され、
自分もまた「加害者側」であることを突きつけられ、膝から崩れ落ちた。
俺はそれを見下ろし、心の中で冷たく笑った。
これで、蓮は物理的に、結衣は精神的に、社会から抹殺された。
「……さあ、仕上げだ」




