【♡2000突破記念SS】ごめんね。
私にとって湊は、呼吸をするように常に隣にいて、心臓を動かすのと同じくらい当然のことのように、私の世界を支配していた。
中学生になったばかりの頃、幼馴染である私は湊のことが大好きだった。
彼の手は私よりちょっぴり大きくて、少しだけカサついていて、でも繋ぐと心底安心する温もりがあった。
歩いている時も、自然に私の指先に湊の指が触れるたび、私はわざとゆっくりと歩幅を合わせて、彼が握り返してくれるのを待っていた。
湊の制服の袖口を掴む時のあの感覚。彼が困ったように笑いながら「結衣、大丈夫か」と言ってくれる、あの日常。
私はそれを一生続けていけるのだと、疑うことさえしなかった。
──でも、ある時私は気づいてしまった。
湊は優しい。誰よりも優しくて、誰よりも誠実だけれど、彼は「私」を大切にしすぎるあまり、私欲を檻の中に閉じ込めているようにも見えた。
もっと激しい感情がほしい。もっと私を熱くさせてくれる何かがほしい。
──もっともっともっと。
◇◆◇
そこに現れたのが、藤堂蓮という何でもできてしまう優等生だった。
蓮くんは常に湊と対極にいた。彼は太陽のような眩しさと、すべてを焼き尽くすような危険な熱を纏っていた。
「近寄れば、きっと振り向いてくれるよね」
最初は、ただ湊を嫉妬させたいという幼稚な意地悪をしていただけなのかもしれない。
ただ湊の反応が見たかった。私が他の誰かと笑っている時、湊がどんな顔をするのか。それが確認したくて、わざと蓮くんの距離を詰めた。
けれど、その境界線を越えたのは私自身だった。放課後の体育館倉庫。微かに日が差し込み、埃が舞う中で、蓮くんは私の肩を力強く抱き寄せた。
湊は一度も見せたことのない、強引で、支配的な眼差し。
──その瞬間、私は壊れた。壊れてしまった。
湊との間にあった「純粋な愛」の形が、蓮くんの手によって、どろどろとした肉欲と刺激に塗り替えられていくのが分かった。
──はじめてを奪われた。いや、はじめては彼が奪ってくれた。
そして私はキスをされ、舌を絡められ、支配され、呼吸を奪われる。私の脳内は真っ白になり、湊への罪悪感すらも、この背徳的な快楽の前では無価値なものに感じられた。
蓮くんの手が、制服の上から私の胸を鷲掴みにする。揉みしだかれ、弄ばれる感覚に、私は自分の身体が裏切っていくのを感じた。
(ああ、私、純愛とは全然違うものを求めてたんだ)
いつか湊に触れてもらいたいと、いつも私は「安心」を求めていた。でも、蓮くんに触れられる時、私は「凌辱」を求めてしまっている。
自分の純情が汚れ、湊を裏切っているという事実に、私はかつてないほど興奮していた。
湊の知らない顔をする私。湊の知らない場所で、誰かのものになっている私。
「ああ、気持ちいい」
そのことを知らない顔をする私、何も知らないよって言って、誰かのものになる私。
その優越感と背徳感に、私は完全に溺れていった。どうせ次の日には、湊はいつも通り「おはよう」と言ってくれる。
湊のその笑顔を見るたび、胸の奥がキュッと締め付けられる。でも今は、その痛みさえも、蓮くんに胸を揉まれている時の淫らな感覚を思い出すためのスパイスになっていた。
「どうしたの、結衣? 顔色が悪いよ」
湊が心配そうに私を見てくる。
その手の温かさが、蓮くんの手のひらで感じていた冷たい支配の快楽と対比されて、私は動悸がするほどゾクゾクした。
「……ちょっと、疲れてるだけ」
いつも私は嘘をつく。自分の心の中で、湊を、自ら手で消していくように。
湊に気づかせたい。そんなことを思って、わざと襟元を緩めてみたりする。けれど湊は気づかない。
いや、そんなことに気づくはずがない。彼は私を「純粋な子」だと思っているから。
……あの日、屋上で湊が私を見ていた表情を思い出す。
あそこで湊が私を抱きしめてくれていたら、あるいは、もっと強引に私を奪ってくれていたら、私の心はこんな風に荒まなかったかもしれない。
なんて、他責の念に駆られてしまう。
でも、湊は結局「待って」くれた。その優しさが、今の私には酷く退屈で、苛立たしい。
蓮くんは違う。彼は私を「女」としてしか見ていないよ。
湊と手を繋ぐ時の、あの静かな時間は、もう私には必要なくなった。
もっと深く、もっと泥沼のような場所へ。
私は、蓮くんに蹂躙されることで、初めて自分が「生きている」ことを実感していた。
湊、ごめんね。
私は、あなたが守ってくれた私の純潔なんて、最初からどうでもよかったのかもしれない。
あなたの隣にいる「良い子」の私を殺して、蓮くんにしか見せない「汚れた」私を育てていく。
その悦びに、私は毎日震えている。
鏡の前で、蓮くんに付けられたキスマークを指でなぞる。
明日、湊は気づくかな。
それとも、一生気づかないふりをして、私を愛し続けるのかな。もしそうなら、私は一生、湊を騙し続けながら、蓮くんの腕の中で狂い続ける。
それが、私たちが選んだ——いいえ、私が選んだ「結末」だから。
結衣という少女の純真は、こうして誰にも知られることなく、夜の闇に溶けていった。
湊が知らないところで、私はもう、完全に「あちら側」の人間になっていたのだ。




