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俺の幼馴染が、俺の親友に寝取られました。社会的に抹殺するから今に見とけ。  作者: アルファベータ
スピンオフ 九条凛の戯れ

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【限定SS】 葬られた残響、貴方は幸せですか……?


午前6時。 遮光カーテンの隙間から、針のような鋭い冬の光が差し込む。


佐藤湊は、目覚まし時計が鳴る1分前に目を覚ました。体温、脈拍、呼吸。すべてが正常。乱れはない。 隣には、かつて「太陽」だと思っていた女、水瀬結衣が眠っている。


彼女の寝顔は、驚くほど平穏だ。かつて蓮と密通していた頃の、あの落ち着きのない、何かを欲しがるような浅ましい表情はもうどこにもない。


今の彼女は、湊という「主人」にすべてを委ねることで、思考という苦痛から解放されている。


「……湊くん」 目を開けた結衣が、寝ぼけ眼で湊のパジャマの裾を掴む。


彼女の指先は、常に湊を求めて彷徨っている。それは愛情というより、暗闇に沈む者が唯一の手がかりを掴もうとする必死さに近い。 「おはよう、結衣。朝食の準備をして。


今日は、昨夜言った通り、あの白いワンピースを着るんだ」 「……はい。湊くん」 結衣は、一言の疑いも持たず、ベッドから這い出した。


彼女がキッチンへ向かう後ろ姿を見送りながら、湊は鏡に映る自分を見つめる。 端正な顔。完璧な身だしなみ。


かつて「優しすぎる」と言われた面影は、いまや氷の彫像のような冷徹さに上書きされている。


――貴方は「本当に」幸せになりましたか……?


不意に、遠い場所で聞いたような声が鼓膜を震わせた。


それは九条凛の揶揄いだったか、それとも少年院の独房で腐りゆく藤堂蓮の呪いだったか。あるいは、かつて「幸せになりたい」と純粋に願っていた、死んだはずの自分自身の残響か。 湊は、自らの問いを鼻で笑い飛ばし、冷たい水で顔を洗った。



◇◆◇


ある日、湊は生徒会に用事があり、学園に出向いていた。


周囲には、彼を崇拝し、あるいは恐れる生徒たちの視線がある。 藤堂蓮を排除し、一条響を再起不能に追い込んだ男。 彼が通り過ぎるだけで、廊下の空気は凍りつく。


「佐藤先輩。……お疲れ様です」


一人の女子生徒が、震える声で挨拶をする。彼女の瞳には、かつての結衣が湊に向けていたような、無垢な憧れが宿っていた。 湊は、その少女を無機質な目で見つめる。


(この子も、少しの刺激と絶望を与えれば、結衣のようになるのだろうか)


そんな思考が頭をよぎる。 他人の心を壊し、自分専用の形に作り変える。その手法は、今や湊にとって呼吸よりも容易い。 だが、彼はそれをしない。 理由は単純だ。結衣という「最高傑作」が、すでに彼の手元にあるからだ。


「……佐藤くん」 背後から声をかけてきたのは、九条凛の「跡継ぎ」として生徒会に入った、凛の遠縁にあたる男子生徒だった。


「凛さんから、海外経由でメッセージが届いています。『今の景色は、雪原のように綺麗かしら?』とのことです」


「……相変わらず、趣味の悪い人だ」


湊は本を閉じ、立ち上がる。 雪原。 一面の白。何もかもを埋め尽くし、音を消し去る世界。 確かに、今の彼の人生はその通りだった。


怒りも、嫉妬も、そして期待も。すべては復讐という猛吹雪によって覆い隠され、残されたのは「管理」という名の静寂だけだ。


帰り道、湊はふと足を止めた。 かつて結衣と二人で、アイスクリームを食べながら歩いた公園のベンチ。 今は冬の木枯らしが吹き抜け、誰もいない。


あの時、湊は間違いなく「幸福」を感じていた。 未来は明るく、隣にいる女は自分だけのものだと信じていた、あの愚かな時間。


「……失ったものは、二度と戻らない」


湊は呟く。 彼は知っている。


自分が手に入れたのは「結衣」という肉体と、彼女の「絶対的な服従」であって、あの頃の「結衣」ではない。 彼は自らの手で、愛した女を殺し、その抜け殻に執着し続けているのだ。



◇◆◇


マンションに戻ると、結衣が指定した通りのワンピースを着て待っていた。 部屋には、湊が好むクラシックが静かに流れている。


夕食は、湊の健康を完璧に管理するための献立。 結衣は、湊の動作一つ一つに怯え、そして媚びる。


「湊くん。……今日の、私の態度は、どうでしたか?」


食後、足元に膝をつき、上目遣いで尋ねてくる結衣。 湊は彼女の顎をすくい上げ、その空虚な瞳を覗き込む。


「……及第点だ。だが、先程一瞬だけ、窓の外を寂しそうに眺めていただろう。俺に、不満があるのか?」


「いいえ! 違います、湊くん! ただ、少しだけ……昔のことを思い出して……」


「昔?」 湊の指に、力がこもる。結衣の顔が、苦痛に歪む。 だが、その苦痛こそが、彼女にとっての「生」の充足だった。


「……昔の、私を、湊くんが……笑って、見てくれていた……のを……」


「……あの頃の俺は、死んだよ。お前と蓮が、殺したんだ」


湊は冷たく突き放す。 結衣は泣きながら、湊の靴に顔を押し当てた。


「ごめんなさい、ごめんなさい……。私を、捨てないで。どんなに冷たくてもいい、どんなに蔑まれてもいい。……私を、あなたの檻に入れておいて……」


湊は、彼女の頭を無造作に撫でる。 その手つきは、慈しみというよりは、道具のメンテナンスに近い。


幸せ。 世間が定義する「幸せ」が、互いを思いやり、高め合う関係だとするならば、今の湊はそこから最も遠い場所にいる。


だが、もし「幸せ」が、自分の支配領域において何一つ不測の事態が起こらず、すべてが予定通りに回ることを指すのなら。


「……ああ、幸せだよ。結衣」


湊は、自嘲気味に呟いた。 誰も自分を裏切らない。 誰も自分を傷つけない。 なぜなら、傷つくような「心」は、もうどこにも残っていないのだから。



◇◆◇


深夜。結衣が眠りについた後、湊は一人で書斎にいた。 金庫の中から、一通の古い封筒を取り出す。


それは、中学時代の蓮から送られた、誕生日のメッセージカードだった。  


『最高の親友へ。お前が困ったときは、いつでも俺が助けてやる』


湊は、ライターの火をつけた。 カードの端が黒く焦げ、ゆっくりと灰になっていく。 友情。愛情。信頼。


かつての自分が「幸福」の構成要素だと信じていた言葉たちが、煙となって消えていく。 彼は、窓の外に広がる都会の夜景を見下ろした。


数百万の光。その一つ一つの下に、誰かの「幸せ」があり、誰かの「裏切り」がある。


湊は、そのすべてを超越した場所に立っている。 神のように。あるいは、幽霊のように。


――貴方は「本当に」幸せになりましたか……?


再び、あの問いが脳裏に響く。


湊は、灰になったカードを灰皿に捨て、冷え切った紅茶を喉に流し込んだ。


「……幸福か、どうかなど。もう、どうでもいいんだ」


彼は、椅子に深く身を沈め、目を閉じた。


完璧な支配。 完璧な復讐。 完璧な孤独。 湊が手に入れたのは、究極の「安定」だった。 そこには、裏切りの痛みも、期待の空しさもない。


ただ、自分が望んだ通りの景色が、永遠に続くだけだ。 もし、それが「不幸」だと言う者がいるのなら、湊は笑って答えるだろう。


『なら、お前たちも、この地獄を味わってみるか?』


夜が明ける。 また、完璧な一日が始まる。


壊れた女と、壊れた男。 二人は、これからも「幸福」という名の檻の中で、お互いの存在を確認し合いながら、緩慢な死へと向かって歩き続ける。


湊は、静かに眠りに落ちた。 その寝顔は、かつてないほど穏やかで、そして――死者のように冷たかった。

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