009匠
猫又である福丸を自身の式神にした日の翌日。
「ねこさん!ねこさん!ねこさん!」
『ま、茉昼!髭触らないで、くすぐったいよ!』
ここは昨日、霊力の鍛錬をしていた縁側。
福丸は早速、縁側のすぐそばの茶の間で、茉昼の遊び相手をしていた。
茉昼は福丸の髭を触ったり、背中を撫でたりして、じゃれている。
「福丸。そのまま茉昼の相手してくれ。俺は霊力の鍛錬をしてる」
『ニャ?!僕の初任務、まさかの子守り?』
「そうだ、大事な任務だ。俺が周りを気にせず、鍛錬が出来る。茉昼は母さん似で元気いっぱいだからな。頑張れ、俺の式神」
『が、頑張る!』
福丸が二つある尻尾をブンブン振って、やる気を見せる。
そんな福丸を、茉昼は容赦しなかった。
「なでなで~なでなで~」
『ニャアア?!毛を撫でられると、力抜けちゃう!』
「ふふ…今日もお嬢様は元気が良いですね」
福丸と茉昼のやりとりを嬉しそうに見ている婆やであった。
今日は婆やもいるし、福丸もいる。
今日こそは…昨日、茉昼の妨害を受けて碌にできなかった『周天巡霊』をしっかりとやる。
縁側に座り直し、背筋を伸ばし、集中のため、目を閉じる。
俺はいつも通り、丹田に意識を持って行き、呼吸を整える。
心臓を使って、霊力を汲み上げ、全身に巡らせる。
20分後、額に流れる汗を感じながらも、霊力を動かし続けていた。
目を閉じることで聞こえる周囲の鮮明な音。
風によって揺れる木々の音が縁側の外から聞こえる。
昨日は雨が降ったから、水溜まりが僅かに揺らぐ音も追加だ。
それ以外にも、
「ふくぅ!」
『うぎゃあ?!』
「お嬢様、福ちゃんは乗り物ではありません」
茉昼の笑い声。
福丸の鳴き声。
婆やの声。
非常に賑やかだ。
3歳の頃は、数分続けるのがやっとであったが、今では頑張れば、20~30分ほど続けられる。
最近では、20~30分間隔で『周天巡霊』を行い、一旦休憩する。
休憩した後、再開。
これの繰り返し。
ただの反復練習だが、地味な鍛錬はこれが一番効果があるのだ。
そろそろ休憩を挟む時間だ。
……と、その時。
ミシ…畳を踏む音がする。
茶の間の賑やかな足音とは違う、一定の間隔で聞こえる足音。
足音はゆっくり俺に近づき、仕舞に俺の傍で止まる。
「宵明」
俺の傍らから、一人の幼い声が降ってくる。
この声は。
俺は『周天巡霊』を中断して、声がした方を見る。
「やっぱり、匠兄」
そこには、俺と同い年である4歳の男の子がいた。
九十九神楽匠。
俺と同じ九十九神楽本家の血筋であり、俺の父の息子。
第6子の俺に対して、匠は第5子であり、俺の兄に当たる人。
と言っても、俺と茉昼の母が4番目の妻の巴母さんに対して、匠の母は2番目の妻の人。
つまり、俺の異母兄弟である。
淡い髪は、日の光を受けると薄金にも見える。
節目一つ無い整えられた髪。
瞳は金色である俺と反対の銀色。
その銀一色の眼に見つめられると、どんな嘘も暴かれる様な気がする。
「ごめん、稽古の邪魔しちゃったかな?」
匠は少し申し訳なさそうな顔をする。
恐らく自分が話しかけたことで、鍛錬を中断させてしまったと思っている様だ。
「ううん、全然大丈夫。丁度俺も休もうとしてたから」
「そうか。隣…良い?」
「ん?隣?良いよ」
「じゃあ、座るよ」
匠は俺の隣に座る。
胡坐の俺と違って、お行儀よく正座で。
「霊力の稽古をしてたんだよね?」
「うん」
「僕も一緒にやっていいかな?誰かと一緒にやった方が捗りそう」
「一緒に?構わないけど」
俺の了承を聞くと、匠は正座のまま、両手を膝の上に置き、目を瞑る。
そして、すぐに霊力を動かし、全身に循環させ始める。
それは、さっきまで俺がやっていた『周天巡霊』である。
その霊力の操作は丁寧であり、無駄が無かった。
とても同じ4歳とは思えない。
霊力操作技術は俺に迫るものであった。
3歳の頃から毎日欠かさず霊力を動かしている俺に迫るレベル。
俺の場合、1回目の人生において18歳の頃までの霊力操作の感覚を覚えているというアドバンテージがあるのにだ。
ボンヤリしていると、俺をすぐに追い抜かしそうだ。
俺も負けじと、兄の匠と競うように、また『周天巡霊』で霊力を練る。
今さっき休憩したばかりだが、匠に感化されてしまった。
確かに、稽古は誰かと一緒にやるのが良いのかもしれない。
また20分後、
「はーい。お昼御飯ですよ」
「「はぁ…」」
婆やの言葉に、俺と匠は一斉に大きく息を吐く。
お互い、大粒の汗を搔いている。
長時間の『周天巡霊』は慣れたものだが、休憩を殆どせずに再開したため、非常に疲れた。
「お昼ご飯を作りました。ぼっちゃまには、御握り。お嬢様には、お粥。福ちゃんには、煮干しですよ」
『わ~い!煮干し!煮干し!』
煮干しと聞いて、茉昼の相手をしていた福丸は婆やが用意した煮干しに一直線する。
茉昼には、食べやすいお粥。俺には、御握り。
丁度いい、炭水化物でエネルギーを補給せねば。
「ぼっちょま、お疲れ様です…………あら、匠様」
婆やが手拭いを持って、俺の元に来る。
すると、俺の傍にいた匠に気付く。
婆やは礼儀正しく、匠にお辞儀をする。
俺と同じく、匠も汗を掻いているのを見た婆やは匠にも、手拭いを出す。
「ありがとうございます」
匠は婆やにお礼を言って、貰った手拭いで、汗を拭く。
「宵明は毎日、これをやっているの?」
「『周天巡霊』のこと?うん、毎日してる」
「凄いね。こんなにも大変なことを毎日」
「毎日続けてれば、慣れちゃうよ」
匠は一つ頷く。
「そうか、僕も頑張らないと」
ここで、婆やは、ある提案をする。
「匠様も一緒に、お昼ご飯にしませんか?」
「お昼ですか?」
「はい。ぼっちゃまと同じ御握りです」
匠はチラッと、俺を見る。
それは一緒に食事していいのかと問う視線に見える。
何を迷う必要あるのか?
「匠兄、婆やの御握りは美味しいよ」
それを聞いた匠は、一瞬悩んだ素振りを見せた後、
「じゃあ、僕も頂きま………」
「なりません、匠」
匠の言葉を遮る者が現れる。




