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『十二の式神使い』 〜殺された御三家陰陽師の俺は、過去へと戻り、破滅未来を回避するために、現代最凶の式神使いになる〜  作者: 星衛門
第一章 二度目の人生の始まり

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008猫又




 禍丸が向かった先は、屋敷の調理場だった。


 屋敷の一階にある茶の間の近くには、大きな調理場が存在する。

 毎日、使用人たちは、ここで食事の準備をするのだ。


 飯を炊くための竈や火を灯すための囲炉裏など、時代劇に登場するような(くりや)と言う台所。

 その奥に、ガスの通ったコンロや電気で動くオーブン、食洗器などの現代式のキッチン。


 普段使われているのは、後者。


 江戸時代と共に建てられた九十九神楽本邸だが、実際は何度か改修工事が行われている。


 台所以外にも、屋敷の所々で文明の利器が備わっている。

 生活に対して、不便になり過ぎないように、現代科学が使われているのだ。


 こんな所に妖怪?


 そう疑問に思ったが、この台所は屋敷の庭である外へ直接出入りできる入り口がある。

 買い出しで仕入れた食材をすぐに調理するためだ。


 外に通じる入り口から、台所に入ったのかもしれない。


 「ま、禍丸様?……それに、宵明様に、茉昼様」


 キッチンには、何人かの使用人がいた。

 突然、キッチンに訪れた俺、茉昼、禍丸を驚いた顔で見る。


 俺は、みんなに会釈をして、禍丸の後ろを歩む。


 『こっちだな』


 禍丸が匂いを追って辿り着いた場所には、木製の箪笥があった。


 この箪笥は食器棚。

 引き出しには、皿などの食器や箸などの食卓道具が仕舞ってある。

 たくさんの食器を仕舞うので、箪笥はとても大きく、引き出しも多くある。


 ゴソ…ゴソ…。


 そんな箪笥の引き出しの中でも、一番下の引き出し。

 その一つが僅かに動いている。


 いる!

 その引き出しの中に、妖怪がいる。


 よく見たら、引き出しのそばの床から外に繋がる入り口に掛けて、濡れた足跡が点在していた。

 足跡の大きさは、かなり小さい。


 小型の妖怪のようだ。


 『離れていろ』


 禍丸が宵明と茉昼に下がるように言い、ゆっくりと前足で引き出しを開けようとする。

 万が一に備え、俺は茉昼を後ろに庇う。


 禍丸が引き出しを開ける。


 バン!

 次の瞬間、引き出しから何かが飛び出る。

 小さな何か。


 それは素早い速度で、台所内を駆けまわる。


 「きゃ!」

 「な、何?!」

 「生き物?!」


 台所にいる使用人たちの足元を駆け抜け、逃げ回る。


 『待て』


 しかし、それを見逃す禍丸では無かった。


 犬神である禍丸は大きな体とは思えない俊敏な動作で、逃げ回る何かに駆け寄る。

 あっという間に、逃げる何かを口で捕らえる。


 『堪忍しろ』


 禍丸は口に咥えたまま、それを持ち上げる。


 『わ?!な、何?!お、お願い!離して!』


 幼く、小さい悲鳴が上がる。

 禍丸の口に咥えられた何かは、離して欲しいと頼み込む。


 禍丸の口に捕らえられた状態で、バタバタと暴れていた。


 何かは丸みを帯びた体に、小さい耳を持っていた。

 さらに、可愛い毛並みに、真ん丸の目。


 そう…それは、


 「猫?」

 「ねこさん!」


 俺は首を傾げ、茉昼が禍丸に咥えられた猫を見て、はしゃぐ。


 まさに、それは猫だった。

 しかも…白、茶、黒の三色を持った三毛猫。


 だが、普通の猫と違う所がある。


 一つは、さっき聞いたように、あの猫が喋ること。

 もう一つは、二つの小さな尻尾があること。


 『猫又か』


 禍丸が屋敷に侵入した妖怪の名称を言う。


 台所に侵入した妖怪は、何と猫又だった。


 猫又とは、長く生きた動物の猫が妖怪へと変じた存在と言われている。

 人の言葉を真似たり、小柄で力が弱い半面、気配や邪気を敏感に感じ取る。


 『離して!ぼ、僕…お腹空いちゃっただけで』


 禍丸に捕らえられた猫又は涙目で懇願する。

 パッと見、この猫又には危険性は無さそうだ。


 俺は禍丸に頼む。


 「禍丸、離してあげて」

 『分かった』


 屋敷の番犬である禍丸は、俺の言うことに応じる。


 降ろされた猫又は、怯えながら体を小さくさせ、床にへたり込む。

 身体も濡れていて、震えている。雨が降る外から来たため、寒いのだろう。


 俺は怖がらせないように、ゆっくりと猫又に近づき、穏やかに聞く。


 「お前…何処から来たの?」


 聞かれた猫又は、ゆっくりと俺に顔を向け、首を振る。


 『分からない。気づいたら、誰もいなかった。お腹空いたけど、何も無かった。だけど、この家が近くにあったから』


 分からない?誰もいない?

 猫又の言葉は支離滅裂とは言えないまでも、かなり途切れ途切れの言葉である。


 『恐らく…この猫または、”捨て妖怪”だろうな』

 「捨て妖怪?」


 禍丸には、心当たりがあるようだ。


 『捨て犬や捨て猫と似たようなものだ。妖怪は稀に、自分の子供に当たる分身のような個体を生み出す。だけど、そうやって産み落とされた妖怪の子の一部は、親の妖怪に産まれてすぐ捨てられる事がある。生まれて間もない、この猫又は本能的に餌を求めて、この屋敷に来たのだろう』


 捨て妖怪…その単語を聞いて、俺は何か思い当たる節があった。

 この猫又に関して、俺は何かを知っている。


 顎に手を当て、思い出してみる。


 「おにぃ?」


 茉昼が考え込む俺を不思議そうに眺める。


 猫又…捨て妖怪…三毛猫………非常に珍しい………あ!

 うろ覚えだが、記憶が呼び起こされる。


 それは一回目の人生での、遠い記憶。

 一回目の人生で、今と同じ4歳の俺は、この猫又の話を使用人伝手で聞いたことがある。


 大雨の次の日に、屋敷のすぐそばで、猫又が死体となって発見されたという話を。


 大雨の日は、多分この日。

 そして、死体となって発見された猫又は、コイツのことだ。


 妖怪、特に猫又の様な弱い妖怪が死ぬのは、この日本では日常茶飯事。

 特に、話題に上がるほどでもない。


 だが、その猫又は三毛猫の猫又であり、なおかつオスの三毛猫の猫又だったのだ。


 猫が猫又になること自体が滅多にないことだが、その上でオスの三毛猫は遺伝子の関係から数千匹から一匹しか産まれないと言われている。


 つまり、オスの三毛猫である猫又は、非常に珍しい。

 だから、その猫又が屋敷のすぐそばで死体となって発見された時、話題になり、当時4歳の俺も薄く記憶に残っていた。


 記憶が正しければ、この猫又は翌日には、死ぬことになる。

 そう…このままだと。


 グウゥ…。

 本当に小さな腹の虫が鳴る。


 音の発生源は、勿論猫又から。


 『…………お腹空いた』


 そう言って、猫又はさっきまで隠れていた箪笥の引き出しを見る。


 あの引き出しに何かあるのか?

 そう思って、俺は箪笥まで行く。


 引き出しの中を覗くと、そこには、


 「煮干しか」


 引き出しの中には、袋に入ったたくさんの煮干しがあった。


 イワシなどの小魚を煮て、乾燥させた乾物。

 多分、味噌汁などの出汁を取るために、ここに保管していたのだろう。


 なるほど、猫又をこれを食べたがっていたのか。

 俺は引き出しから煮干しの入った袋を一つ取り出す。


 ここまで遠巻きの俺達を見ていた使用人たちに、袋を見せながら尋ねる。


 「ねぇ…この煮干し、あの子にあげても良い?」

 「へ?煮干しですか?…………は、はい。勿論、構いませんが」


 使用人は戸惑いつつ、了承する。


 了承を得た俺は早速、袋から煮干しを取り出す。

 そして、猫又の前に差し出す。


 「これ、食べていいよ」

 『………え?』

 『宵明』


 猫又は驚き、禍丸が呆れた声を出す。


 『い、良いの?』


 猫又は確認してくる。

 だけど、目には期待が大きく含まれていた。


 俺は頷く。

 それを見て、猫又はパッと笑う。


 『あ、あ、ありがとう!!』


 猫又は俺が差し出した煮干しに有りつく。

 必死に食べている様子から余程お腹を空かせていたのだろう。


 ふと…見ると、困ったような視線で、禍丸は俺を見ていた。


 『慈悲か。優しいことは結構だが、餌は(くびき)になる。弱き者に、一度餌を与えれば、そいつは…お前を頼る』


 禍丸は俺の元に歩み寄る。


 俺の前に来た禍丸は、俺の頭の上に優しく前足を置く。

 それは、まるで親が子供に問いかけるように、


 『頼られたら、お前は…こいつを守らねばならない。その”責任”と”覚悟”が宵明……お前にあるのか?』

 「責任と覚悟……」


 俺は一瞬だけ煮干しに、がっつく猫又を見る。

 この猫又は何もしなければ、明日死ぬ。


 それは嫌だ。

 折角、もう一度同じ人生をやり直しているんだ。


 俺には、一回目の人生で守れなかった家族や身近な人を守る目的がある。

 でも、それは小さな存在…妖怪も例外ではない。


 これから死ぬと分かっていながら、何もしないのは見殺しにするのと同然。


 「難しいことは分からない。でも、俺…責任と覚悟はある!」


 俺は、ハッキリと告げる。


 「俺……こいつを”始めの式神”にするよ」

 『何?!』

 『ニャ?』


 今度は、禍丸も驚きの顔を浮かべる。

 猫又は煮干しを口に咥えながら、目を大きく開かせて、俺を見る。


 「始めの式神…それなら良いでしょ?」


 ここで言う式神とは、使役する手下みたいなもの。


 もしくは、同じ戦場を共にする仲間である。

 陰陽師にとって、式神は重要な存在。


 どんな妖怪を式神にするかで、陰陽師としての格が決まることだってある。

 ましてや、始めの式神なんて、慎重に選ぶもの。


 この猫又を始めの式神にするとは、陰陽師の俺にとって、九十九神楽家の者にとって、決して軽い決断ではない。


 『そこまでの責任と覚悟が……………』


 禍丸は驚きつつも、小さく笑う。

 目の前の俺にも分からないように。


 そして、俺に聞こえないように囁く。


 『そういうところ………………そっくりだな、お前の父に』

 「ん?最後、何て言った?」

 『いや、こっちの話だ』


 よく聞こえなかったので、俺は聞き返すが、禍丸は何でもないと言う。


 「よし!今日から、お前は俺の式神だ」

 『し、式神?』

 「俺の仲間になるってこと」

 『君の仲間……』


 猫又は俺の目を真っ直ぐ見る。


 『仲間になったら……式神になったら……煮干し、また食べられる?』

 「え?煮干し?」

 『煮干し、美味しかった、もっと食べたい』


 それを聞いて、俺は腹を抱えて笑う。


 妖怪の中には、条件付きで式神になる者もいる。

 まさか、その契約条件が煮干しとは。


 何て可愛い契約条件だ。


 「いいぞ。煮干しを食べさせてやる」

 『やったー!なる!なる!君の式神になる!』

 「よし!契約成立だな」

 『うん、これからよろしく!』


 契約成立だ。


 『まぁ…本契約は宵明が5歳になってからだな。霊術は5歳にならないと、脳に負担がかかる。今はまだ仮契約と言ったところか。だが、名前を決めてやった方が良い。式神になった妖怪に名を授けることで、格を付けられる』

 「名前か………」


 禍丸が名前を付けよと言うので、俺は名前の候補を頭の中に幾つか浮かべる。


 猫太郎?猫次郎?猫三郎?

 浮かんだ候補は、我ながら絶望的なネーミングセンスである。


 そこで、猫又を見る。

 とうの猫又は俺の名づけに興味津々の様子。


 これでは、下手な名前を付けられない。


 ん?そう言えば…この猫又は三毛猫である。

 三毛猫は幸運の象徴………あ!


 俺の頭の中に、1つの名前が浮かぶ。


 「うん。名前は”福丸”だ」


 幸運を示す福に、丸。

 安直だけど、俺がさっき考えた名前よりマシだろう。


 『福……丸………うん!福丸!僕、福丸!』


 猫又…改め、福丸は自分に与えられた名前を、体に刻み込むように反芻する。

 どうやら、福丸という名前に喜んでくれたようだ。


 「ふく!ふく!」


 茉昼も2歳ながら、状況は全く分かっていないが、喜んでくれている。


 こうして、俺は猫又である福丸を、始めの式神にすることになった。

 陰陽師として、大きく一歩進んだと言っていいだろう。


 その時、


 「ごめんなさい。急に雨が降っちゃって、遅くなりました」


 婆やが買い物かごを持って、外の入り口から台所に入ってくる。


 婆やは今日、屋敷の近くにある商店街で、料理の仕込みで使う食材を買っていたのだ。

 そのため、俺が茉昼の面倒みることになった。


 「あら?みなさん、どうしましたか?」


 婆やは台所の、いつもとは違う雰囲気に、キョトンとする。


 俺は式神になった福丸を抱えて、早速婆やに見せる。


 「婆や!丁度良かった。この子は福丸」

 『よ、よろしく』


 婆やは見せられた福丸を見て、微笑む。


 「あら、猫………いえ、猫又ですか。可愛いですね」

 「俺の始めの式神」

 「…………はい?式神?」


 説明が足らないせいで、婆やは首を傾げるだけだった。

 この後、しっかりと婆やも説明を受け、福丸は俺と同じく家族同然として迎えられた。




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