74悪霊式・式神生成術
『衆合』によって、多数の六級の怪異から、一体の四級の怪異となった。
その怪異に対して、俺は典子先生から教わった悪霊式・式神生成術を持って倒すと言う。
ちなみに、五級以上の怪異退治は、法的に陰陽師や霊衛の資格を持った人で無いと、許されていない。
でも、ここは裏東京。
地上の法律など、あってないようなもの。
無法地帯なのだ。
「取り敢えず、悪霊を降ろすから、2人は時間を稼いで。くれぐれも倒さないで。あれは、悪霊で倒したいから」
『わ、分かりました』
『はぁ…出ました。主の気まぐれ』
常に俺に肯定の忠吉は頷き、ヨツミはため息を吐いて、俺の気まぐれさを憂う。
気まぐれ?何を言っている?
気まぐれなら、典子先生の方がずっと上だと思うけど。
憂い顔のヨツミだったが、首を振って、怪異を見る。
『まぁ…主の命令ならば。従いましょう。時間稼ぎならば、獣の姿が良いですね』
ヨツミは片手の中指と人差し指を立てる。
忍者が、何か忍術を使う際にする手印に似ている。
ドロン!
忍者の姿が消え、代わりに現れたのは、金色の目と白い毛並み、そして4つの耳の兎。
ヨツミの獣形態である。
これから何をするのかというと、
『【二兎追う者は一兎も得ず】』
ポン!
一兎であったツヨミの姿が二兎に増える。
それだけでは無く、ポン!ポン!ポン!
二兎が四兎。
四兎が八兎。
八兎が十六兎に。
さっきは鼠の怪異たちが、地面のゴミを食って、増えていたが、それと似た光景である。
指数関数方式で、増え続けるヨツミ。
忍者の影分身である。
これが、獣形態でのヨツミの術式【二兎追う者は一兎も得ず】。
『チュ?!』
術式で増えたヨツミたちが、一斉に鼠の怪異に、飛びかかる。
鼠の怪異は、慌てつつも無作為に暴れて、ヨツミたちを倒そうとする。
(無駄です。本体である私が倒されない限り、無限に増え続けます)
ツヨミからの念話が聞こえる。
ヨツミの分身は、本体の一体がダメージを受けて、消滅しない限り、分身の増加は止まらない。
良いね。
ヨツミは、怪異を倒さずに足止めをすると言う指令を忠実にこなしている。
『が、頑張れ!』
忠吉は、自身が戦力外というのを理解して離れて応援している。
さて…俺も。
俺は、黒式札を持って、集中するために目を閉じる。
自身の方から出るは、悪霊を降ろすための詠唱。
「天にも受け入れられず、地にも安らげず、幽世の狭間を彷徨う、怨念に染まりし悪霊よ。名を失い、姿を歪め、ただ一念を抱き、なお現世を呪いし者よ。我が声を楔とし、黒き符を鎖とし、我が霊力を道として、隔世の境を越えよ。我は汝に器を与え、形を与え、役目を強いる者。汝が怨念を力とし、汝が憎悪を刃とする。抗うことなく我が命に従い、今一度、現世の黒き器に降り来たれ」
口にする速さは早過ぎず、かと言って、遅過ぎず。
適切な早さで、言葉を紡ぐ。
一語一句、はっきりと。
詠唱の言葉は、全て俺の頭の中に入っている。
これまで何度も口にして練習した詠唱だ。
これは、典子先生から教わった悪霊を降ろすフル詠唱。
通常の霊体を下ろす際に、言うフル詠唱を、悪霊式に改変したものだ。
詠唱とは、言霊であり、この世の事象に干渉する言葉の力。
これこそが、悪霊式・式神生成術の詠唱。
典子先生は生まれつき【黒ノ巣】という悪霊に好かれてしまう術式と向き合って、この詠唱を編み出したのだ。
あの人は、別方面での天才である。
詠唱することで、こことは違う世界…霊体がいる幽世に繋がる感覚がする。
そこから最適な"悪霊"を見つけ出す。
活きの良い悪霊は………コイツだ!
手に持った黒式札に霊力を込める。
すると、器になった式札に、霊体が降りてくる。
悪霊式神の完成である。
『ゲギャギャ!!』
悪霊を下ろした黒式札から、何か奇怪な声が聞こえる。
コイツが悪霊だ。
俺は続く詠唱で、さらに4枚…合計5枚の黒式札に、悪霊を降ろす。
準備万端である。
「待たせたな。足止めは、もう大丈夫。あとは俺が」
(分かりました)
俺の指示に応じて、ヨツミが足止めを止める。
自由になる鼠の怪異。
そこで、手に持った黒式札を構える。
「【乱札】」
2枚の黒式札を飛ばす。
すると、宙を舞い、鼠の怪異に向かう。
【乱札】自体、複数の式札を使って、敵に軽く体当たりしたり、視界を邪魔したりして、少し攪乱させるだけの式神術。
でも、黒式札を使うと、
『チュ?!』
黒式札が当たっただけで、図体が大きくなったはずの鼠の怪異の体を、強く押す。
そのまま、2枚の黒式札は鼠の怪異の周囲を回り、翻弄する。
たった2枚で、これだ。
『チュチュ!』
鼠の怪異が、俺に向かってくる。
この場の脅威が、黒式札を操る俺だと判断したのだろう。
「我らを守る壁となれ【簡易結界】」
簡易結界を張って、壁を作る。
ガリガリ……バリン。
それも、出っ歯で噛みつき、割り始める。
流石、『衆合』によって、四級になったまである。
俺は、結界が割られる前に早いとこ、もう2枚の黒式札を構え、放つ。
「【縛札】」
追加の2枚が、鼠の怪異に向かう。
そして、最初に放った2枚と合わせて、鼠の怪異の前後左右に、それぞれ1枚ずつ黒式札が置かれ、4枚の黒式札が、押さえつけるように怪異を拘束する。
『チュ?!』
鼠の怪異は、拘束を逃れようとするが、黒式札4枚は、全く剥がれる気配はない。
【縛札】は、式札を使って、敵を拘束する式神術。
この術は、本来ならもっと多くの式札で、敵を拘束するのだ。
悪霊を使った式神は、通常の式神と違うところは、2つある。
その1つが、基本的に通常の式神より戦闘力が高いということ。
馬力が違うのだ。
そして…違うところの、もう1つは、
「食らえ!【式神弾】!」
俺は最後の黒式札1枚を放つ。
その黒式札はドス黒い霊力を解放させ、4枚の黒式札で拘束されている鼠の怪異に、一直線で飛翔する。
『ゲギャギャ!!』
黒式札に降ろした悪霊が、高らかに笑う。
一発限りの弾丸となって、黒式札が鼠の怪異に命中する。
通常の式札よりも、何倍も威力のある式神弾。
『チュチュ?!』
鼠の怪異は悲鳴を出し、倒れる。
倒したかな?
そう思っていると、鼠の怪異は、どうにか起き上がる。
まだ、やれていなかったみたいだ。
しかし、
『チュ!!』
鼠の怪異が大きく痙攣する。
鼠の怪異の体に、黒い痣が現れたと思ったら、鼠の怪異は苦しげに、少しもがいた後、消滅する。
完全に倒したみたいだ。
これが、悪霊による式神の特徴の1つである"呪い"だ。
悪霊を降ろした式神の攻撃には、呪いがあるのだ。
つまり、攻撃時に、呪いと言った状態異常を敵に与えられる。
さっきの鼠の怪異は、呪いによって、トドメを刺されたのだ。
「戻れ、悪霊」
俺は、鼠の怪異を縛っていた4枚の黒式札を操って、ポーチの中へ戻す。
「上手く倒したじゃないか。宵明も、5枚の悪霊を操れるようになったかい」
そこへ、典子先生が煙草を吸いながら、寄ってくる。
悪霊を降ろした式神は、攻撃性が高く、呪いもある反面、制御が難しいのだ。
悪霊って、ちょっと気を許すと、すぐに勝手な行動をしようとするからな。
今の俺でも、同時に5枚が限界。
でも、もっと訓練して、もっと多くの悪霊を操れるようになりたい。
典子先生みたいに。
さぁ…今度こそ、地上に帰ろう。
そう思ったのに。
ドン!!
近くで重いものが落ちたような音がする。
次いで、足元が揺れるほどの振動。
「今度は何だ?!」
俺は呆れて、音の方を見る。
地面から巨大な物が生えていた。
それは、大きな薔薇の花だ。
地面から茎を伸ばして、巨大な赤い蕾を咲かせていた。
薔薇の怪異だ。
家を一個丸ごと覆うほどの蕾を持った薔薇。
大きな茎には、じっしりと棘が生えていた。
なんか…迫力がある。
『ニャ?!この怪異、三級!間違いなく、三級はある!』
「マジか」
肩に乗る福丸が、警戒心を出して叫ぶ。
俺は、息の飲む。
三級か。
一般的に、霊衛でも陰陽師でも、三級以上は上級と言われているが、それは怪異でも同じ。
四級と三級の怪異の力の差は、雲泥の差。
三級からは、怪異の強さが跳ね上がる。
別次元の強さがあるのだ。
俺は潤一平先生と典子先生のおかげで強くなった。
でも、決して自分の強さを甘く見積もってはいない。
今の俺では、三級の怪異には勝てない。
逃げ一択だ。
「先生、逃げましょう!」
「んあ?」
逃げようと言う俺に対して、典子先生は呑気に欠伸をしていた。
その時。
ビュン!
薔薇の怪異から攻撃が来る。
茎から生えた何個もの棘が、投げ槍のように襲ってきた。
棘と言っても、大人の顔ほどの大きさがある。
たくさんの棘が、一直線に俺と典子先生に向かう。
あれに当たったら、痛い程度では済まない。
「我らを守る壁となれ【簡易結界】!!」
即座に、結界を出す。
間に合った。でも…………バリン!
俺が展開した【簡易結界】は、複数の棘に当たり、糸も容易く割られる。
そのまま棘の攻撃が、俺と典子先生に向かう。
『宵明様!!!』
(宵明様!!!)
忠吉が、なんと俺の前に体を入れて、壁となる。
ヨツミも、再び術式で兎の姿を増やして、壁になる。
けれど、
『あ?!』
(獣の姿では限界が!)
そんな忠吉の肉壁も、棘は簡単に貫通し、忠吉は消滅する。
術式で数を増した獣形態のヨツミも、次々に消滅する。
忠吉も、獣形態のヨツミも、直接戦闘型ではない。
「くっ?!」
俺は急いで後ろへ飛んだ。
ガキン!
向かってきた3個の棘の内、2個を刀もどきで弾く。
棘は石のように硬かった。
そして、残りの1個が、俺の肩に当たる。
直後、俺の肩を棘が掠り、別の方向に飛んでいく。
危なかった。
咄嗟に後ろに飛んだから、直撃は免れたし、なにより典子先生から貰った守り護符のお陰だ。
守りの護符が、棘の攻撃を弾いてくれた。
は!そう言えば、典子先生は?!
俺は、典子先生の安否を確かめる。
典子先生は…………、
「危ないねぇ…………たく」
典子先生は無事だった。
体から出ている複数の”黒い手のようなもの”が、棘の攻撃を受け止めていたのだ。
巨人のような手の大きさ。
数本の黒い手は、典子先生を守るように、周囲を囲っていた。
グシャ…。
黒い手が、棘を握りつぶす。
凄い握力。
「お返しだよ」
そう言って、典子先生は懐から複数枚の黒式札を取り出す。
さっき俺が使っていた物と同じものだ。
「【乱札】」
典子先生は、同時に”10枚の”黒式札を操る。
黒式札一枚一枚が薔薇の怪異の周囲を高速で回ったり、軽く体当たりなどして、妨害する。
一方の薔薇の怪異は、地面から巨大な蔓を生やして、黒式札を叩き落とそうとする。
でも、黒式札はそれを躱したり、叩き落としてもすぐに復帰したりして、それは叶わない。
『?!』
薔薇の怪異には声帯が無いので無音だが、典子先生の操作する黒式札を大変煩わしそうにしていた。
10枚の黒式札は、完全に薔薇の怪異を翻弄していた。
さらに、典子先生は、もう10枚の黒式札を取り出す。
「【縛札】」
新しい10枚の黒式札と、今の10枚の黒式札が、規律正しく薔薇の怪異の四方を陣取る。
次に、20枚の黒式札が薔薇の怪異を抑えつける。
それにより、薔薇の怪異を拘束する。
薔薇の怪異は、棘を出すことも蔓を操ることも敵わない。
典子先生は、今20枚の黒式札を操作している。
俺でも、同時に5枚が限界なのに、あの人は涼しい顔で。
だけど、典子先生は、それだけに留まない。
さらに、もう追加の黒式札を取り出す。
「行きな【黒ノ手】」
手に持った黒式札から、黒い霊力が溢れ、先程典子先生を棘から守っていた黒い手のような物が出てきた。
あれも、典子先生の悪霊式・式神生成術の一つである。
その名の通り、【黒ノ手】である。
「しっかり掴みな」
複数の黒い手のようなものは、黒い腕を伸ばして、薔薇の怪異の茎や蕾をがっしり掴む。
20枚の黒式札での【縛札】で、拘束されている薔薇の怪異は、その黒い手を払うことはできない。
掴んでどうするのか。
さっき棘を握り潰すほどの強力な握力で握りつぶす?まぁ…それもある。
でも、俺は知っている。
悪霊式・式神生成術によって、生み出されたあの【黒ノ手】の真骨頂は、その大きな手で敵を握り潰すことでは無い。
では、何か?
それは、
「吸い取りな」
典子先生が指示を出す。
すると、複数の【黒ノ手】で掴まれた薔薇の怪異に変化が訪れる。
蕾にあった赤い花びらが一枚落ちる。
そして、二枚目、三枚目。
時間が経つごとに、蕾にあった花びらが落ちる。
さらには、蕾そのものが干からび始める。
まるで、水分を抜き取られたみたいに。
それと同時に、薔薇の怪異から感じていた霊力の圧が急激に薄まる。
元気を吸い出されているように。
薔薇の怪異から感じる霊力の圧が、どんどんと無くなっていくのだ。
これが、【黒ノ手】の真の効果である。
薔薇の怪異は、何術もなく、そのまま消滅した。
突如、発生した三級怪異は、典子先生の手によって、呆気なく片付いたのだった。




