73鼠の怪異
いきなり、典子先生から怪異の群れを倒せと言われ、若干困り果てる俺。
「あれを………全部倒せと?」
「ああ、そうだ」
呆然とする俺に、無造作に頷く典子先生。
「数十体以上も、いるように見えますけど」
「良いじゃねぇか。実戦の方が稽古になるだろ。一週間後の東京幼年霊法競技大会で優勝したいんだから、あれくらいの怪異の群れは倒さねえとな」
「はぁ…」
俺はため息をつく。
気まぐれである、この人は。
とは言え、典子先生の気まぐれは、今に始まった事じゃない。
けれど、ここで閃く。
「もしかして、こうして俺に実戦経験を積ませるために、俺を裏東京に?」
若干の希望を込めて聞くと、典子先生は何を言っているのか分からない表情をする。
「は?何言ってる?裏東京に連れてきたのは、黒式札と、何かあった時のために、宵明に任せるためだ」
「………そうですよね」
うん、分かっていた。
典子先生は、そこまで計画性のある人じゃないと。
でも、これは良いチャンスだ。
確かに、典子先生の言う通り、実践はかなりの経験値になる。
『ちょっと待ちなさい、典子!今度は宵明君に、怪異の群れの相手をさせる気?!何かあったらどうすんのよ!』
「大丈夫、大丈夫。何かあれば、アタシが助けてやるから」
『何処が大丈夫よ?!てか…この流れ、また?!』
常識人(妖怪だけど)の歌子さんが声を荒げる。
「分かった、分かった。じゃあ、念のためにアタシの"護符"を宵明に貸すから」
そう言って、典子先生は懐から、一枚のお札を取り出す。
達筆な文字が書かれた長方形の札。
それは、陰陽師にとって必須アイテムの霊符によく似ている。
しかし、これは霊符ではない。
護符というものだ。
簡単に説明すると、持っているだけで、その護符に込められた霊術が、自動的に発動するものである。
俺は典子先生からの護符をもらい、ポケットにしまう。
すると、俺の体に合わせて、結界が張られた感覚がした。
なるほど、「守りの護符」か。
これなら、怪異からの攻撃を貰っても、護符が機能している限り、俺は無事な訳だ。
さて…護符も貰ったし、怪異を倒しに行くか。
俺は、さっきの通り魔の男を制圧するために【鉄生成】で作った刀もどきを、何回か振り回しながら、ゆっくり怪異の群れに近づく。
『『『チュチュチュ』』』
側にある建物の影に隠れながら、怪異の群れの様子を伺う。
灰色の体に、長めの尻尾と出っ歯。
怪異の正体は、鼠の怪異である。
それが目に見える限り、百体ほど。
たくさんの鼠の怪異が、建物と建物の間や周辺に蠢いていた。
各々、街の地面に落ちているゴミを漁っては食っている。
ポン!ポン!ポン!
ここで、ゴミを食べていた鼠の怪異たちに変化が。
『増えてる!』
福丸が言う通り、ゴミを食べた鼠の怪異は、体を膨らませたかと思ったら、2つに分裂して、数を増やしていた。
「そうだな。錆の怪異みたいに、何かを食べて、増殖するタイプか」
なるほど、ああやって、こんなに数が増えたのか。
裏東京の地面は汚いからな。
「福丸、怪異の等級は?」
『ニャ〜〜〜…みんな六級だね』
気配に敏感な福丸が髭を揺らしながら、鼠の怪異が皆、六級と答える。
一番下の六級。
でも、これ以上放置すると、手がつけられないほど増える可能性があるな。
早めに手を打たないと。
俺は自身の術式【十二支将】を発動する。
「出ろ。忠吉、ヨツミ」
何もない空間に、白い光を現れる。
次の瞬間には、人形態の忠吉とヨツミが召喚される。
『『宵明様』』
召喚された忠吉とヨツミは、一斉に膝をつき、こうべを垂れる。
俺は2人に、これから鼠の怪異の群れを退治するから、手伝ってほしいと言う。
いくら一体一体が六級でも、あの数なら人手が必要だからね。
この2人は、人ではないけど。
『わぁ…凄い数ですね。僕と同じ鼠さんですか』
『ふ…ようやく私に相応しい命令が来ましたか』
忠吉は鼠の怪異の数に驚き、ツヨミは不敵に笑いながら懐から苦無を取り出す。
よし、やるか。
俺は左腰にあるポーチから、式札を10枚取り出す。
悪霊用の黒式札ではなく、通常の式札。
その式札には、既に俺が式神生成術を使って、霊体を降ろしている。
俺は、10枚の式札を鼠の怪異の群れ目掛けて、投げ込む。
「【式神弾】」
投げた10枚の式札は、霊力を放出させて、勢いよく飛翔する。
ドン!ドン!ドン!
霊力を纏った式札が、鼠の怪異たちがいる集団のあちこちに飛ぶ。
これは、降ろした霊体の霊力を全解放させて、一発限りの弾丸として飛ばす【式神弾】。
『『『チュチュチュ?!』』』
【式神弾】の着弾で、鼠の怪異たちは混乱する。
こちら側が少数であり、相手が多数。
さらに、敵側がこっちに気づいていない時は、強襲が最も適している。
「今だ!」
俺は隠れていた建物から飛び出し、怪異たちに躍り出る。
それと同時に、忠吉とヨツミも動き出す。
「は!せ!ふ!」
刀もどきで、鼠の怪異をどんどん斬っていく。
しっかりと一撃一撃に、腰を入れて斬ることで、正確な威力が出る。
鼠の怪異は、一撃でただの霊力へと消滅する。
『『『チュチュ!!』』』
鼠の怪異たちは、早速俺を敵と認識して、襲いかかる。
「我らを守る壁となれ【簡易結界】」
俺は詠唱により、【簡易結界】を展開する。
【簡易結界】に、ぶつかったり、齧り付く鼠の怪異たち。
【簡易結界】は、短い詠唱かつ、少ない霊力で展開できる。
たとえ壊れても、すぐに新しい【簡易結界】を貼り直せる。
展開した【簡易結界】を、盾や壁のように使い、囲まれることを防ぐ。
でも、結界だけでは物足りない。
俺はポーチから式札の束を取り出す。
式札の束を、空中に投げ出す。
「【乱札】」
その式札を、指令を出しながら、霊力を使って操る。
操った式札は、小さな鳥のように宙を舞い、鼠の怪異たちの隙間を縫って、視界の邪魔をしたり、足を止めさせたり。
これは、式札を使った式神術である。
霊体を降した式札に指令を出して、敵を攪乱させる技。
今の俺なら、複数の式札を別々で操るのは、御茶の子さいさい。
【乱札】によって、鼠の怪異たちの注意も分散される。
その隙を狙って、刀もどきで斬りつける。
こっちは、順調である。
一方の忠吉とヨツミはと言うと、
『う、うわ?!』
『鼠、そのまま怪異どもの注意を引きつけろ』
戦闘能力皆無の忠吉は、ひたすらに逃げ回っていた。
その逃げ回る忠吉を、鼠の怪異たちが追う。
その忠吉を追っている鼠の怪異たちを、ヨツミが仕留めていた。
ヨツミは、周囲に建物があることを利用して、壁に張り付いてから、
『は!』
くノ一らしい軽やかな身のこなしで、飛びかかる。
そして、苦無で斬りつける。
そのままなら、鼠の怪異たちの囲まれるだけだが、
『【跳躍】』
そのまま飛んで斬りつけたまま、ヨツミは人形態での術式【跳躍】を発動して、空中でジャンプを行う。
ゲームでよくありそうな二段ジャンプを決め、また周囲の建物の壁に張り付く。
その後、また飛びかかり、斬りつけては、【跳躍】で離脱。
これの繰り返し。
まさに、空中殺法。
【跳躍】は、空中に見えない足場があるみたいに、一回ジャンプが出来る。
【跳躍】出来るのは一回だけだが、【跳躍】の後に、何処かへ着地するか、壁に張り付くなりすると、また使えるようになる。
『わわ?!』
ここで、忠吉が鼠の怪異たちに群がられ、噛みつかれて消滅する。
俺の霊力で作られた式神は、一定以上のダメージを受けると、消える。
怪異が六級でも、多数から攻められれば、戦闘力の無い忠吉は、すぐにダメージを受けて、消えてしまう。
でも、大丈夫。
『【子孫繁栄】』
俺の頭の中に、忠吉の声がする。
『復活です!』
俺のそばで、忠吉が無傷のまま復活する。
復活した忠吉は、また走り出し、鼠の怪異たちの一部の注意を引きつける。
人形態での忠吉の術式は、【子孫繁栄】。
これがあれば、俺の霊力が尽きない限り、何度も復活が可能なのだ。
こんな感じで、百体ほどいた鼠の怪異も、俺、忠吉、ヨツミにより、瞬く間に数を大きく減らした。
けれど、数が全体の3分の1以下まで減らした時、
『『『チュ!チュ!』』』
残りの鼠の怪異たちが、一か所に集まり始める。
この現象、見覚えがある。
前にやった工業施設の廃棄場での、錆の怪異退治でも見たことがある。
一箇所に集まった鼠の怪異たちは、やがて一体の大きな鼠の怪異となる。
『チュー!!』
『衆合』である。
弱い怪異たちが徒党を組んで、一体の強い怪異へと変貌する偶に起こる現象。
「福丸、こいつの等級は?」
『う〜ん…五級…いや、四級かな』
「四級か。慎重に行くか」
陰陽師や霊衛に、六級から一級まで等級があるように、怪異にも等級がある。
四級は、通常なら陰陽師や霊衛になりたてのものならば、多人数で徒党を組んでも、被害が出ることが多い。
典子先生から貰った守りの護符があるとは言え、今の俺には油断していい相手では無い。
これが、三級なら即逃げ一択だった。
『おっきい鼠さんですね。僕も鼠ですが』
『ふん、鼠風情が大きくなったところで、たかが知れています』
忠吉とヨツミが、俺の両隣に来る。
だが、そこで俺はあることを考えつく。
「2人とも、ちょっと良い?2人だけで、あの怪異の注意を引き付けてほしい。でも、倒そうとしないで」
『引きつける?』
『宵明様、どう言うことですか?』
俺の言葉に、忠吉とヨツミが首を傾げる。
「あの怪異は、悪霊式・式神生成術で倒したい」
俺はそう言って、さっき典子先生が買ってくれた黒式札をポーチから取り出す。
典子先生直伝の式神術をとくと見よ。




