72通り魔
「お得意様が来たじゃないか」
八尺様が、そう言ってケラケラ笑う。
八尺様。
その名の通り、八尺(2.4メートル)ばかりの大きな体を持った女性の妖怪。
田舎に出没し、気に入った子供を数日以内に死に至らしめる逸話は有名。
元々はネットに書き込まれた怪談話や都市伝説による妖怪とされている。
一般的には、白いワンピースや喪服のような白い服を着て、つばの広い帽子をかぶった長髪の女性の姿をしているとされている。
それに漏れず、目の前の八尺様は、帽子を被って白い服を着ている。
裏東京の片隅にあるバーの地下の購買店「八尺店」。
そのままの名前の通り、八尺様がいる陰陽師の道具などを専門に扱う店。
ここは典子先生行きつけのお店なのだ。
八尺様は、俺たち……の中の俺を見て、ニヤリと不気味に笑う。
「久方の幼き子。連れて帰りたくなっちまう」
勿論、これは目の前の八尺様なりのジョークだ。
だけど、つい背筋が寒くなる。
『なんだろう、これ?』
『福丸君、店の商品に触ろうとしない方が良いよ。特に、この店の物は…ね』
福丸が「八尺店」の商品をジロジロと見て、触ろうとするのを、歌子さんが諌める。
店には、棚だけでなく、空いた壁の当たる場所に留め具があり、そこに何処で使うか分からない何故の商品が掛けられている。
そんな俺たちのことに構わず、典子先生は本題を切り出す。
「八尺、いつもの奴を」
「いつもの…ああ、黒式札かい?」
「そうだ」
「待ってな」
目の前にいる八尺様は、横にある何個もの引き出しの付いた棚から、一つの引き出しを開く。
裏東京には、無数の店…という名の闇市場が存在する。
このバー地下の店も、その一つ。
八尺様は引き出しから、黒い紙を取り出す。
赤い文字に、人の形をした小さい黒い紙。
これこそが、悪霊を降ろして式神にするための式札である黒式札である。
「ほれ、黒式札だ」
八尺様は、束になった黒式札を典子先生に渡す。
お返しに、典子先生は勘定を払う。
地上で使う普通の現金である。
地上と隔離した裏東京においても、現金は有効である。
「八尺店」では、地上の陰陽師専門店では、扱わない…というか、扱えない道具がたくさんある。
黒式札も、その一つ。
「ほれ、閉まっておけ」
「わ?!」
黒式札の束を受け取った典子先生は、俺に投げ渡す。
俺は、驚きつつも、黒式札の束をキャッチして、左腰にあるポーチに入れる。
「あと、"黒霊符"もあるかい?」
「黒霊符かい?ああ…丁度、一枚あるな」
八尺様は目の前のテーブルの引き出しを漁り出す。
出てきたのは、一枚のお札。
大人の掌サイズの長方形の和紙に、何やら続け字で書かれたお札。
それは一般的に、霊符と呼ばれるもの。
陰陽師が使う霊術を、補助や強化させたるするもの。
違いがあるとすれば、その霊符が黒式札のように真っ黒であること。
これは、「黒霊符」と言うもの。
典子先生や俺みたいに、悪霊式・式神生成術において、必要なもの。
「んじゃ、これは宵明のだな」
俺は、一枚の黒霊符も受け取る。
「どうだい、最近は?繁盛してるかい?」
「あん?この有り様を見て、繁盛してると思ってるのかい?客なんて、偶に来るアンタら以外、そうそう来ないなぁ」
典子先生と八尺様が世間話をし始める。
八尺様が言ったように、典子先生はこの店のお得意様。
俺が生徒になる以前から、この店で陰陽師の道具を購入していたそうだ。
「そうかい。裏東京で、何か変わったことは?」
「はん!裏東京で変わったことなんて、いつも起きてるわ!通り魔に、ヤクザの抗争、怪異の大量出現…話題に尽きないな」
そりゃあ、裏東京だしね。
この街の治安なんて、治安の概念が少しでもあるかどうかすら疑問だ。
2人の世間話は、少し続いた。
「八尺店」で、多少の雑談をしたのち、俺たちは目当ての黒式札を手に入れたことだし、地上に帰ることにする。
「八尺店」があるバーを出て、行く時に通った道を戻る。
戻る道でも、行きと同じく、いろんなところから声が聞こえ、怪しげな人や妖怪とすれ違う。
勿論、無視一択だ。
「お、おい…そこの……オマエェ」
またしても、怪しげな声で話しかけられる。
やさぐれた男の声。
うん、無視だ。
そう思っていたのだが、
「無視…すんじゃネェ!」
『っ?!来る!』
男の声に合わせて、俺の肩に乗っていた福丸が警告する。
「!」
俺は即座に、男の声の方向を向き、戦闘態勢に入る。
建物と建物の間の隙間から、男が1人出てくる。
俺の視界に、口から涎が垂らして、鉄の棒を持った痩せまくった男の姿が映る。
顔色が悪く、髪や服も、ヨレヨレで正気とは思えない。
……とは言え、ここにいる人の大半が正気じゃないけど。
『ヤバそうな奴ポン!』
「はぁ…厄介な奴に会ったねぇ。通り魔だね。コイツは、無視出来ない」
取り乱れる歌子さんに対して、典子先生は落ち着いていた。
心底面倒臭そうな顔をしている。
通り魔。
そう言えば、典子先生と八尺様との世間話で出てきたな。
コイツがそうなのか。
ここ裏東京にいる奴らは、変な奴らが多いが、大体は無視すれば、何もしてこない。
そう…"大体"は。
コイツは無視しても、何かしてくるタイプだ。
こう言う場合、逃げるか戦うしかないのだ。
俺は、典子先生と歌子さんを守るように位置を変える。
身体の霊力を昂らせ、即座に霊術が発動できる体勢を取る。
「あ、良いこと思いついた」
面倒臭そうな顔をしていたのも束の間、すぐに何かを思いついたような顔になる。
良いこと?
あれ?なんか…嫌な予感がする。
チラッと、後ろを見ると、典子先生はニンマリした顔で俺を見ていた。
典子先生は、通り魔を指差す。
「よし、宵明。アイツを倒せ!」
あ、うん。
そんなことだと思ってた。
『ちょ、ちょっと典子?!何考えてるの?!こんな子供に、あんな奴の相手をさせるなんて!』
「大丈夫、大丈夫。何かあれば、アタシが助けてやるから」
『何処が大丈夫よ?!』
典子先生の式神である歌子さんが、怒り声を上げる。
まぁ…常識的に考えてそうだよね。
「何言ってんダァ?!」
通り魔の男が、体を揺らしながら、こちらに駆け寄る。
鉄の棒を構えて。
『ひいいい?!こっち来るポン?!』
歌子さんが悲鳴をあげて、典子先生の首にしがみつく。
俺は手を前にかざして、詠唱する。
「我らを守る壁となれ【簡易結界】!」
ドゴン!
何かが、ぶつかる音がする。
「なんだコレ?!壁カァ?!」
通り魔の男が、苛立ちげに、俺が形成した【簡易結界】を鉄の棒で叩いていた。
これは、結界術の中でも、初歩の術である【簡易結界】。
短い詠唱で、素早く壁状の結界を作れる。
結界術は、式神術や五行術と同じく陰陽師には、必須のスキル。
一回目の人生でも、結界術はそれなりに使えていた。
なんなら今の人生では、鈴木事務所にいる関助さんから、剣術稽古の休憩のタイミングで、結界術のレクチャーを受けている。
あの人は、典子先生と同じ三級霊衛で、結界使いだから。
「先生!下がっててください!」
とは言え、これは簡易的な結界なので、強度は見た目ほど無い。
俺は、典子先生に通り魔の男から距離を取って欲しいと叫ぶ。
「あいよ」
典子先生は歌子さんを連れて、素直に下がる。
パリ…。
すると、俺と通り魔の男とを隔てている【簡易結界】に、ヒビが入り始める。
しっかりと霊力を注ぎ込んで作ったとは言え、やっぱり長くは持たないか。
今のうちに武器を生成しないと。
俺は次の霊術を行使する。
「金よ。頑強な形となって、現れよ【金属生成】」
発動したのは、五行術の内の一つ。
金の術である。
【金属生成】は、金の術における初歩の術。
これによって、金属を生成するのだ。
理論上、あらゆる金属を生成できる。
俺が作るのは、この地球上で最も多く、原子番号26の元素。
「【鉄生成】」
鉄である。
俺の手の中に、鈍色の塊が出来る。
それは、ただの塊から、形を作っていく。
それは、俺の注がれた霊力に応じて、形を変えて、見る見るうちに、刀のような形になる。
勿論、これは刀と呼べる代物ではない。
刀もどきだ。
でも、この男の制圧なら、これで十分。
バリン!
俺が刀のような鉄の塊を作った瞬間に、【簡易結界】が割れる。
「このオォ!!」
通り魔の男が、鉄の棒を振りかぶり、俺に振り下ろそうとする。
振り下ろされる鉄の棒。
それを余裕を持って、半身になって躱す。
既に俺は、練気によって身体能力を向上させていた。
通り魔の男の振り下ろしは、はっきり言って、お粗末なものであり、何より遅い。
「避けんナァ!」
通り魔の男が、鉄の棒を振り回し始めるが、それが俺に当たるどころか掠ることもない。
最小限の動きで避ける。
うん、凪桜の方が速い。
昨日も凪桜相手に剣の試合をしたけど、凪桜の素早い動きや剣筋に比べれば、通り魔の男の振り回しなど、ずっと遅い。
結果、俺に攻撃は一撃も当てられない。
「ハァ…ハァ…」
通り魔の男は、体力がないのか、少し鉄の棒を振り回しただけで、疲れ果てる。
好機。
俺は刀もどきを正眼に構え、振りかぶり、
「は!」
俺は通り魔の男の脛を、生成した鉄の刀で斬りつける。
6歳の俺に対して、通り魔の男は成人男性。
身長差が大きい。
そう言う場合は、下段を狙うのが定石。
「イテェ?!」
足を斬りつけられ、片足立ちになる通り魔の男。
続いて、俺は鉄の棒を持っている通り魔の男の腕を、浅く斬る。
それによって、鉄の棒を落とす。
武装の解除である。
「せや!」
最後に、俺は通り魔の男の顎に、思いっきり蹴りを放つ。
「ゴホ?!」
口をだらしなく開け、地面に倒れる通り魔の男。
そのまま気絶する。
6歳とはいえ、無防備なところから、練気込みの蹴りは強烈だろう。
通り魔の男は、無事制圧できた。
「ご苦労さん」
呑気に、俺に近寄る典子先生。
さて…飛んだ邪魔が入ったけど、地上に戻るか。
そう思ってたの束の間。
ドオオオオ!!!
遠くから、大きな音が連続で聞こえる。
それは、たくさんの何かが、同時に動くような音。
「何だ?!」
俺は音のした方を向く。
かなり先の街中を蠢くたくさんの影。
遠目には、裏東京の建物の隙間を縫って、何か無数のものが、激しく動くように見えた。
あれは、
『この感じ、たくさんの怪異!凄い数の怪異が、湧き出してる!』
気配に敏感な福丸が、大量の怪異が発生したことを知らせる。
そう言えば、八尺様は通り魔以外に、怪異の大量発生も起きてる言っていたな。
これが、そうか。
まぁ…でも、発生した大量の怪異は、俺たちから、かなり離れている。
無理に関わる必要ない。
……そう思っていたのに、
「あ、良いこと思いついた」
典子先生は何かを思いついた顔をする。
良いこと?
あれ?なんか…またしても嫌な予感がする。
俺は恐る恐る典子先生を見る。
典子先生はニンマリと笑い、怪異の群れを指差す。
「よし、宵明。あの怪異どもを倒せ!」
はぁ…そんなことだと思った。




