68ライバル1人目
可笑しいそうに笑う塗壁の八重。
「優勝出来ない?俺だって、2人の先生の元で、稽古してるんだ。同年代なら負けるつもりないけどね」
『ふん!アンタって、鈍臭いから。きっと、うっかり転んだり、凡ミスしたりするのよ!』
自信ありげに言う八重。
くっ!
ありそうで、強気に言い返せない。
確かに、潤一平先生や典子先生からも、俺は最後の最後で詰めが甘い部分があると言われることがある。
『こら、八重。宵明を揶揄うんじゃない』
『はーい!』
父親である十兵衛の言葉に素直に従う八重。
『すまねぇな、宵明』
「あ、うん…別に気にしてないから」
頭を下げているつもりなのか、大きな壁を傾ける十兵衛。
俺は気にしてないと言う。
そんな俺たちをニコニコで見ている八重。
本当に、この親子は性格は似てないな。
似ているのは、見た目と能力ぐらいか?
塗壁は、日本の九州北部で伝わる。
夜道を歩く人に、行手を遮る壁の妖怪。
昔は病気に対する治療が乏しく、病により歩行困難になった人が、妖怪のせいだと思い始めてのが原因と言われている。
その言い伝え通り、塗壁は他の様々な壁に擬態することができ、自身の身体を透明にさせ、見えない壁となることも出来る。
さっき俺が見えない何かにぶつかって、尻もちを付いてのは、八重が透明になっていたからだ。
八重に水を刺されたが、俺だって、5歳から三級霊衛の潤一平先生と三級陰陽師の典子先生から、教わった身だ。
さっきも八重に言ったが、同年代には負けるつもりは無い。
………少なくとも、俺が知る同年代が参加しない限りは。
チラッと、俺は凪桜を見つつ、取り敢えずトイレに行った。
トイレから戻ってくると、
「ねぇ…宵明。一勝負しよう」
凪桜が、そう言ってくる。
その邪気のない蒼い目を、俺に向けて。
彼女の手には、小さな木刀があった。
凪桜自身が家から持ってきたものだろう。
「良いよ」
俺は軽く了承する。
"今日も"か。
凪桜と関わる機会が増えたのと同時に、よく俺は凪桜から、剣の試合を頼まれる。
幼い子供同士がやるようなチャンバラでは無い。
互いに木刀を使った、ちゃんとした試合だ。
これまで、何度も試合をした。
一年前、凪桜がここで従家である槍山家の連を倒してから、彼女の中には、剣に対する強い関心が生まれたように伺える。
ちなみに、凪桜には、一度も勝てていない。
俺はいつも素振りに使っている木刀を持って来る。
そして、庭の広い場所に行き、5メートルほど離れて、お互い持っている木刀を構える。
どちらも正眼の構え。
「ふむ…」
「おにぃ!おねぇ!頑張れ!」
それを遠目で見る春桜さんと茉昼。
「「………」」
一方の俺と凪桜は、無言で互いの顔を見る。
開始の合図は無い。
いつでも初めてオッケーだ。
ヒュ…。
その時、俺たちの間に、小さな風が流れる。
結果的に、それが開始の合図になった。
タン!
いきなり目の前の凪桜の姿があった。
既に、木刀を振り上げ、後は振り下ろすだけの態勢を取っている。
瞬間移動なんかでは無い。
彼女の常人ではない移動速度の踏み込みによって、いきなり目の前に現れたように見えただけだ。
「っ!?」
俺は目を見開きつつ、何とか凪桜の動きの反応する。
素早く、持っている木刀を上へ水平に構える。
バン!
凪桜の振り下ろしと、俺の守りがぶつかる音がする。
重い!俺と同い年の威力とは、思えない!
木刀を持った俺の両腕が、少しだけ痺れる。
ガタイが良いとは言えず、寧ろ華奢な身体の凪桜。
6歳の女の子の振り下ろしても、あれほど速い動きが加わると、こんなにも剣が重いのか。
潤一平先生の日々の剣術稽古と、事前に凪桜はとても速いという事を知っていたからこそ、防御が出来た。
「はあ!」
気合を入れて、俺は反撃を行う。
水平に構えた防御の態勢から、木刀を返し、左上から右下へと打ち込む。
凪桜の右腕を斜めに斬り下ろすみたいな軌道だ。
でも、
「うっ?!」
カン!
その籠手狙いは、簡単に凪桜の右の払いで弾かれる。
そして、弾かれ、俺の木刀が左へ大きく逸れたところを狙って、凪桜は右の払いから、そのまま突きに移行。
無駄のない動作。
彼女から見たら、右側から、俺の腹部に向かって、木刀を突く。
「がは?!」
腹部に衝撃を受けた俺は、情けない声を上げながら、尻もちを付く。
透明になって八重にぶつかった時も尻もちを付いたが、本日二回目の尻もちである。
完全に、凪桜の一本取られた。
一回戦目は、凪桜の勝ち。
「大丈夫?」
立ち上がろうとすると、凪桜は手を差し伸べてくる。
俺は彼女の綺麗な手を取り、立ち上がる。
そして、木刀を再び構える。
凪桜も同じ。
二回戦目である。
タン!
また、凪桜が目にも止まらぬ速さで、踏み込む。
今度は、防御せずに、後ろに下がる。
木刀が鼻先をかすめる。
俺は躱した直後に、持っている木刀の先で、凪桜の木刀を抑える。
握り手に力を込めて、しっかりと。
そのまま、木刀を下に抑えたまま、斜め上へ逆袈裟を行おうと思った。
けれど、俺に押さえつけられていた木刀も、凪桜は容易に、手首を捻り、逃れる。
自由になる凪桜の木刀。
一方、俺の木刀は、下に押していたこともあり、押さえつけるものがなくなり、地面に木刀が着く。
一瞬、無防備になる俺に、
「う?!あ?!ぐが?!」
続く速い剣筋からの右払い、袈裟切り、振り上げの三連撃を食らう。
反撃の余地も無い連撃。
二回戦目も、凪桜の勝ち。
一向に勝てる気がしない。
凪桜の動きも剣も速い。
剣術も巧い。
俺も努力してるのに、凪桜は何もかも違いすぎる。
「すぅ…はぁ…」
俺は深呼吸をする。
普通に、戦っていたら、凪桜に何て勝てない。
だから、使うか。
練気を。
練気を編み物のように複雑に組んだ霊力。
これにより、身体能力を強化させる。
練気を身体中に纏う。
己の肉体や武器で、怪異や妖怪と戦う霊衛にとっては、必須技術。
であるのだが…鈴木事務所の小野寺理人さん曰く、練気は習得自体、かなり難しいらしい。
才ある霊衛の中でも、10歳になる前に練気を習得する者は、極一握り。
同い年の女の子相手に使うなんて、大人気ないが(まだ子供だけど)、俺だって勝ちたい。
「ふ!」
身体能力を底上げした俺は、思いっきり踏み込む。
今度は、こっちが初手に攻撃側。
踏み込みながら、木刀を振り上げる。
一回戦目の凪桜と同じ動き。
至近距離からの振り下ろし。
凪桜みたいに速さだけの振り下ろしではなく、練気による上がった腕力で、力と速度の乗った振り下ろし。
でも、上がった動体視力で見た間近の凪桜の顔は、全く焦っていなかった。
スカ。
俺の振り下ろしは、左足に重心移動して、半身になった凪桜に簡単に躱される。
受けるのは、危ないと思った凪桜は、回避を選んだのだ。
「は!」
回避されるのは、百も承知。
俺は、振り下ろした木刀を刃を上に返して、腕力で無理やり、振り上げる。
俗に言う、燕返し(もどき)だ。
真下から右上への振り上げ。
「うりゃあ!!」
これまでで、最も気合の入った声。
そんな振り上げに対して、凪桜は…トン。
軽く右足を木刀に沿える。
次の瞬間、俺の振り上げに合わせて、凪桜が"空を飛ぶ"。
比喩表現ではなく、マジで空を飛んだ。
俺は口を大きく開く。
凪桜が地面に付いた左足を、地面へ垂直に踏み込み、ジャンプしたのだ。
それだけでなく、思いっきり振り上げる俺の木刀に右足を乗せたことで、さらに上に行く力を得たのだ。
10メートル以上、上に舞い上がる凪桜。
上に行き、空中で静止。
天に存在する凪桜に、神秘を感じる。
しかし、それも重力の影響を受けて、また下へと戻される。
シュン!
その落ちていく勢いを活かして、凪桜が真っ直ぐ上から下へと唐竹割りを繰り出す。
俺は、また木刀を水平にして防御する。
「うひゃ?!」
これまた情けない声を出しながら、俺は地面にうつ伏せに倒れる。
空からの一撃は、戸惑っていたとは言え、俺の防御を押しのけ、俺を地面へ叩きつける。
また負けた。
3戦3敗。
練気を使って尚、勝てないのど。
『ほーら!友達すらも勝てないじゃん!』
俺と凪桜の試合を観戦していた八重が、ケラケラと笑いながら野次る。
『八重!』
『うぎゃ?!』
そんな八重に拳骨を落とす十兵衛。
『宵明様、凪桜様。どうぞ』
屋敷に雑用を主にしている人形態の忠吉が、2つのタオルを俺と凪桜に渡す。
俺はともかく、汗一つかいていない凪桜には不要だと思うが。
「凄いですね、凪桜ちゃんは」
「そうだな」
汗を拭いていると、2人の声が聞こえてくる。
いつの間にか、婆やが来ており、春桜さんのそばに座っていた。
「春桜さんにも、剣の才能がありましたが、ひょっとしたら凪桜ちゃんは、貴方と同等…」
「いや、それ以上じゃ」
春桜さんが、婆やの言葉を切る。
春桜さんにも、剣の才能。
そう言えば、前に春桜さんが凪桜と一緒に屋敷に来た際に、春桜さんは剣の振り方を見せてくれた。
洗練された動きだから、もしかして、昔は強い剣士だったのでは?
そう思った。
「凪桜は間違いなく、神木の血筋を受け継いでおる。あの子が、剣士としての道をいくのなら、遠からず、ワシを容易に超える剣士になるだろう」
それは、俺も同意である。
天賦の才。
まさに、凪桜は剣の天才。
春桜さんや何処かで、剣を習ったわけでも無い。
勘だけで、剣を操作しているのだ。
槍山虎太郎が、凪桜を見て、剣士としての鬼才を感じると言ったのも、頷ける。
「だが、凪桜には、それだけでは無い」
「それだけじゃない?凪桜ちゃんに、何か?」
「凪桜は、もしかしたら……我が一族が信仰していた………」
春桜さんが、凪桜に関して何か言おうとした時、
「おねぇ、カッコいい!!」
茉昼が大声で、縁側から凪桜に駆け寄り、抱きつく。
お陰で、春桜さんの言葉が、最後まで聞こえなかった。
取り敢えず、額を汗を拭く。
「………宵明」
凪桜が俺に話しかける。
「うん?何だ?」
「私も、その大会に出て良い?」
「へ?」
「霊衛部門に出てみたい」
「な、凪桜が出るの?!」
「うん」
突然の言葉に、俺は思考が一瞬停止する。
大会に出る?
大会というのは、さっきまで話していた東京幼年霊法競技大会のことだ。
まさか、参加するということか?!
俺は顔を引き攣らせる。
だって、大会で優勝しないといけないのに、霊衛部門には、凪桜という強力なライバルがいることになる。
優勝が、一気に絶望的になった。




