67塗壁
大晦日から一晩経って。
今日は、お正月である。
お正月と言えば、おせち料理やお雑煮、羽付き、凧揚げ、そして…
『そいや!そいや!そいや!』
一定のリズムで、掛け声が聞こえる。
次いで、トン!トン!と、何かを叩く音。
屋敷の庭には、大きな木の臼。
俺の視線の先では、大きな"白い壁"が、大きな木槌で、臼の中へ叩きつけている。
大きな白い壁が木槌を持ち上げると、臼から白くもっちりとした塊が顔を出す。
お正月名物のお餅だ。
目の前で行われているのは、言うまでもなく餅つき。
餅を叩く人…つき手をしているのは、人ではなく、二つの目がある大きな白い壁。
塗壁という妖怪だ。
『ふ!ふ!ふ!』
そして、餅が木槌で叩くのに合わせて、臼の中に手を入れ、餅を乾燥させないように、水を入れているのは、我が屋敷の番犬こと、禍丸である。
あ、勿論、黒い毛が餅に付かないように、手袋はしてるよ。
少し待っていると、モチモチの付きたての餅が出来上がる。
『ほれ、宵明』
「ん、ありがとう」
塗壁が、俺に餅を渡す。
この塗壁の名前は、十兵衛。
威厳のある犬神の禍丸に対して、貫禄があるこの塗壁は、当主である爺ちゃんの式神。
土の壁が、そのまま意思を持った塗壁の十兵衛は、まさに我が屋敷の防壁。
十兵衛と禍丸が作った餅は、家族だけでなく、屋敷にいる人たちに配られる。
みんな庭に出て、十兵衛から餅を受け取るのだ。
餅は、きな粉と一緒に食べる。
福丸は、細かい鰹節をまぶして食べる。
「うんま!」
『あ、あっつ!』
餅は、とても美味かった。
福丸は猫舌なのか、熱そうにしている。
「十ちゃんと禍ちゃんのお餅、おいひぃ〜」
「もちもち、おいしい!」
巴母さんと茉昼も、美味しそうに食べている。
「新年の餅は、長寿と健康を願う意味があるからね。縁起物だよ」
「はい、兄さん。しっかり食べましょう。水気もあって、もっちりしています」
「♪」
「光希…口に餅が付いてますよ」
真兄、澪姉、光希、文世義母さん一家も、餅を口に運ぶ。
「おいしゅうございます」
婆やといった使用人にも、十兵衛の餅は人気である。
「うまい」
「………」
九十九神楽の従家である槍山家の虎太郎は一口で食べており、蓮は無言で食べていた。
みんな、美味しそうに食べている。
『うめぇか。そりゃあ、良かった』
十兵衛は、美味しいと言われ、嬉しそうである。
『今年も良き年になるといいな』
「そうだな」
十兵衛の言葉に、主の爺ちゃんは頷く。
うん、良き年にして見せるよ。
俺が。
そう思いながら、俺は餅のお代わりをするのだった。
「ぼっちゃま、凪桜ちゃんと春桜さんが来ましたよ」
「うん、分かった」
3個目の餅を磯辺焼きとして食べていたら、婆やが凪桜と春桜の訪問を報告する。
俺は、分かったと頷く。
1年ほど前に、初めて凪桜の家に行った際、祖父の春桜から、凪桜と遊んでやって欲しいと頼まれてから、頻繁と言うほどでは無いけど、時折凪桜が俺の屋敷に来たり、俺が凪桜の家に行ったりする。
お互い会う理由なんて、必要ない。
強いて言えば、"友達"だから。
俺も、すっかり凪桜に会うのに、慣れた。
この時点で、もうすっかり、凪桜が一回目の人生の時に、俺を殺した張本人である事実を忘れつつあった。
2人がやって来る。
「あけおめ」
「うん…明けまして、おめでとう」
「ふむ、明けまして、おめでとう…宵明」
俺は2人に新年の挨拶をすると、2人も返す。
『宵明の友人か。さっき餅を付いていたところだ。食べてくれ』
塗壁の十兵衛は、勿論2人にも餅をご馳走する。
「今度開かれる霊法大会の、陰陽師部門と霊衛部門の両方で優勝する?」
凪桜は、俺が言ったことを反芻する。
「そう。1週間後に、開催される『東京幼年霊法競技大会』。それの陰陽師部門と霊衛部門に優勝しないといけないんだ」
「へぇ…」
凪桜は、いつもの無表情ながらも、彼女の青い目には何かの関心を持った感じがあった。
俺たちは大広間の縁側に座って、1週間後に開かれる大会について話していた。
「大会!大会!」
俺と凪桜の間に座っている茉昼が、何のことか分かっていないが、大会大会と連呼する。
その後は、隣にいる凪桜の頬を触ったり、引っ張りして遊ぶ。
対する凪桜は、怒るわけでもなく、変わらず無表情。
お返しに、茉昼の頬を抓ったり、茉昼の朱色の髪をいじったりしている。
茉昼も凪桜に構ってもらって、楽しそうだ。
姉妹みたいである。
ところで、俺が『東京幼年霊法競技大会』というものに出場して、それの陰陽師部門と霊衛部門に優勝しなければならないのには、理由がある。
それは昨晩の爺ちゃんの言葉。
『ふむ…その条件とは、東京幼年霊法競技大会の陰陽師部門と霊衛部門で、一位になることじゃ』
2ヶ月後に婆やを襲う妖怪を倒すために、九十九神楽に納めてある強力な霊具『百毒の籠手』を借りるために、出された条件が、これだったのだ。
一位、つまり優勝。
優勝で、『百毒の籠手』を借りられるかもしれないのだ。
でも、そう簡単には行かない。
「東京幼年霊法競技大会か。毎年、新年になると、皇居の側にある日本武道館で開かれる小学生未満の子達がする大会じゃのう」
同じく縁側に座る春桜が、大会の説明をする。
この東京幼年霊法競技大会というのは、東京では結構有名な大会である。
"幼年"とある通り、参加資格は、5歳から小学生未満の6歳の子供まで。
陰陽師部門も霊衛部門も、男女混同で行われる。
東京内だけでなく、東京外の関東地方、さらには日本全国から参加者が来る。
参加者は、名門の陰陽師や霊衛の家系の子供が殆どで、たまに一般家庭出身の子も参加する時がある。
大会はテレビの中継で放送され、優勝者はニュースで大々的に映される。
非常に注目度の高い大会。
名門の家系からすれば、この大会で自身の子供を優勝させれば、自分の家が秀でていることを、全国にアピールできる。
だからこそ、名門の家系は、この大会に子供を積極的に参加させる。
すなわち、ライバルが多い。
この多いライバルを押しのけて、俺は優勝しなければならない。
「ちょっと、トイレに」
大会のことを考えながら、俺はトイレに向かった。
だけど、少し歩いたところで、
「わっ?!」
ドン!
いきなり見えない壁にぶつかる。
顔に衝撃を感じつつ、俺は尻餅をつく。
「宵明?!」
「おにぃ?!」
「何じゃ?」
近くにいた凪桜、茉昼、春桜が驚く。
俺も驚いて、前方を見ても、何も無い。
確かに、何か硬いものに、ぶつかったと思ったんだけど。
………いや、待てよ。
この感じ、まさか…、
「そこに居るのか?八重」
問いかける俺に反応して、前方の空間に変化が訪れる。
現れたのは、十兵衛を小さくした土の壁。
その壁にある2つの小さな目。
『はい!はい!八重だよ!』
それは、言わずもがな塗壁。
爺ちゃんの式神である塗壁の十兵衛の娘、八重である。
八重はクスクス笑いながら、壁に付いている腕を一本伸ばして、俺に突きつける。
『アンタなんかヒョロヒョロ!大会で優勝なんて、出来ないんだから!』
得意げに、そう言う。
大会で、優勝しなければと考えていた矢先、得意げに否定され、困り顔の俺であった。




