66家宝を借りたくて
俺は、相談のために、当主の爺ちゃんの元へ歩み寄る。
けど、爺ちゃんは、さっきまで籠目義母さんと会話をしていた幸子義母さんと、何かを話していた。
大広間は多くの声で溢れていたが、俺が爺ちゃんと幸子義母さんの近くまで行ったことと、幸子義母さんの声が思いのほか大きかったので、会話の内容が微かに聞こえる。
「………という訳でして。我が息子の匠には、これから術式の訓練だけでなく、九十九神楽の陰陽師としての立ち振る舞いや技術を覚えさせていきます故。何卒、御当主様には…匠を次期当主候補として接してくれれば、幸いです」
俺は、つい歩みを止める。
匠兄を、次期当主候補として接してほしい。
まだ、匠兄が俺と同じ6歳の時点で、そう言った話をするか。
まぁ…高位な家系の陰陽師としての在り方や権力に固執する幸子義母さんらしい内容と言えば、そうだな。
「匠を、次期当主候補か」
爺ちゃんは幸子義母さんの言ったことを、一蹴することなく、顎に手を当て、考え始める。
その様子を見て、俺はどうするべきか迷う。
爺ちゃんと幸子義母さんの会話に混ざっていいものではないし、かと言って爺ちゃんのには頼みたいこともあるし。
俺は、爺ちゃんと幸子義母さんとの会話が終わるのを待ちながら、聞き耳を立てる。
ややあって、
「幸子…何を焦っている」
爺ちゃんは努めて冷静に聞き返す。
「……私は焦ってなど」
「お主が匠を次期当主にするべく教育を施しているのは知っている。匠が、我が息子である誠と同じ術式「十二霊符」を受け継いだのは、喜ばしいことだ。お主が、匠を次期当主にしようと躍起になる理由は理解できる。だが、あれはまだ六つだ」
「ですが、御当主様。然るべき立場に立つ者への教育は、早く始めるに越したことはございません。匠には、その才がございます」
「それも知っている」
爺ちゃんは間を置くことなく答えた。
「時折、匠が稽古をする姿を見る。五行術、結界術、式神術。そのいずれにおいても、匠は同年代の子らより頭一つ抜けた才を持っている。術式にも恵まれ、物覚えもいい。驕ることなく鍛錬を続ける気質も、当主に不向きとは思わん」
匠兄への評価を聞き、幸子義母さんの表情がわずかに和らぐ。
だが、爺ちゃんの声はそこで一段低くなった。
「だからこそ聞いている。お主は、何を焦っている」
幸子義母さんを見る爺ちゃんの目が、少しだけ細くなる。
「……焦ってなど、おりません」
「では、“当主候補として接してほしい”とは、具体的に何を望んでいる。兄姉より上座に置けと申すか。九十九神楽の会合へ優先して同席させろと? それとも、儂が皆の前で、匠こそ次代を継ぐ者だと口にすれば満足か」
「そのような、露骨な扱いを望んでいるわけでは……」
幸子義母さんの声が、弱くなる。
爺ちゃんは、その様子をしばらく黙って見つめていた。
「幸子。匠を立派に育てたいというお主の思いまで、否定するつもりはない。礼法も、家の歴史も、陰陽師として人を率いる術も、学ばせたければ学ばせればよい。必要ならば、儂も師を用意しよう」
「でしたら……」
「だが、それは匠を次期当主に決めるという話ではない」
ぴしゃりと言い切られ、幸子義母さんが口を閉ざす。
「次期当主とは、母親が望んだからなれるものではない。優れた術式を持つだけでも足りん。強さ、知恵、責任、そして己より家と人を優先できるか。長い年月をかけ、それらを示した者が初めて選ばれる」
爺ちゃんは一息ついてから、
「真も、澪も、鈴音も、縁も、匠も。その下の子らも。………勿論、宵明も。儂は初めから可能性の外には置いておらん」
あ、俺も含まれてるのか。
だけど、一瞬。
ほんの一瞬だけ。
俺の名前が出た瞬間、幸子義母さんの顔が歪む。
「ならばせめて、匠も候補の一人であると、お認めいただけるのですね?」
「今の匠を候補から外す理由はない。だが、特別扱いする理由もない」
それは拒絶ではなかった。
かといって、幸子義母さんが欲しがっていた確約でもない。
「……承知いたしました」
幸子義母さんは静かに頭を下げた。
けれど、膝の上に置かれた指先は、着物の布を強く握り締めている。
2人の間での言葉が無くなる。
……………終わったかな?
爺ちゃんと幸子義母さんの会話が終わるのを待っていたけど、やっと終わったかな。
俺は恐る恐る爺ちゃんに近づく。
「あ、あの…爺ちゃん。ちょ、ちょっと…良いかな?」
「ん?ああ、宵明か。どうした?」
ここで、爺ちゃんは俺の存在に気づく。
「頼み…っていうか、相談したいことがあって」
「ほぅ…相談?」
俺は、爺ちゃんのそばに来て、正座する。
一方の幸子義母さんは、俺と爺ちゃんの話が気になるのか、離れることなく、俺を見ていた。
俺は深呼吸をしたのち、爺ちゃんに言う。
「えっと…相談っていうのは、その…『百毒の籠手』を借りたくて」
「何じゃと?」
爺ちゃんは誰の目で見ても分かるぐらい険しい顔を作る。
近くで聞いていた幸子義母さんも同じ。
まぁ…この反応は当たり前だ。
「宵明よ。お前は、『百毒の籠手』を借りたいと言ったか?『百毒の籠手』が何かは知っているのか」
「勿論。”霊具”で、九十九神楽の家宝の一つだよね」
「そうじゃ」
爺ちゃんが頷く。
霊具とは、霊力を持った特殊な武器や道具のことである。
霊力は、人や物、空間のあらゆる場所に存在する。
でも、特定の武器や道具には、多分な霊力が込められる物がある。
それが、霊具だ。
霊具は、陰陽師で言う霊符のように、怪異や妖怪の退治で使われることが多い。
この家にも……というか、御三家だからこそ、何個もの霊具を保管している。
とはいえ、霊具の性能自体ピンキリであり、一体何処で、どんな状況で使うのだろうかと首を傾げる物も多い。
その霊具の中でも、強力な霊具なのが、『百毒の籠手』である。
「『百毒の籠手』は、かなり昔に、九十九神楽本家に収められた霊具。宵明の言った通り、九十九神楽にとっては、家宝の一つだ。それを借りたいと」
爺ちゃんは腕を組む。
「何故、それを借りたい」
「それは……………必要だから?」
「何故、それが必要なのだ」
「え、えっと………」
俺は考え込む。
必要な理由。
それは、勿論婆やを救うためだ。
今から二か月後に、婆やは妖怪に襲われる。
それを止めるために。
婆やを襲うであろう妖怪を、俺自身の手で退治するために、『百毒の籠手』が必要なのだ。
あれは、強力な武器だから。
でも、そんな未来で婆やが妖怪に襲われるから、借りたいなんて言っても、寝ぼけているのかと言われるだけだ。
俺が何と答えるべきか迷っていると、
「何という戯けたことを」
俺の話を聞いていた幸子義母さんか、冷たく声を出す。
「九十九神楽において、重要な家宝を貸し出せと。なんと、厚顔無恥な」
「で、でも!俺、本当に必要なんだ!」
「理由も、はっきりしないのに必要とは。それとも、誰にも言えないような壮大な理由があるのかしら?」
「う……」
幸子義母さんの正論に、俺は萎縮してしまう。
「幸子、落ち着け」
そこで、爺ちゃんが幸子義母さんを諌める。
爺ちゃんは、俺の目をはっきりと見る。
それは、嘘や冗談ごとが通用しない力強い目だ。
「宵明よ。どうしても、『百毒の籠手』を借りたいとな?」
「うん!」
俺は爺ちゃんの目をしっかり見返して、力強く頷く。
「なるほど」
爺ちゃんは、少しの間、考え込む。
そして、何かを思いついた様子を見せる。
「では、こうするのは、どうかの。今よりワシが言った条件を満たせば、貸してやらんでもない」
「ほ、本当?!」
俺は希望を込めた目で、爺ちゃんを見る。
「ふむ…その条件とは」
そこで、爺ちゃんが言った条件は、無理難題……と言うほどではないが、決して安い条件でも無かった。




