63成長
5歳の誕生日を迎え、法律的にも霊術の使用が可能な歳になった俺は、早速2人の先生から教えを受けていた。
三級霊衛の鈴木潤一平からは、主に剣術と、近接戦での立ち回りや心構え。
三級陰陽師の山村典子からは、式神術と、式神としている妖怪の指示の仕方。
それらを教わっている。
剣と式神術。
この2つを主軸に、俺は強くなろうと、2人の先生の元で、稽古に勤しんでいた。
『ガチチチチチ!!』
「はあ!!」
向かってくる怪異に対して、俺は木刀を振り下ろす。
ただの振り下ろしでは無い。
体内の霊力を丁寧に編み込んだ「練気」を身に纏い、身体能力を上げた状態で、潤一平先生との日々の稽古で培った剣術による振り下ろし。
バン!
赤くザラついた塊が、俺の振り下ろしを受けて、いとも簡単に霧散する。
霧散して、ただの霊力へと帰っていく。
今、俺が相手にしたのは、錆の怪異。
六級の怪異だ。
古くなった金属の表面に酸化が起こり、腐食させる、あの赤い錆である。
その錆が怪異となったものだ。
「ふぅ…」
錆の怪異を一撃で倒せたことに満足した俺は、一息つく。
怪異は、強さに応じて、陰陽師や霊衛の資格のように、六級から一級まであるが、一番下の六級は、少し訓練された一般人でも倒せてしまうほど弱い。
潤一平先生のもとで、剣術の稽古を受けた俺が倒せるのは、当然といえば、当然。
楽勝だな。
『宵明!後ろ!後ろ!』
と思っていたら、俺の左肩に乗っている福丸が、自慢の髭をピクピクさせ、警告する。
「っ?!」
俺は福丸の警告に、即座に反応して、体を反転させる。
後ろには、
『ガチチチチチ!!』
俺の背後だった場所には、さっき倒したのと同じ錆の怪異がいた。
別個体である。
俺に飛びかかろうとしている。
福丸の警告が無いと、危うく不意打ちを食らうところだった。
「はぁ!」
振り向きざま、木刀を横薙ぎさせる。
先程の振り下ろしと同じように、いとも簡単に錆の怪異は霧散して、霊力へと戻る。
『宵明、危なかったよ』
「ああ、悪い。助かった」
俺の左肩に乗っている福丸は、猫又故に、周囲の敵の感知に優れている。
福丸がレーダーのような役割を果たしている。
「周囲に、まだいるか?」
『う~ん…いない』
「そっか。ふぅ…」
今度こそ一息つく。
しかし。
コテッ!
「いて?!」
軽い衝撃が俺の頭に響く。
ウェーブのある黒髪を下ろした男が、手をグーにして、俺の頭に振り下ろしていた。
俺の剣術の先生である鈴木潤一平だ。
「そっか…じゃねぇわ!相手が六級とは言え、油断するなと言っただろ!」
呆れと怒りの両方を混ぜた顔で、潤一平先生が、俺に拳骨を落としたのだ。
「そうですよ、宵明君。怪異退治では、少しの油断が命取りになります」
「宵明ちゃん、大丈夫?怪我は無い?」
小野寺夫婦が話しかける。
夫の理人さんは、潤一平先生と同じく俺を叱責して、妻の千景さんは俺を心配する声を出す。
俺は、千景さんに平気だと言い、周囲を索敵する。
潤一平先生と理人さんの言う通りだ。
六級とは言え、油断すれば、不覚を取り得る。
『『『ガチチ』』』
俺たちのすぐ近くには居ないとは言え、まだまだ錆の怪異はたくさんいる。
「ふ!」
潤一平が打刀で、鯖の怪異を一刀両断する。
見事な太刀筋だ。
その横では、
「うりゃ!」
千景さんが豪快に、錆の怪異へ右手に小さな棍棒…警棒を下ろす。
片手に警棒を持ち、柔術を混ぜた軽いフットワークで、敵を倒すのが、千景さんの戦闘スタイル。
「千景、三時の方向に、怪異が三匹潜んでいます」
「ん!了解!」
千景さんの後ろで、索敵をしつつ、的確な指示を出す理人さん。
理人さんは福丸みたいに、怪異や霊力の探知に優れている。
そのため、戦闘時には、概ね千景さんとペアを組む。
俺も、もっと怪異を倒さないと。
ザアァ…。
耳を澄ませば、小さいながらも波の音。
「海は、いつ見ても華麗だな」
油断してはいけない状況でも、ついそんな事を口にしてしまう。
今、俺がいるのは、海辺が見える工業施設の廃棄場。
この廃棄場には、工業施設で使われなくなった金属片や、生産の過程で出てしまった金属のクズが大量に廃棄されている。
大量にある金属は、海から流れる塩気のある風に晒され続けて、錆びて朽ち果てている。
それだけなら、良いのだが。
『『『ギチチチチチ』』』
その廃棄された金属に群がるのが、錆の怪異たち。
それらを俺たちが倒しているのだ。
怪異は何も無いところから、突如湧き出る。
それは、変わらないが、怪異の種類のよっては、湧き場所が限定されることもある。
カビの怪異である煤黴が、俺の屋敷である九十九神楽本邸の古い壁といったところに湧きやすいように、錆の怪異は、金属が大量にある場所に湧きやすい。
怪異自体、人や妖怪に危害を加える。
さらに、錆の怪異は、錆びた金属を食って、どんどん数を増す。
だからこそ、増殖しきる前に退治しないといけない。
こうした特定の場所で、怪異が湧き出る場所には、怪異退治の依頼が定期的に出るのだ。
「ふ!は!せぁ!」
複数の錆の怪異を、潤一平先生から教わっている正剣一刀流の基本の型を用いて、撃破していく。
振り下ろし、横薙ぎ、袈裟懸け、振り上げ。
派手な技は必要ない。
基本を追求した技こそ、隙が無く、力を出せる。
そして、倒すのは、何も近接戦闘だけでは無い。
俺は懐から、数枚の式札を取り出す。
見た目は、人のような形状をした和紙である。
けれど、この式札には、式神生成術によって、霊体が入っている。
俺の指示で、意のままに操れる。
「行け!式札!」
錆の怪異に対して、数枚の式札を投げる。
そのままだと、和紙で出来た式札は、すぐに空気抵抗を受けて、あらぬ方向に飛ぶ。
そこで、俺は霊力を使って、投げた式札に指示を出す。
投げられた式札は、意思を持ったかのように霊力を放出させ、勢いよく飛翔する。
ドン!ドン!ドン!
式札は、衝撃音と共に、錆の怪異たちへ大きく体当たりをする。
『『『ギチィ…』』』
それだけで、錆の怪異は消えてなくなる。
飛翔する霊力の塊となった俺の式札を食らえば、六級怪異など一溜りもない。
今のは、『式神弾』という式神術による攻撃方法である。
霊体が持つ霊力を放出させ、式神自体を弾丸のように飛ばす。
「よし!」
俺はガッツオーズをする。
剣術も式神術も、良い感じである。
怪異も倒せたし、しっかりと稽古の成果を実感できたのが、純粋に嬉しい。
錆の怪異が六級相当の怪異なので、退治には六級陰陽師や六級霊衛が対応する。
とはいえ、今回に限っては、俺の稽古ということで、潤一平先生が経営する鈴木事務所が依頼を引き受けたのだ。
怪異の退治は、本来なら、陰陽師や霊衛の資格を持った人で無いと、怪異と戦うこと自体許されていないが、六級怪異だけは、例外だ。
六級怪異は、頻繁に出現しては、悪さをする。
でも、さっきも言ったように、一番下の六級は、少し訓練された一般人でも倒せてしまうほど弱い。
なので、六級怪異の場合は、一般人でも倒してしまっても、法的に問題は無い。
廃棄場にいた錆の怪異は、一通り俺や潤一平先生たちのよって掃討された。
『ギチチ』
俺の目の前には、一体の錆の怪異。
「よし…コイツに試してみるか」
ソイツに対して、俺は木刀を真っ直ぐ振り上げて…次の瞬間、
「正剣一刀流【正剣】!!」
スパ!
風切音を立てて、木刀を振り下ろす。
錆の怪異は、綺麗に左右へ真っ二つに別れる。
それを見て、俺は怪しげな笑みを浮かべる。
「クックック…正剣一刀流【正剣】だ」
『宵明…なんか悪役っぽい』
悪役のような笑い声を上げている俺に、福丸は少し引く。
すると、大きなため息が聞こえる。
「はぁ…なぁにが、正剣一刀流【正剣】だ?あんなもん【正剣】じゃねぇ。ただの勢いのある振り下ろしだ!」
潤一平先生は、俺が放った振り下ろしは【正剣】なんかでは無いと言う。
「【正剣】はな、正剣一刀流において、奥義となる技。"正剣"一刀流とあるように、流派の名称に使われるほどの技だぞ。お前みたいな、ぺーぺーには、まだ早い」
「は、はい」
両腰に両手を当て、正剣一刀流のことについて説く潤一平先生に、俺は頷くしかなかった。
確かに、先生に言う通り、今のは【正剣】ではなく、ただの振り下ろし。
【正剣】とは、潤一平先生の言った通り、正剣一刀流の奥義。
「剣の理」と「物の理」の両方を深く知り、会得した者のみ、行使可能な技。
前に、先生が蝮の怪異が放った液状の毒に対して、【正剣】を使い、本来液体という斬れないはずのものすらも斬った。
あれこそが、本物の【正剣】。
俺みたいな剣術を習って、一年ほどしか経っていない者が取得出来る代物では無い。
さっき、ついふざけ半分でやっただけだ。
「コイツらが最後ね!」
千景さんは警棒を持って、残りの7体の錆の怪異と相対していた。
最後の錆の怪異たちを倒そうとすると、
「え?なんか…集まって…」
『『『ギチチチ!!』』』
7体の錆の怪異たちは、一箇所に固まり、なんと合体し始める。
そうして、出来たのが、一体の赤い塊。
錆の怪異をそのまま巨大化したような見た目。
「これは、『衆合』ですね」
理人さんが、錆の怪異たちが集まって、合体した現象を『衆合』だと言う。
それは、怪異において、偶に起こる現象。
弱い怪異たちが徒党を組んで、一体の強い怪異へと変貌する現象を、『衆合』を呼んでいる。
と言っても、六級怪異が7体集まっただけのものなので、等級は精々が五級であろう。
五級以上になると、一般人は基本、身に危険が迫った時以外は、戦ってはいけない。
法律で決められている。
つまり、俺は手が出せない。
千景さんが油断なく警棒を構えているところに、
「なんだい『衆合』かい?」
1人の女性が現れる。
怠そうな声を出したまま、白いTシャツに、サンダルと、この場においては、かなりラフな格好の女性。
その人は、俺の式神術の先生である山村典子である。
典子先生は、『衆合』により合体を果たした錆の怪異を見て、不敵に笑う。
「丁度良い的のデカさだねぇ。千景、悪いが、締めは貰うよ」
トドメは貰うと言う典子先生。
「ええ〜!典ちゃん、いっも美味しいところを持ってくんだから!もぉ…しょうがないんだから」
素直に、トドメを譲る千景さん。
典子先生は、サンキューと言いながら、合体した錆の怪異に近づく。
懐から、1枚の紙を取り出す。
それは、俺が懐から出した式札と同じ形状。
でも、色は黒。
悪霊専用の式札である。
「行きな。アタシの悪霊」
典子先生は、1枚の黒い式札を投げる。
ゴオオ…。
黒い式札は、これまたドス黒い霊力を放ちながら、飛翔して、合体した錆の怪異に体当たりする。
これは、『式神弾』。
黒い霊力を伴った『式神弾』である。
バン!
それだけで、合体した錆の怪異は爆散する。
後には、何も残らない。
俺が放った式札の攻撃の何倍もの威力。
悪霊を下ろした式神は、通常の式神よりも、制御が効きにくく、使用者を攻撃することもある。
しかし、その反面、攻撃性能が高い。
まさに、暴れ馬である。
これが、典子先生の悪霊式・式神術である。
俺が目指す式神術である。
「怪異の気配は…無し。無事、退治出来たみたいですね」
『僕の髭にも、反応は無い』
霊力探知に優れた理人さんと、福丸が周囲を探るが、気配なし。
もう、周囲には怪異は1匹もいないみたいだ。
依頼完了である。
「はあぁ…疲れた」
典子先生は、大きく伸びをして欠伸をする。
潤一平先生は呆れる。
「いや、疲れって、おめぇ…最後以外、何もやってねぇだろ?」
「それでも、疲れたんだい。あと、腹も減った。理人…事務所に返ったら、何か作ってな」
「分かりました。今日は、焼きそばでも作りましょう」
「りー君の焼きそば大好き!私、大盛りね!」
鈴木事務所メンバーが会話し合う。
実は、典子先生も事務所の一員なのだ。
典子先生の妖怪の式神であるの妖狸の歌子さんと一緒に。
半年前から。
5歳になってから、1年以上、潤一平先生と典子先生から、剣術と式神術をそれぞれ教わっている。
九十九神楽本邸から車の送りで、潤一平先生からの稽古は鈴木事務所、典子先生からの稽古は、典子先生自身の自宅に行った。
そうして、交代交代で、稽古を受けていた。
週3回ずつ、1日休みで、潤一平先生と典子先生から教わっていたが、半年前に、潤一平先生が非効率的だからと、典子先生を自身の事務所に誘ったのだ。
典子先生を鈴木事務所に所属させて、住まわせれば、一箇所の場所で、剣術と式神術も学べるだろうと。
典子先生は、かなり軽めに潤一平先生の提案を承諾した。
典子先生曰く、別に今住んでいる家に思い入れは無いし、食事作りや事務所の掃除は、潤一平たちがやってくれるので、文句は無いとのこと。
結構生活に関わることだけど、そこらへん潤一平先生と典子先生が、元々恋人関係であったことが起因しているのかな?
「あ、理人さん。俺には、肉たくさんで」
『僕、煮干し』
「ふふ…分かりました。宵明君には、お肉をいっぱいつけます。福丸君には、煮干しをたくさん用意しますね」
そうして、俺たちは、潤一平先生の運転する車で、事務所まで戻るのだった。




