60凪桜の家
典子先生から式神術を教わることになった日の翌日。
今度は、潤一平先生から剣術を教わった帰り。
いつもは、日が暮れかけている時間に、稽古は終わるが、今日は先生も別の予定がある理由で、早めに終わった。
桐生さんが運転する車に乗って、東京都の都心にある九十九神楽本邸に戻っている最中。
俺は、ふと…思い立った。
「桐生さん…このまま本邸じゃなくて、『雷下ろしの樹』のそばに寄ってくれない?」
「は、はい?『雷下ろしの樹』ですか?」
桐生さんが戸惑う。
俺がいきなりルート変更を要求したためだ。
『雷下ろしの樹』とは、九十九神楽本邸から道のりで数キロ離れた場所にある樹のことだ。
大昔に、雷を落ちた樹であるとか、なんとか。
「何故、その場所に?」
「ちょっと友達に会いに」
「お友達ですか?」
友達と聞かれ、俺は頷く。
確かに、友達である。
この二回目の人生では。
「うん、”凪桜”に会いに」
友達とは、神木凪桜のことである。
一回目の人生で俺を殺した人。
桐生さんは、俺の要望通り、『雷下ろしの樹』の近くまで運転して、道の端に車を止めてくれた。
俺の目の前には、『雷下ろしの樹』があった。
『凄い木だね』
福丸が、黒い樹木を見上げて感心する。
その樹は、普通の樹よりも、一際大きく、幹も枝も、地面から少し顔を出す根っこも真っ黒である。
葉っぱは一枚も生えていない。
さらに、特徴的なのは、上から巨大な刀で斬られたかのように、綺麗に2つに割れているのだ。
樹木の半分近くまで、割れている。
そんな樹が、住宅街の少し広めのスペースにあった。
「『雷下ろしの樹』…言い伝えでは、江戸時代に天から降った巨大な雷が直撃し、2つに割れたとか」
桐生さんが眼鏡を直しながら、説明をする。
「江戸時代…そんなに昔から、この樹はあったんだ」
「ええ、推定樹齢400年以上の樹です」
『雷下ろしの樹』を眺めつつも、俺は辺りを見渡す。
周囲には、何人かの人が歩いていた。
そこで、俺は近くにいる散歩をしているお婆さんに話しかける。
「すみません、ちょっとお尋ねしますが、神木さんが住んでいる家を御存じですか?」
「え、神木さん?………ああ、神木春桜さんのことね。それなら、あそこの角を曲がって行けば、すぐに見つかるわよ」
「ありがとうございます」
俺はお婆さんにお礼を言って、歩き出す。
角を曲がると、古びた一軒家が目に入る。
木造建築の和風溢れる家。
表札を見ると、「神木」と書かれてあった。
うん、ここで間違いない。
「宵明様、私は車の中で待っています」
「うん、了解」
桐生さんが、友達との対面であると考え、気を利かせてか、車で待機すると言う。
福丸は、いつも通り俺の側だ。
「すみません」
俺は、玄関の扉を叩く。
少しすると、扉が開かれる。
「どなたかな?」
出てきたのは、薄桜色を交えた白鬚の老人。
神木凪桜の祖父の神木春桜さんである。
「こんにちは」
『こんにちは』
春桜さんは、挨拶をする俺と福丸を見て、目を大きく開く。
「おや、これは…宵明」
「どうも、折角なので、寄って来ました。お邪魔でしたか?」
邪魔かと聞くと、春桜さんは和やかに笑い、俺の黒髪を優しく撫でる。
「なぁに、邪魔は訳がない。よく来てくれた。さぁ…上がれ。友達が来たと聞けば、凪桜も喜ぶじゃろ」
春桜さんは、俺を招き入れる。
俺も会釈しつつ、玄関に入る。
外から見ても、そうだが、玄関から中を見ても、普通の一軒家である。
しっかりと、生活感がある。
とても、一回目の人生の時に、殺人鬼と成り果てた少女の家とは思えない。
「凪桜、お友達の宵明じゃ」
凪桜は居間で、本を読んでいた。
春桜さんの声掛けで、本から少し視線を外し、静かに俺を見る。
俺を見た時、若干目を見開くが、それも一瞬。
「あ…よう」
「うん」
なんて挨拶していいか分からなかったので、声量を小さくして声掛けをする事ぐらいしか出来なかった。
凪桜は、軽く返事をする。
視線を俺に移した後、また手元の本に戻す。
「今、ジュースでも持ってくる。それと、鰹節でも持ってくるかの」
『やった!鰹節!』
鰹節と聞いて、喜ぶ福丸。
春桜さんは台所へ行く。
俺は取り敢えず、凪桜の近くに行き、座布団の上に座る。
「「………」」
しばらくの間、俺も凪桜も無言であった。
思い立って来たものの、俺は何を話していいのか分からないし、凪桜も無言で本を読んでいる。
絵本では無い。
チラッと、本の中身を見ると、びっしり文字がある。
「な、何読んでいるの?」
沈黙に耐えられず、つい尋ねる。
「『妖怪と都市伝説との関係性』」
「へ、へぇ…」
凪桜は本への視線をそのままに答える。
俺は苦笑いするしかなかった。
俺と同じ5歳なのに、随分年齢に似つかわしく無い本を読んでいるな。
その本、普通に漢字が使われていると思うが、ちゃんと読めるのか。
思えば、凪桜は実年齢に対して、妙に賢い一面がある。
凪桜との会話は一旦保留にして、家の中をじっくり観察する。
年季の入った箪笥に、コツコツと音を鳴らす古時計。
液晶テレビとコタツ。
居間の隣には、多くの本が置かれた書斎のような部屋があった。
多分、凪桜の読んでいる本は、あの部屋から持って来たものだろう。
そう言えば、春桜さんは学者で、主に妖怪の生態や歴史、神話を研究する「妖異学」という学問を学んでいたんだっけ。
文学好きな俺の爺ちゃんと、随分話が噛み合ってたな。
俺が凪桜の家に来た理由は、一つに単純に思い立ったから寄ってみようと思ったから。
もう一つは、この家には、もしかしたら一回目の人生で、凪桜が殺人鬼になってしまった原因があるのではと、考えたからだ。
でも、見渡しても、そんな原因なんて見つからない。
本当に、ごく一般的な家の風景である。
「………ん、あれは?」
そこで、俺の目に入ったのは、神棚である。
俺と凪桜がいる部屋の上側に置いてある。
神棚とは、神様を祀るための小さな祭壇。
神社から授与された神札を納め、日々の健康や家内安全を祈願して、感謝を捧げる場所である。
と言っても、家に神棚自体など珍しくない。
取り分け、何の変哲もない神棚。
でも、その神棚には、ある置物があった。
俺の手のひらに乗るぐらいの小さな金色の彫刻。
何故か、俺の目を引く。
それは、4足歩行の馬のような形状の生き物。
でも、頭部はまるで竜。
たてがみも生えている。
神々しい。
どこかで見たことがある生き物。
何だっけ。
「あれは………」
俺が頭を捻って、生き物の名前を思い出そうとする。
確か、伝説上の生き物であり、幸運の印からロゴにも使われているもの。
「あれは、【麒麟】。神様の使い」
答えが出たのは、俺のすぐそば。
凪桜の口からである。




