59宵明の才能
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「自分の術式が嫌いなんですか?」
「そうだね。好きか嫌いかで言ったら、嫌いだね。ほとんど悪い意味で、アタシの人生は『黒ノ巣』っていう術式の影響を大きく受けて、生きてきた」
術式は、人の魂による固有の力であり、この世の一部の人にしか発言しない能力。
ヨルルさんは妖怪なので、除外して、潤一平先生を含めた鈴木事務所にいる千景さん、理人さん、関助さんの4人とも、術式など持っていない。
希少なのだ。
つまり、典子先生は、術式というものを持っている時点で、霊法使いの中では、恵まれている方だ。
術式の所有は、概ねメリットしかない。
でも、稀に術式そのものが本人に多大なデメリットを与えることもある。
本人が意図していなくとも、勝手に力が発動するなど。
典子先生が、そのケースだろう。
『待て!待て!』
俺と典子先生がいる横で、必死に式神を追う福丸。
小さく動くものを追うのは、猫の本能なのかな。
典子先生は煙草の先にある灰を、灰皿に捨てる。
「術式によって、悪霊から好かれやすいと言えば、聞こえは良いけど…結局アタシは悪霊からしたら良い匂いのする"エサ"でしかないのよ。アタシをどうするかなんて、悪霊たちの気分次第」
そこまで言って、典子先生は吸っている煙草を一度灰皿に置く。
そして、手を伸ばして、そこから霊力を出す。
それによって、またしても部屋中に悪霊たちが集まる………ということはなく、現れたの一体の悪霊。
典子先生の手の上に、お利口そうに乗る。
暴れる様子は無い。
「だからこそ、アタシはこの術式を抑制するじゃなく、徹底的に利用することに決めた。馬鹿とハサミは使いようと言うじゃないか。悪霊と術式もそうだ」
今度は、典子先生が手を引っ込めると、現れた悪霊は、空中に消えていく。
悪霊への制御が出来ている証拠だ。
両腕を上に持っていき、大きく欠伸をする典子先生。
「ふぁ〜…なんか、湿っぽい話になっちゃたね。もう昼も近いから、昼飯にするか」
典子先生は床に落ちている財布を取る。
そこから一枚のお札を取り出して、俺に渡す。
「コンビニに行って、カップ麺を買ってきておくれ。残りの釣りは、アンタの昼飯と駄賃にして良いからさ」
「は、はい」
俺は渡されたお札を受け取り、コンビニに行った。
5歳にパシリをする典子先生。
まぁ…お釣りは好きに使って良いと言ったし、俺も好きなもの買うか。
『あ、宵明。僕にも、スルメ買って』
「ん、分かった」
頼まれた通り、典子先生にはカップ麺、俺は無難に弁当を買った。
ついでに、福丸にもスルメを買って、典子先生の家に戻った。
お昼を食べ終わった俺たち。
「ちょっくら、アンタの実力見てみたいわ」
「え?」
いきなり、典子先生がそう切り出す。
俺は首を傾げる。
「実力を知りたいとは?」
「式神術の実力だ」
典子先生はニヤリと笑い、俺に一枚の式札を渡す。
悪霊専用のものではなく、普通の式札。
「それを使って、お昼前にアタシが見せたみたいに、式神を作りな」
どうやら、少し前に典子先生が式神生成術を使って、一体の霊体を式札に降ろして、自身の式神にしたのと同じことを、俺にもやれと言うらしい。
詠唱をして、式神を生成する。
素人なら、典子先生が簡単にやってのけたように見えるが、あれは結構な高等技術。
まだ、式神術をまともに習っていない者にやらせるものでは無い。
「アタシはアンタの先生なんだ。生徒の実力をしっかりと知っておかないとね」
なるほど、生徒の力量を把握するのは、一理ある。
でも、典子先生の顔は、したり顔をしている。
うん、これあれだ。
いきなり、式神を作れと言って、当然俺が作れないと思っている顔だ。
単純に、茶化しているのだ。
「やります」
侮られている。
そう感じて、ムッと来た俺は、式札を強引に受け取る。
見せてやる、俺の実力を。
典子先生は、何やら文字が多く書かれた紙をヒラヒラと見せる。
「式神を降ろす際の詠唱の言葉は、この紙に書いてある。これを読みながら、詠唱を………」
典子先生が言い終える前に、俺は詠唱を言い出す。
「天にも属さず、地にも留まらない幽世の狭間に漂う形なき霊体よ。未だ名を持たず、未だ姿を結ばず、ただ一念を抱き、現世を求めし者よ。我が声に導かれ、我が霊力を道とし、隔世の境を越えよ。我は汝に器を与え、形を与え、役目を与える者。今一度、現世の器に降り来たれ」
それは、典子先生と違って、省略されていない長い詠唱。
口にする速さは早過ぎず、かと言って遅過ぎず。
適切な早さで、言葉を紡ぐ。
一語一句、はっきりと。
俺に詠唱の書かれた紙など必要ない。
全て頭に入っているからだ。
詠唱は、言霊による力で、術を発動する方法。
代表的な霊術である。
詠唱している途中で、別の世界と繋がったような感覚を覚える。
こことは、異なる世界。
それは、詠唱である通り、幽世である。
地獄や天国とも違う霊体が蔓延る世界。
そこから最適な霊体を探し、導き出す。
詠唱と同時に、手に持った式札に霊力を込める。
すると、器になった式札に、霊体が降りてくる。
式神の完成である。
式札を離すと、一つの生き物のように式札が動く。
『す、凄い!』
福丸が俺の作った式神に感心する。
「回れ右」
俺がそう指示を出すと、式神はその指示通り、回れ右をする。
今、俺が作りだしたのは、初歩的な式神だ。
単純な命令ぐらいなら、実行できる。
「な?!な?!」
典子先生は今日一番の驚愕の顔を作る。
どうせ、式神を作るなんて出来ないだろう思っていた予想を俺が覆したのだから。
典子先生に見えないように、したり顔をする俺。
「簡易詠唱ではなく、フル詠唱。しかも、紙も見ずに。術の精度も高い」
「えっへん!」
典子先生が素直に感心する中、自慢げに胸を張る俺。
………だけど、俺がこうして、式神をスムーズに作れたのは、一重に一回目の人生の知識があってこそだ。
式神生成術をするための詠唱など、無意識に唱えられるほど口にした。
一回目の人生でも、俺は式神術に関しては、得意分野だった。
俺には、既に基礎的な式神術は、しっかりと身に付いているのだ。
「はぁ……悪りぃな。アンタのこと、少し見くびってた」
典子先生は、真剣に俺と目を合わせる。
「アンタ…宵明には、素晴らしい式神術の才能がある」
その言葉に嘘も侮りも無い。
どうやら、俺をかなりの逸材と見ているようだ。
うん、こっちは2週目なので、知識がある分、逸材でも無いんだよな。
『当たり前!僕の主だもん!』
福丸は誇らしげに言っているが、こっちは、ちょっとズルしている気分だ。
「アタシが宵明の才能を最大限伸ばしてやるよ。アタシが培ってきた知識と技術…悪霊式・式神生成術を、きっちり教えてやる」
「おお!」
つい、両拳を握りしめる俺。
悪霊式・式神生成術…カッコ良さそう。
「でも、ちょっと時間をくれ。まさか、今日…アンタみたいな生徒が出来るなんて、思いもしなかったから、式神術をしっかりと教えるための道具が揃って無いんだよ。3日後ぐらいに、うちにきて遅れ」
典子先生は、次いで大きく伸びをして、床に寝転ぶ。
うつ伏せになった典子先生は、自分の腰を叩く。
「今日は疲れたから、腰でも揉んでくれ」
「ふぅ…分かりました」
俺はため息を吐きつつも、腰を揉み始める。
しょうがない先生である。
腰の壺を手で押す。
「おお、中々良いぞ」
気持ちは良いみたいだ。
ギイィ…。
その時、家の扉がゆっくり開かれる。
『帰ったポン』
玄関から誰かが入ってくる。
その者は、俺と典子先生がいる居間にやってくる。
現れたのは、一匹の狸。
狸は、真ん丸の眼鏡を掛けており、風呂敷を背負っていた。
『典子、帰ったよ。あんまり良い依頼とかなくてさ………って、誰…この子?』
狸を典子先生を見てから、腰を揉んでいる俺を見て、ポカンとする。
喋っているところを見るに、普通の狸ではなく、妖怪。
化け狸、もしくは妖狸とも言う。
妖狐のように、知性が高く、霊術を得意とした妖怪。
いろんなものに化けては、人を驚かすと言われる。
「ああ、宵明…コイツは妖狸の歌子だ。式神契約術で、契約したアタシの式神だよ」
「歌子さんですね、よろしくお願いします」
典子先生は俺に腰をマッサージしながら、妖狸の歌子さんを紹介する。
俺は典子先生の腰を押しながら、歌子さんに頭を下げる。
「歌子、紹介するアタシの生徒の宵明だ。えっと…苗字は…」
「津久井宵明です」
勿論、苗字は偽名である。
九十九神楽なんて、珍しい苗字。
言えば、陰陽師なら一発で御三家の一つだと分かるだろう。
だから、潤一平先生と同じく、津久井という偽名でやっていくつもりだ。
面倒なことになるのは、避けたい。
「そうか、津久井宵明だ。よろしくやって欲しい」
『は?え?生徒?ど、どゆこと?!ちょっと、典子!ちゃんと説明しなさいポン!』
一方の歌子さんは、何のことだか、理解できていない様子であった。
その後、何度かの説明で、歌子さんは何とか、俺が典子先生に式神術を教わりたいと言う状況を、理解できたみたいだ。
その日の夕方、俺は典子先生の家を出る。
道具を揃えてから、俺に式神術を教えたいので、三日後に来ると約束する。
ポケットから携帯を出して、桐生さんを呼ぶ。
2つ折りの電子機器、所謂ガラケー。
そこに登録している桐生さんの番号に電話をかけて、迎えにくるように頼んだ。
でも、回線も悪いし、ちょっと不便だ。
あと数年経つと、スマホと言う便利機器が登場する。
それまでの辛抱だ。
桐生さんは、少し時間が経って、車で迎えに来てくれた。
「お疲れ様です、宵明様」
「うん、迎えご苦労さん」
「どうでしたか、新しい式神使いの方は?」
「そうだね。潤一平先生の言う通り、癖の強い人だった」
と言っても、あれを癖の強い人で片づけて良いものだろうか。
「でも、しっかりと式神術を教えてくれることになった」
「そうですか。それは、おめでとうございます」
「これから、車を出す頻度が高くなっちゃうけど」
「お気になさらず。私は九十九神楽家の家宰ですから」
本当に、この人は真面目だな。
次の日、俺は今度は鈴木事務所にいた。
今日も剣術の指南を受けるのだ。
「おう、どうだったか?式神術の方は?」
潤一平先生が早速、典子先生のことを聞く。
「はい。無事に、式神術を教えて貰うことになりました」
「そうか、そうか。典子の奴、元気だったか?」
「う~ん…元気か、元気でないかと言うと、元気だと思います。結構、不衛生な生活してますけど。生徒になって、いきなり部屋の掃除させられました」
それを聞いて、潤一平先生は苦笑いする。
「本当に、アイツらしいな」
潤一平先生にとって、典子先生の状況は、いつも通りだそうだ。
「え?式神術?宵明ちゃん、式神術習ってるの?」
「どなたからですか?」
俺と先生の会話を聞いた千景さんと理人さんが、興味本位に会話に混ざる。
今日は、結界使いの関助さんと妖狐のヨルルさんと交代で、小野寺夫婦の千景さんと理人さんが事務所にいる日である。
「はい、山村典子という人から式神術を教わることになりました」
それを聞いて、千景さんも理人さんも、目を見開く。
「え?!典子さん!」
「あの山村典子さんのことですか?」
2人とも、典子先生を知っている様子だった。
「典子先生を知ってるんですか?」
俺が聞くと、千景さんがニヤリと笑う。
「知っているも何も、典子さんって、潤ちゃんの元カノよ、元カノ。その典子さんっていう人、よく潤ちゃんから聞くのよ」
意外な情報である。
腐れ縁と聞いていたけど、潤一平先生の元恋人だったとは。
「なぁに〜潤ちゃん。元カノのことが気になるの?やっぱり未練があるんだ」
「ねぇわ!」
おちょくる千景さんに、潤一平先生は終始バツが悪そうな顔をしていた。




