55もう1人の先生
俺が潤一平先生から剣術を教わってから3ヶ月が経過した。
「ふ!ふ!ふ!」
今日は先生の事務所で、稽古の日。
先生にいつも言われている通り、素振りに勤しんでいた。
12月であるので、気温はかなり小さい。
でも、素振りによって、温まった体を冷まさせてくれる。
真っ直ぐ切り下ろし、左右斜めに切り下ろし、左右水平に切る、左右斜めに切り上げ、真っ直ぐ切り上げ。
各50回。
事務所の裏庭で、いつものメニューである素振りを行う俺。
「ほッほっほ…今日も頑張っておるな、宵坊」
そんな俺の姿を、テラス窓で見ている一人の老人が、にこやかな笑みで見ていた。
「早く先生みたいに強くなりたいですから」
「ほっほ!潤坊も、良い生徒を持ったもんだ」
年齢は60歳ほどか。
優しそうな印象を受ける柔らかい笑顔。
飾り気の無い胴着を着ており、頭には髪一つ無い。
パッと見、お坊さんに見える。
彼の名前は、木下関助。
千景さんや理人さんのように、潤一平先生が経営する鈴木事務所の仲間の1人。
今は三級陰陽師であり、結界術を得意にしている人だ。
『宵明、ここに飲み物を置いてあるから、いつでも飲んでね』
テラス窓には、少し温めておいたお茶を置いてあった。
これを置いたのは、関助さんと同じくテラス窓に居座る1匹の狐。
見た目は、銀色の毛並みを持った狐。
「ありがとうございます、ヨルルさん」
『稽古も良いけど、体に負担が出ない範囲でね』
神聖感の出る銀色の狐であるが、喋っているところを見るに、もちろん普通の狐では無い。
この狐は、銀狐。
名前は、ヨルル。
狐の妖怪である妖狐の一つ。
人に幸運や富をもたらす善狐の一つとも言われ、確かに、運が舞い降りてきそうな銀色さである。
この狐…彼女も、鈴木事務所の仲間の1人。
妖怪が人の仕事の手伝いをするのは、珍しいことではない。
この日本では、知性の高い妖怪には、一定の人権のような物が認められており、人と同じ仕事に就くことが許されている。
特に、妖怪や怪異の対峙を専門とする役職には、同じ妖怪の仲間がいると、いろいろと助かる面が多い。
鈴木事務所は、三級霊衛の潤一平先生をリーダーにして、千景さん、理人さん、関助さん、ヨルルさんの5人で回っているのだ。
「ふぅ…美味しい」
素振りを一通り終えた俺は、関助さんとヨルルさんと一緒に、テラス窓に座り、温かいお茶を飲む。
「宵坊が、ここに来て、3ヶ月か。早いものじゃのう」
『潤一平から剣とか、いろいろ教わりたい子が来たと聞いた時は、冗談かと思ったのに』
関助さんは俺の背中をさすり、ヨルルさんは頭を撫でているつもりなのか、銀色の尻尾で俺の頭をポンポン叩く。
今日は、千景さんと理人さんは、事務所を休んでいる。
代わりに、関助さんとヨルルさんである。
基本的に、この事務所は、千景さんと理人さんのグループと、関助さんとヨルルさんのグループが日によって交代で、事務所に出入りしている。
「ふぁ…何だ、宵明…素振り終わったのか?」
「あ、先生。はい、言われた回数終えました」
俺の先生である鈴木潤一平が、欠伸をして、こちらに来る。
いつもの肩より長いウェーブの掛かった黒髪には、寝癖が付いていた。
『全く、潤一平は。生徒を放ったらかしにして、自分はソファで寝るなんて』
ヨルルさんが、先生を睨む。
さっきまで、先生は事務所の中のソファで爆睡していたのだ。
「うっせぇな。こっちは、昨日の夜中に、怪異討伐してたんだぞ。眠いったらあらしねぇ」
怪異は、何も無いところから突然湧き出る。
それは、場所や時間を選ばず。
なので、夜中に怪異が出現して、住民からの通報を受けて、霊衛や陰陽師が駆けつける事はある。
先生が起きてきたことを確認した俺は、颯爽と近くに置いた木刀を手に取り、テラス窓から庭に駆け出す。
「先生、試合お願いします!」
「あん?試合か…懲りねぇな。ま、分かった」
俺のお願いを聞き入れて、先生の身長にあった木刀を、庭の物置から取り出す。
そして、先生は怠そうに、尻を掻きつつ、木刀を左手だけで構える。
一方の俺は、両手でしっかりと、木刀を正眼に構える。
「行きます!」
「おう、来い」
俺は駆け出す。
「や!」
先生に近づいて、正眼に構えた木刀を振り上げ、先生の左手首目掛けて、振り下ろす。
カキン!
軽い音が響く。
俺の振り下ろしを、先生は片手で持った木刀で、難なく受け止める。
次に、半円を描くように、俺の木刀を外に返しながら、払いのける。
払いのけた後は、逆に俺の手首を狙う先生。
それを両手を引くことで、回避する。
でも、それが駄目だった。
ポカン!
「いた!」
「はい、一本」
俺は先生の木刀で、頭を軽く叩かれる。
一本取られてしまった。
両手を引いたのは良いとして、先生はがら空きになった俺の頭部を、木刀で叩いたのだ。
手首への攻撃ばかりに気を取られて、頭部への攻撃まで、気が回らなかった。
「もう一回!」
そう言って、俺はまた突っ込む。
今度は袈裟切りで、先生の右の脇腹を狙う。
「甘い」
そんな俺の袈裟切りを、先生は易々と、叩き落とす。
俺の手から離れる木刀。
そして、ポカン!
また一本取られる。
今しているのは、見ての通り、俺と先生との剣による試合だ。
1ヶ月前ほどから、事務所では、俺は素振りだけでなく、実践を活かした模擬試合を行っている。
試合…とは言っているけど、俺が挑んで、先生が叩き潰す構図が続いている。
しかも、手加減した状態で。
先生は右利きだが、試合では左手だけで木刀持っている。
それでも先生から一本など、未だに取れていない。
取れる気配もない。
「いつかは、先生に一本取ります!」
「そうか、期待せずに待ってるぞ」
先生は相変わらず、ぶっきら棒な物言いだ。
その後も、何度か挑んだけど、結局手加減した先生には、勝てなかった。
俺は汗をタオルで拭きながら考える。
剣術は、まだまだ。
でも、剣術の稽古も3ヶ月経って、軌道にも乗ってきた。
そろそろ、"次の段階"に進んだほうがいい。
その次の段階とは、
「先生、頼みたいことがあります」
「あ?何だ、金なら貸さねぇぞ」
先生の惚けに、俺は少し微笑みながら、先生に改まって向き直る。
「実は、俺…剣術と同じく、『式神術』を教わりたく」
「は?式神術?」
俺の言葉に、先生は首を傾げる。
同じく、聞いていた関助さんとヨルルさんも、キョトンとしていた。
式神術とは、霊力を使って術を行使する霊術の一つであり、式神を生み出し、操作する技術である。
陰陽師の基本的なスキル。
「はい、俺は先生から剣を教わっていますが、それと同時並行で、式神術も学びたく」
俺は再度、式神術を教わりたいと言う。
しばらく、首を傾げていた先生だったが、次は困惑した顔をする。
「待て待て、いきなりどうした?式神術?俺は式神術なんて、出来ないぞ。精々、五行術の金の術ぐらいだ。関助の爺さんも、陰陽師だが、結界術が専門だ」
「そうじゃな。ワシや潤坊じゃなくても、この事務所に式神術が出来る者はおらん」
先生の言葉に、関助さんが肯定する。
俺は首を振る。
「いえ、先生たちから教わりたいのではありません。式神術が出来る人…"式神術の先生"を紹介してほしいんです。頼みは、それです」
現在、俺は自身や自身の周り、そして九十九神楽家に、これから来る凶災から守るために、強くなりたい。
そのために、剣も行ける陰陽師になりたく先生から剣術を教わっている。
でも、俺が教わっているのは、今のところ剣のみ。
肝心の陰陽師の十八番である霊術は、まだだ。
陰陽師は霊術を扱ってこそ、なんぼである。
曲がりなりにも、俺は陰陽師御三家の血筋…陰陽師としての潜在能力は高いはず。
なにより、俺は巴母さんを血を引いている。
巴母さんは、式神術を専門にした高名な陰陽師。
巴母さんの息子の俺は、式神術の才能は、他の陰陽師よりも、ずっと高いはずなのだ。
式神術を今のうちに鍛えておきたい。
一回目の人生でも、式神術は得意分野だった。
剣だけに集中して、式神術を鍛えないは本末転倒である。
だから、俺には、式神術を教える先生も必要なのだ。
出来れば、潤一平先生のように、俺が九十九神楽家だと知らず、俺に稽古を付けられるような活動頻度の低い、かつ技量も高いという…俺の欲張りが反映された人が。
少し前から、パソコンで先生の名前を見つけたのと同じく、式神術の先生も探そうとしたけど、これといった人は見つからなかった。
なので、先生から紹介してほしい。
先生なら、良い式神術の使い手の知り合いがいると思って。
「じゃあ、剣術の稽古と一緒に、式神術も覚えるつもりなのか?」
「はい。剣も式神術も、両方やっていきたいです。勿論、これから先生からの剣術の稽古はサボるつもり在りません」
「う~ん…式神術か」
先生は腕組んで考え込む。
『私の知り合いに、式神術を得意としてる妖怪はいないわね』
「ワシは、陰陽師に知り合いは何人かいるが、式神術か」
ヨルルさんも、関助さんも、悩んでいる。
やっぱり、いきなり式神術が得意な人を紹介しては、無茶が過ぎたかな。
と思っていたら、
「いや……………一人いるな」
先生が言う。
「俺の友達に式神術を得意としてる奴がいる。式神術でアイツの右に出る奴は、早々いないだろうな。ここからそんなに離れていない場所に住んでる」
「おお!」
式神術が得意で、近辺に住んでいる。
何て都合が良い話。
しかし、先生の顔は難色を示していた。
「紹介しても良いが………ソイツ、まぁ…何だ、結構な癖のある奴でな」
「全然大丈夫です!」
俺は全く問題ないと言う。
そもそも、陰陽師自体、癖の強い人が多い。
多少、癖が強くとも問題ない。
それに、先生の友達なら、悪い人では無いだろう。
次の日、早速桐生さんに頼んで、先生が薦めてくれた式神使い…もう一人の先生になるであろう人の家に行くことになった。
「着きましたよ、宵明様」
「ありがとう」
俺は車から降りる。
先生の事務所は、東京内でも都心から離れた場所であるが、ここはさらに都心から離れた場所である。
俺は目的の場所を見る。
だけど、
「え?ここ?」
『ここかニャ?』
着いた場所には、一軒家があった。
俺も福丸も、家を見て、呆然とする。
扉は錆だらけ。
全ての窓には、黒いカーテンで閉められている。
壁の当たる場所が黒ずんでおり、蜘蛛の巣もたくさん付いていた。
ポストには、封筒が大量に入っている。
一言で言えば、お化け屋敷みたいな家である。
こんな家に、式神使い?
俺は疑問に駆られるまま、家の前のインターフォンを鳴らす。




