53ヨツミの術式
『ま、まさか…私が一日目で見つかるなんて』
くノ一の式神は、俺に見つかった悔しさから体育座りをして落ち込む。
くノ一からしたら、隠れると言う行為は忍者にとって得意分野である故に、見つけられると言うのは屈辱なのだろう。
「ま、まぁ…落ち着けって」
俺は式神を宥める。
とはいえ肆の扉に入って、式神とのかくれんぼで、わずか一日で見つけられたのは、ひとえに一回目の人生があったからだ。
一回目の人生では、散々式神に翻弄された。
あの時は、俺を遠目で確認しながら、隠れ場所を移動しているということを知らなかったから、式神が手加減してもらえるまで、一向に見つけられなかった。
だけど、その経験と記憶があるからこそ、俺は式神の隠れるパターンを、ある程度知っているのだ。
落ち込んでいた式神だったが、少しばかりして立ち上がる。
『私との契約の条件は、私を見つけること。貴方…宵明様は、それを満たしました。よって、今日より私は正式に、貴方の式神です』
そう言って、式神は手を差し出す。
『手をお取りください。さすれば、貴方と正式に契約を結べます』
この流れは、忠吉の時もやった。
俺は迷いことなく、式神の手に、自分の手を置く。
すると、キンという音と共に、くノ一である式神の体が白く光る。
白い光は、ゆっくりと、俺の体に移る。
それによって、式神と自分が何かしらの線で結ばれた感覚がする。
『契約完了です』
契約を完了した後の式神の目が変わる。
何も変わらぬ金色の目に見えるが、俺を本当の主と認めたような雰囲気を感じる。
グラ…。
その時、俺は軽い眩暈を覚える。
屋敷邸の景色が歪み始める。
時間である。
俺は、この異空間に居られる時間が終わったみたいだ。
『御用がありましたら、是非とも私を召喚してくださいませ』
その言葉を最後に、俺の視界は暗転して、意識を手放す。
「ふぁ…」
俺は九十九神楽本邸の自室の布団で、目を覚ます。
大きく伸びをして、身体を解す。
『フニャ~』
俺の傍で寝ていた福丸も、起き始める。
『宵明様、おはようございます』
部屋の隅で正座をしている鼠色の髪の少年が、挨拶する。
人形態の忠吉である。
忠吉は俺の術式による式神なので、睡眠の概念がなく、こうして毎晩ねずの番をしてくれている。
忠吉の顕現の際に消費する霊力は、極僅かなので、一晩中出し続けていても、問題ない。
「おう、忠吉。やったぞ!」
『はい?やった?』
「お前の仲間が一人増えた」
『増えた…っ?!まさか!』
俺の言葉に意味が分かった忠吉は、驚いた顔を浮かべる。
意味が分かったのだろう。
ならば、早速召喚だ。
俺は体の霊力を動かし、自らの魂の力である術式を意識する。
「来い!兎!」
宣言する。
すると、キン!
白い光が、俺の目の前に現れる。
現れたのは、
『………』
4つの長い耳と白い毛並みを持ち、金色の目を持った一匹の兎。
兎自体は、普通の動物の兎でも声を出せないので、無言である。
でも、その金色の目からは、しっかりと意思を感じる。
『え!え!何これ?!兎!』
福丸がいきなり現れた兎を見て、興奮する。
『これ…宵明の新しい式神!兎だけど…耳が4つもある!』
(宵明様…この方は?)
福丸は、兎の周囲を回りながら、じっくり観察する。
兎の方は、煩わしそうな声…ではなく、念話で、福丸のことを俺に問いかける。
正式に契約を果たした今なら、忠吉と同じく、俺は兎と念話でやり取りが出来る。
俺も念話で答える。
(俺の始まりの式神の福丸だ。見ての通り、猫又)
(始まりの式神ですか。それも猫又……猫…ですか)
(ん?何か問題でもある?)
(いえ、何でもありません)
何か…猫に含むものがあるのかな?
俺が首を傾げる一方、忠吉の方はというと、目を輝かせて、兎を見ていた。
『兎!久しぶり!』
(……鼠)
仲間に会えて、喜んでいる鼠色の髪の少年に対して、猫又にじっくり観察されていた際よりも、もっと煩わしそうな声色を、念話として出す。
兎は、鼠に会えて、余り嬉しくないようだ。
相変わらずだな。
一回目の人生の時も、鼠と兎は仲が悪かった………というより、兎が一方的に、鼠を嫌っていたのだ。
「ぼっちゃま、入りますよ。あら…兎さん?」
ここで、婆やが襖を開けて入ってくる。
早速、新しい式神の兎を見て、驚く。
「あ…婆や、この子は忠吉と同じ、俺の術式の式神。昨日、契約したんだ」
「まぁ…そうですか。可愛らしいお耳ですね………あれ?でも、耳は4つ?」
「うん、だからコイツの名前は、”ヨツミ”」
「ヨツミちゃんと言うのですね」
俺は兎の名前は、ヨツミと言う。
(ヨツミ?)
とうの本人は、何故ヨツミなのか、疑問なようだ。
4つの耳を傾ける。
「四つの耳で…ヨツミ!」
俺は自信満々で言う。
「可愛い名前ですね」
婆やはご満悦みたいだ。
単純だけど、覚えやすい。
因みに、一回目の人生の時の兎の名前は、「ピョン子」だったのは、内緒である。
(ふ…ヨツミですか。何とも安直。しかし、主の名付けならば、受け入れましょう)
言葉では、仕方なく受け入れるような様子だけど、念話から聞こえる声は、心なしか嬉しそうである。
『ねぇ…この兎も、忠吉と同じで、術式があるの?』
式神である忠吉には、人形態と鼠形態で、それぞれ1つの術式を持っていた。
ヨツミは、忠吉と同系統の式神。
ヨツミにも、同じように術式があるのかと、福丸が聞く。
「おう、あるぞ」
俺は兎を見る。
一回目の人生で、俺はヨツミの術式は知っている。
(よし、ヨツミ!術式だ!)
(余り……術式は見世物ではないですが………主の命令とあらば)
ヨツミは、みんなの前で術式を見せることを渋々了承する。
まずは、兎形態での術式は、
(【術式】『二兎追う者は一兎も得ず』)
ポン!
その時、一頭…いや、一兎であったツヨミが、そのままニ兎に増えた。
『わ!増えた!』
福丸は二兎になったヨツミを見て、はしゃぐ。
だけど、まだこれで終わりではない。
ポン!ポン!
増えたニ兎がそれぞれ二つに増え、今度は四兎。
さらに、その四兎がそれぞれ二つに増えて、八兎になる。
兎形態であるヨツミが、指数関数方式で増えたのだ。
増えた個体は、全て同じ見た目である。
まるで、忍者の分身の術のように。
これが、兎形態であるヨツミの術式『二兎追う者は一兎も得ず』である。
『二兎追う者は一兎も得ず』は、欲張って一度に二つのことをやろうとすると、結局一つも出来ないという意味だ。
術式の内容は、簡単に言うと、姿のコピー。
四つの耳を持った兎の姿を、2倍ずつ増やすのだ。
(戻れ、ツヨミ)
(分かりました)
俺の指示で、術式で増えたヨツミは、元の一体に戻る。
一体に戻る時は、一瞬。
次は、人形態でのヨツミの術式だ。
(人になって)
(はい)
ドロン!
四つ耳の兎の姿が消える。
代わりに現れたのは、目元が冷たく、冷静沈着な雰囲気がある10代後半の少女。
金色の目に、短い白髪。
黒と赤の装衣を全身に着込み、口周りをマフラーのようなもので覆った姿の忍者。
ザ・くノ一である。
『カッコいい!』
「あらあら、これまた可愛らしいですね」
福丸と婆やは、ヨツミの人形態の見た目を褒める。
では、人形態での術式は……と思ったが、ヨツミは部屋の天井を見て、眉根を寄せる。
『…………ここでは、余り使えませんね。外に移りましょう』
外の方が、術式を扱いやすいと言う。
なので、ヨツミと共に、俺、婆や、福丸、忠吉で外に向かう。
庭に来た俺たち。
屋敷の庭は、とても広い。
『ここなら、十分ですね』
ピョン!
突然、ヨツミが大ジャンプをする。
オリンピックアスリート並みの垂直飛び。
数メートル上を飛んだヨツミは、後は重力に従って落ちるだけだ。
しかし、
『【術式】『跳躍』』
ヨツミが術式を発動する。
タン!
すると、重力で落ちるはずのヨツミは、再びジャンプする。
それによって、屋敷の二階ほどの高さの場所を優に超える。
ゲームでありそうな二段ジャンプだ。
まるで、空中にある見えない床を蹴ったみたいに。
これが、人形態でのヨツミの術式『跳躍』である。
ヨツミが外に行きたいと言った理由は、これだ。
『跳躍』が真価を発揮するのは、二段ジャンプをしても平気な外や、天井が高い場所。
人なら、空中で再びジャンプが出来る『跳躍』。
兎なら、2倍ずつ体が増える『二兎追う者は一兎も得ず』。
忠吉の人と鼠での形態の術式は、何に使うのか分からないものであるが、ヨツミの場合は、忍者らしく移動や攪乱に使える汎用性の高い術式となっている。




