50神木の血
「蓮、手加減なしだよ」
「はい…」
俺は蓮に手加減は必要ないと言い、蓮は戸惑いながら頷く。
「では、審判は私が」
俺と蓮を見通すように、虎太郎が立つ。
勝敗の審判は、蓮の父親である虎太郎がやるらしい。
「「………」」
俺と蓮は、互いに木刀と木槍を構え、適切な距離を保ったまま、互いを観察する。
俺が使うのは、5歳の俺の合わせたサイズの木刀。
対する蓮が持つ木槍も、7歳の蓮の身長に合わせられている。
それでも、木刀に比べて、木槍の方が間合がある。
安易に、踏み込んでは行けない。
………と素人ながら思ったけど、このままジッと観察するだけでは何も始まらない。
ここは、勢いだ。
「は!」
俺は思いっきり、木刀を振りかぶりながら、前に進み、木刀の間合に入った瞬間に、木刀を振り下ろす。
木刀の先端が、蓮の頭に当たろうとする。
でも…コテ。
軽い衝撃が、俺の胸に来る。
「あ!」
俺は思わず、声を出す。
蓮が持つ木槍の先端が、俺の胸を付いたのだ。
「あ…その……一本」
虎太郎が俺と蓮を交互に見て、困惑しながらも、有効打を宣言する。
俺の負けだ。
うん、それはそうか。
さっき自分で確認したけど、木槍の方が間合がある。
なら、馬鹿正直に突っ込んだら、そのまま突かれて終わりに決まっている。
「「………」」
俺も蓮も、気まずそうな顔をする。
俺は突っ込んで瞬殺され、蓮はただ近づいた俺を木槍で突いただけの簡単作業だったのだから。
俺は手加減なしと言った手前、何も言えない。
「しょ、宵明様…もう一戦やりますか?」
虎太郎が俺を見て、もう一戦を提案する。
俺は頷いて、
「え、えっと…蓮、もう一回良いかな?」
「はい」
「重ねて言うけど、手加減無しだからね!」
「は、はい…」
互いに、距離を取り、獲物を構える。
リベンジに応えてくれた蓮に、敬意を称して、今度はもっと慎重に踏み込もう。
さっきみたいに、素直に踏み込んだら、木槍の長さを生かされて、突かれて終わり。
もっと工夫しないと。
「はあ!」
俺は、さっきみたいに思いっきり、木刀を振りかぶりながら、前に進み、木刀の間合に入った瞬間に、木刀を振り下ろそうとする。
全く同じ動き。
それに蓮は、どうしようかと一瞬戸惑うが、さっきみたいに槍の穂先を、俺の胸へ突き出す。
それを待っていた。
そのまま突っ込むと思われていた俺の動きは突如、止まる。
フェイントだ。
そして、振り下ろそうと思っていた木刀で、木槍を大きく右側に払う。
払ったまま、俺は斜め左に動いて、蓮の懐に入る。
同じ動きをすると思わせておいて、フェイントを使った簡単な工夫だ。
俺は、そのまま木槍を払った木刀を返して、蓮の左肩辺りに、斜めに振り下ろす。
決まった!
そう思ったら…スカ……コテ。
またしても、胸に軽い衝撃。
「あ!」
また、俺は思わず、声を出す。
一回目と同じ胸に、蓮の木槍の穂先が突いた。
「……一本」
またしても、虎太郎が蓮の有効打を宣言する。
決まったと思った俺の振り下ろしは、蓮が一歩下がることで、避けられる。
そして、俺の木刀が届かない間合から、木槍を伸ばして、突いたのだ。
俺の攻撃を躱してからの反撃。
ただの流れ作業。
俺の工夫なんて、何の意味も成していない。
相手にすら、なっていない。
単純に、実際経験が違いすぎる。
槍山家は九十九神楽を守るための家。
当主の息子である蓮は、俺が剣術を習うよりも、ずっと前から槍を鍛えている。
当然、試合や実践稽古は、やっているはずだ。
俺みたいな実践経験皆無な剣なんて、勝負にもならない。
「宵明様…愚息が失礼を」
俺が落ち込んでいると思ったのか、虎太郎が申し訳なさそうに謝る。
俺は、こっちが申し出た試合だと言って、気にしていないと言う。
うん、先生の言う通り、今は基礎をしっかりすることに努めよう。
背伸びするもんじゃない。
「ありがとう、蓮。相手してくれて」
俺は蓮にお礼を言い、一息つく。
すると、
「ふむ…宵明、動き出す際に、振りを意識しすぎとる」
縁側で見ていた春桜が、俺の傍に来て、アドバイスをする。
春桜が手を差し出す。
「良いか?」
「え…はい」
春桜の手に木刀を手渡す。
すると、春桜は木刀を握って、深呼吸をする。
そして、
「ふ!」
一歩詰めながら、木刀を振り上げ、振り下ろす。
言葉にしたら、何てことの無い動作。
「こうして、振りによる腕だけを意識するのではなく、足先にも意識を向け、体全体に無駄のない動作を行うようにする」
「おお!」
俺は思わず感心する。
洗練された動き。
身体の全ての動きが噛みあっている。
ただ、美しい。
振りだけでも、腕の動きにはキレがある。
体感も全くブレていない。
歩法も、乱れが無いのだ。
まるで、一流の剣士のような…そんな振りなのだ。
いや、まるで…ではなく、そうなのか?
俺は聞かずにはいられない。
「春桜さんは…剣をやっていた時があるんですか」
「昔…ほんの少しだけ、剣を嗜んでおった」
さっきの動きからして、ほんの少し嗜んでいた程度ではないような気がする。
ひょっとして、春桜は昔、結構強い剣士だったのでは?
俺が春桜の動きに関心していると、
「ねぇ」
横から急に声が掛けられる。
それは、凪桜だった。
さっきまで縁側に座っていたのに、いつの間にか、俺のそばにいた。
いつものような無表情な顔つきだけど、心なしか何かに関心を持った目つきである。
凪桜は、スッと手を差し出す。
「貸して」
「え?」
「私も、やってみたい…剣」
俺の木刀を指差して、自分も剣をやってみたいと言う凪桜。
当然の凪桜の行動に驚いたのは、俺だけでなく、春桜も。
「ナ、ナギ…お前」
孫娘に対して、神妙な面持ちをする。
「おじいちゃん…やって良い?」
「剣をか?」
「うん、何か…面白そう」
凪桜が、剣に強い関心を持っている。
常に何物にも関心を持たない彼女なのに。
「そ、そうか…お前に好きにしない。申し訳ないが、宵明…ナギに木刀を貸してやってくれんから」
「は、はい…どうぞ」
俺は凪桜に木刀を貸す。
木刀を受け取った凪桜は、左手で持ったり、右手で持ったり、木刀を軽く回したりして、取り回しを確かめる。
そんな凪桜を見て、俺は蓮に頼み込む。
「ごめん、蓮。凪桜とも相手してくれる?」
「え?…あ、ああ」
蓮は眉根を寄せつつも、木槍を構えて、凪桜に向ける。
対する凪桜も、木刀を正眼に構えて、蓮に向ける。
無造作な構え。
何の変哲もない正眼の構え。
その凪桜の構える姿を見て、ふと…思う。
「……様になってる」
凪桜の構えは、まるでずっと前から剣術を習ったことがあるかのような…無駄のないものに見える。
俺も剣術を習って、2ヶ月しか経ってないので、偉そうなことは言えない。
それでも、俺と同じ5歳なのに、年齢に似つかわしくない隙のない構えであるのは、分かる。
蓮の方も、それが分かるのか、明らかに警戒した顔を取って、木槍を構え直す。
「「………」」
蓮と凪桜…互いの沈黙が数秒間、続いた末。
ス…。
凪桜は、無造作に動き出す。
俺の目からは、まっすぐ、ゆっくりと前に進んだように見える。
木槍に対して、あんなに、なだらかな前進をしたら、俺みたいに突かれて終わりである。
やっぱり、凪桜も剣に関しては、素人みたいだ。
そう思っていたのに。
サッ!
なだらかだった凪桜が、木槍の間合いに入ろうとした瞬間、急に加速。
「っ?!」
意表を突かれた蓮は、咄嗟に木槍を突き出す。
その木槍の穂先を、凪桜は無駄のない動作で、払いのける。
払いのけた後に、返すように、木刀で斬りかかろうとする凪桜。
さっきの俺の動作に似ている。
でも、俺の場合…この後に蓮が一歩下がったことで、躱されて反撃を食らったんだ。
だからこそ、凪桜の時も、蓮は同じように一歩下がる。
ザン!
だけど、驚くべきことに、一歩下がった蓮に対して、凪桜は…さらに加速して、一歩詰めたのだ。
一回目の加速の際は、一般的な5歳の全力疾走に近いものだが、二回目は完全に、5歳とは思えない速度。
目を見張る速度で、蓮の懐に入る凪桜。
コテ。
そして、凪桜は木刀を、蓮の頭に当てる。
「い、一本!」
慌てて、虎太郎が有効打を宣言する。
誰も言葉を発さない。
5歳の女の子が、2歳上の武家の男の子を倒したのだから、当然か。
『す、凄いニャ』
辛うじて、福丸が賞賛する。
俺とは比較にもならない剣の才。
「ありがとう」
勝ったとうの凪桜は、本当に何でも無いように、俺に木刀を返す。
俺は無言で受け取る。
「………ナギ。そうか…ナギにも、やはり…」
春桜が、小さく何を言い出す。
「神木家の血が、あるということなのか」
そう呟く。
神木の血?
神木家の血筋ということか。
もしかして、神木家には、何か得意な血筋があるという事なのか。
さっき見た春桜の構えや、今しがたの凪桜の試合から、神木には、何か剣に関する大きな秘密がある。
俺は、そう感じた。




