49槍山家
神木という人が来ている。
使用人から、それを聞いた俺は素振りをやめて、婆やと共に正門に行った。
正門には、案の定…2人の人物がいた。
神木春桜。
優しげな雰囲気を持った老人で、白い顎髭には薄桜色が少し馴染んでいる。
そして、神木凪桜。
長めの黒い髪に、青い目。さらに、数本だけ白い髪が混じっている。
「宵明様、おはようございます」
「うん、おはよう」
いつも正門を守っている武士の人が、挨拶する。
俺は挨拶し返した後、俺は凪桜を見る。
コク…と、会釈をすると、凪桜も無言で会釈をした。
彼女は、何を隠そう一回目の人生の時に、俺の命を奪った人。
普通なら、関わってはいけない人物だが、二回目の人生では、どうも俺は神木凪桜と頻繁に関わってしまう運命にあるのか。
「どうも、春桜さん」
「宵明、2ヶ月ぶりじゃな」
以前2人は、俺の5歳の誕生日に、訪問したことがある。
その際に、いろいろあって神木家はウチの屋敷に泊まることになり、俺と凪桜は同じ部屋で就寝することになった。
「誕生日に貰った妖怪図鑑、ありがとうございます。いつも見ています」
「おお、そうか。喜んで貰えて何より」
春桜は満足気に笑う。
誕生日に渡された『妖怪大全集』は、マイナーなもの含めて、様々な妖怪が紹介をしており、勉強になる。
「今日は偶然近くに寄ったので、また寄らせてもらった」
「そうですか。では、上がって下さい」
俺は神木家を屋敷に上がらせる。
前に来た時と同じように、大広間のそばにある縁側に、上がらせる。
そこで、春桜は壁に立てかけてある木刀を見る。
「おや…ここに木刀が。これは…」
「俺の木刀です」
「宵明の?ということは、宵明は剣術を…」
「はい。先生…潤一平という三級霊衛の方から剣術を教わっています」
それを聞いて、春桜は目を見開く。
「剣術…はて、宵明は陰陽師の家系ではないか?」
御三家陰陽師である九十九神楽家の子の俺が、剣術を学ぶのは、かなり驚きである様だ。
「はは…俺、剣も行ける陰陽師になろうと思っていまして」
「な、なるほど」
俺はキメ顔で言う。
春桜は一応、納得する。
初めて先生の所に行った日も、家宰の桐生さんにも、似たようなことを言って、戸惑いを与えた。
やっぱり、陰陽師の子が剣術を学ぶのは、変なのだろう。
それにしても、まさか…俺が剣術を学ぼうとした理由は、一回目の人生で、春桜の孫娘である凪桜に、刀で刺されて殺されたのが、要因だと思うまい。
二回目の人生では、凪桜に殺されないようにはするけど、万が一そうなったら、自前の剣術で対応するためだ。
俺は木刀を構えて、また素振りの型をやり始める。
2セット目だ。
先生から教わった型をなぞるように。
真っ直ぐ切り下ろし、左右斜めに切り下ろし、左右水平に切る、左右斜めに切り上げ、真っ直ぐ切り上げ。
各50回。
その様子を、春桜と凪桜はお茶を飲みながら、縁側で眺める。
「ふぅ…」
俺は2セット目を終えて、また休憩を取る。
また忠吉から手渡された水で水分補給し、タオルで汗を拭く。
「ふむ…その型は、「正剣一刀流」の型だな」
春桜は型を見て、何の流派のものか分かったようだ。
俺は肯定する。
「そうですね。潤一平先生が正剣一刀流の使い手ですから。俺も正剣一刀流を学んでいます。分かるんですか?」
「正剣一刀流は、三大流派の一つであり、基礎を徹底する流派。それ故に、型は皆、基礎に忠実なもの」
春桜の言う通り、正剣一刀流は基礎を重んじる流派。
三大流派の中で、最も使い手が多い。
警察や自衛隊なら、特に多く取り入れられる剣術。
ちなみに、正剣一刀流以外の流派は、「示現鬼神流」と「戦流」だが、今は割愛しよう。
「………」
凪桜が俺の木刀をずっと見ている。
いや、木刀というより、剣術に興味ありそうな…そんな顔である。
俺は、そこまで気にしなかった。
その時、
「これは、宵明様…ご機嫌よう」
現れたのは、40代手前に見える男性。
そして、男性に付いてくるように、俺より何歳か年上に見える少年がいた。
彼らは、
「ああ…虎太郎さんに、蓮君」
婆やが、男性と少年の名前を呼ぶ。
彼らは、槍山虎太郎と槍山蓮。
九十九神楽家に仕える従家である槍山家の人たちだ。
古くから続く家には、その家をサポートをして、支える従家が存在する。
陰陽師が盛んであった1000年前の平安時代から、九十九神楽が創設された400年前の江戸時代には、名家…特に、大名家などでは、家老や奉行、馬廻、槍隊、弓隊など、多くの家臣団があった。
それと共に従家も多くあった。
現代では、政府や民間企業の陰陽師に対するサポートもあり、従家は、かなり減った。
それでも、御三家陰陽師である九十九神楽家には、従家が2つある。
槍山家は、そのうちの1つだ。
「宵明様、素振りの稽古ですか?精が出ますね」
槍山虎太郎が、俺が持っている木刀を見て、穏やかな笑みで言う。
虎太郎は、槍山家の現当主。
180センチ超えの潤一平先生よりも、さらに高い190センチの身長。
癖っ毛の髪とガタイの良い体格。
道具と袴を身に着けている。
格好は、まんま武士の男。
さらに、当主特有の雰囲気を感じさせる。
右手には、無骨な槍。
演舞などで使われる様な飾り物の槍では無く、鋭く敵を刺せるような実戦的なものである。
槍山家の役割は、九十九神楽本家の護衛。
家の名前である通り、槍を持って、九十九神楽家を敵から守るのが、務めである。
虎太郎さんは、いつも九十九神楽本邸の庭を歩き周っている。
この屋敷には、屋敷を丸ごと覆う結界が存在するが、いつ何時何が起こっても大丈夫なのに、屋敷の周囲を守っているのだ。
「うん、俺…剣も行ける陰陽師になりたいから」
「それは、素晴らしい目標ですね」
普通は、御三家陰陽師の子が、剣術を身に着けるのは、変と思われるが、虎太郎さんは良い目標だと言ってくれた。
けれど、虎太郎さんの後ろにいた少年は、訝し気な顔で俺を見る。
彼は、蓮と言い、当主の虎太郎さんの息子である。
俺より2つ上。丁度、長男の真兄と同い年。
父親譲りの癖っ毛の髪。
とはいえ、無骨な武人の雰囲気を持つ父親の虎太郎さんと裏腹に、パッと見の見た目は、普通の少年と言った顔付きである。
でも、目つきが、悪そう。
人相も少し…悪そう。
片手には、木で作られた木槍を握っている。
普段は、虎太郎1人で屋敷を回るが、今日は蓮への稽古なども兼ねて、一緒に連れているのか?
「陰陽師で、剣って……可笑しいだろ」
本人的には、聞こえないように小さく言ったつもりなのだろう。
しかし、その声は意外なほど、聞き取れた。
パシッ!
今度は、軽い音が聞こえる。
音の発生源は、蓮の頬から。
虎太郎が、息子の蓮の頬に、平手打ちをしたのだ。
かなり強めに。
「蓮…何ということを」
低い声で蓮を叱る虎太郎。
蓮の方は、平手打ちをされて、痛そうな顔をする。
「宵明様、我が愚息が、とんだご無礼を」
「あ、えっと…べ、別に良いよ!俺、全然気にして無いから!」
蓮の頭を鷲掴みにして、自分含めて、蓮の頭を無理やり下げさせる虎太郎さんに、俺は気にしていないと慌てる。
だって、普通に考えて、陰陽師家が剣を振るのは、可笑しいよね。
だけど、俺がどれほど気にしていないと言っても、虎太郎さんは、蓮を許す様子がない。
まぁ…これも普通か。
従家の身分の子が、本家の子を馬鹿にするような発言をしたのだ。
大昔だったら、即切腹すら、あり得ることだ。
春桜や婆やは、どうして良いか分からない様子である。
なので、俺は提案をする。
「じゃ、じゃあさ…蓮を、俺の稽古相手にしてよ。それで、さっきの発言は不問にするから」
俺の提案を聞いて、虎太郎さんも蓮も目を見開く。
「稽古相手ですか?」
「うん、俺…剣術は習ってるんだけど、型しか教わってなくて、試合とか実戦は、一回もやったことないんだ。だから、蓮に、試合相手になってほしくて」
苦し紛れの提案に聞こえるが、俺もそろそろ実戦みたいなことをしてみたかった。
先生から剣術を習って2ヶ月経ったが、未だに練習試合や実戦はやらせてもらえない。
先生曰く、俺には実践できるほどの基礎すらなっていないとのこと。
でも、俺だって、2ヶ月間の素振りで、型は様になってきた。
良い加減、実践で活かしたいという欲求だってある。
虎太郎さんは、少しだけ納得いかない顔つきであったが、取り敢えず俺の提案を受け入れる。
「分かりました。寛大な配慮、感謝いたします………蓮、宵明様のお相手をしなさい」
「……はい」
蓮は渋々了承する。
木槍を構えて、俺に相対する。
俺も木刀を構える。




