46潤一平の過去①
「「………」」
怪異を退治からの帰り際。
潤一平先生の車の中で、運転席に座る先生と助手席に座る俺は、互いに無言だった。
後ろの席に座る千景さんと理人さんも、心配そうに俺たちを見ていた。
しばらく車を走らせた後、信号機が赤になったので、一度止まる。
「いつまで黙り込んでる?」
そこで、先生が前を見ながら、話しかけてくる。
「あ…え、えっと…」
俺は何を言っていいのか分からなかった。
それは、少し前の大太刀を持った男の言葉が起因している。
恥知らず。
そう言っていた。
何のことかは知らない。
一回目の人生では、先生は配信で、それに関するエピソードなんて言っていなかったはずだ。
でも、確実に先生の過去に関係することだ。
それは、果たして訪ねていいものなのか。
その逡巡から、俺はずっと黙っていたのだ。
「気になるんだろ?俺が、恥知らず…そう言われてんのが」
「ち、違う!潤ちゃんは恥知らずなんかじゃない!」
「そ、そうです!"アレ"は仕方のないことです!」
恥知らずという単語を、千景さんと理人さんが否定する。
どうやら、この2人は何故先生が恥知らずと言われているのか知っているみたいだ。
「はぁ…仕方がないつっても、俺は…たくさんの人を危険に晒した。何より、刈谷さんも俺のせいで…死なせちまった」
先生が少し俯く。
相当落ち込んでいる
刈谷さん…とは、先生の友人だろうか?
信号機が青になる。
発射する車。
それと同時に、語り出す先生。
「あれは、今から2年半ほど前…ちゃうど俺が自衛隊を退役した頃。……というか、あの事件のせいで、俺は自衛隊を自主退職した。自主退職を余儀なくした」
そこから、語り出されたのは、先生の過去であった。
車を走らせながら、先生はゆっくりと2年半前のこと。
自身が恥知らずと呼ばれるようになった出来事を語る。
それは、2年半前…夏に差し掛かる頃。
あの日はとにかく暑い日だった。
潤一平が、東京にある自衛隊の基地で訓練していた時、ある知らせを受けた。
それは、本州から離れた小さな島にて、一体の妖怪が暴れていると言うものだった。
現場は人口が極端に少ない島。
人里離れた場所での妖怪の退治は、本来なら付近の事務所にいる霊法使いが対処するもの。
しかし、妖怪退治に向かった霊衛や陰陽師が壊滅したという情報もあった。
唯一、重症を負いながらも、生き残って帰ってきた者が言うには、
『………が……がい……骸骨』
そう言って、病院で気を失ったそうだ。
かなり途切れ途切れの言葉から、なかなかに強い妖怪が出現したみたいだ。
そこで、公共組織である自衛隊と妖怪対峙専門の警察部隊が共同で組んで、妖怪退治に島に向かった。
その向かった者の中に、潤一平、千景、理人がおり、さらに補助戦闘員として、潤一平の知人である1人の三級陰陽師も加わった。
けれど、船で島に着いたのも束の間、潤一平たちは異変に気づく。
暑いのに、背中に氷を押し付けられた感覚。
明らかに、島全体を取り巻く霊力が異常だった。
『なんだ…この気持ち悪りぃ霊力は』
潤一平は重苦しい霊力を感じる。
それは他の者も同様だった。
明確に、島に出現した妖怪のものである。
なかなかに強いなど、そんなレベルでは無い。
島の住民も見つからない。
そこで、潤一平たちは島の中央に向かった。
そこで、潤一平たちに待ち構えていたのは、巨大な骸骨の化け物。
ガシャ髑髏であった。
ガシャ髑髏…言わずと知れた大妖怪。
日本に住むものなら、ほとんどの者が知っている。
無惨に死んだ者や戦死した者が埋葬を受けずに骨となり、その憎悪と怨念が、巨大な骸骨の形となって、現れた妖怪。
『あひゃひゃひゃ!たくさん人が来た!』
ガシャ髑髏は潤一平たちを見て、巨体に見合わない声で、子供のように笑う。
ガシャ髑髏が発する重苦しくも、強大な霊力。
遭遇した潤一平たちは、即座に撤退……それどころか、死すら頭の片隅にあった。
何せ、ガシャ髑髏という大妖怪を相手に出来る者は、一級霊衛や一級陰陽師ぐらいしかいない。
霊衛も陰陽師も、どちらも一級は、その時代を代表する霊法高いである。
実質的に、一級が霊法使いのトップ。
残念ながら、潤一平たちには、一級はいない。
ガシャ髑髏と、まともに戦える者はいないと言うことだ。
『みんな、死んじゃえ!あひゃあひゃ!』
ガシャ髑髏は島の中央から動かず、巨大な体から無数の骸骨や幽霊、化け物を生み出して、物量で潤一平たちに襲いかかった。
潤一平たちにとって、多勢に無勢。
その時の潤一平たちの集団は、当時において三級霊衛の試験に受かったばかりの潤一平を副リーダー、同じく自衛隊であり、潤一平の直属の上司である二級霊衛の資格を持つ男をリーダーにして、チームを組んでいた。
リーダーの名は、刈谷広三郎。
大太刀を武器として、剣術の三代流派の一つである『示現鬼神流』の名の知れた使い手。
リーダーシップがあり、部下にも気遣いが取れる人物であった。
潤一平の数少ない尊敬する人物でもある。
そこに、千景や理人含む妖怪退治専門の警察部隊と、潤一平の知人の陰陽師が従っている形態になっている。
『撤退です!刈谷さん!ここは、撤退しましょう!』
副リーダーの潤一平は、撤退を薦める。
リーダーの刈谷も、素直に従う。
ここは島から撤退して、一級や、さらなる戦力の加勢を要請してから、再度ガシャ髑髏を倒しに行く。
それが、ベストな選択だと思った。
しかし、撤退しようとした時、
『待て!ガシャ髑髏の足下に、人がいる!』
刈谷は、巨大な体を持つガシャ髑髏の足下に、意識を失った何人もの人が横たわっているのを確認する。
何人もの人は、探していた島の住民だった。
そこで、察したのが、ガシャ髑髏が無数に下部だけを生み出して、島の中央から一向に動かない意味。
それは、ガシャ髑髏の足下にいる島の住民が、原因なのは明白。
後で知ったが、島に現れたガシャ髑髏は弱い怪異の出現防止のために、元々島の中央で封印されていた妖怪だったらしい。
封印中でも、強力な妖怪が発する霊力は、弱い怪異なら、出現を阻害する。
そのため、妖怪封印による魔除けは、古くから日本で行われていた。
その封印が何らの原因で解けたガシャ髑髏は、長い封印期間で万全の状態で無かった。
だから、島の住民の生命力や霊力を吸収して、力を蓄えていたのだ。
刈谷は決断する。
『彼らを救うぞ!』
撤退から住民救助に切り替えることを。
それから、長期戦であった。
千景や理人たちの警察部隊を防衛線として陣形を組ませ、迫りくるガシャ髑髏が生み出した無数の化け物の攻撃を凌ぐ。
その間に、潤一平たちが率いる自衛隊部隊が前に出て、ガシャ髑髏に攻撃しつつ、なんとか住民を救助しようと試みた。
でも、封印を解かれてから、そこまで時間が経っていないとは言え、ガシャ髑髏はガシャ髑髏。
生み出される化け物に加え、ガシャ髑髏本体の攻撃は純粋なフィジカル面で強力無比。
次々に負傷する自衛隊の仲間。
気が付けば、無傷な者は、潤一平と刈谷しかいなかった。
『食らえ!』
『ちっ!』
潤一平はガシャ髑髏の無造作に振るわれる腕を、舌打ちをしつつ、刀で受け流す。
潤一平の鍛え抜かれた肉体に練気を使っても、ガシャ髑髏の攻撃を受け流すしかなかった。
馬鹿正直に受けたら、両腕が衝撃で折れるかもしれない。
とはいえ、どうにか受け流したが、腕が痺れる。
かなり疲労が溜まってきている。
疲労が溜まれば、パフォーマンスも判断力も鈍る。
それは意外にも、早く訪れた。
『クソ?!』
また攻撃を受け流そうとして、弾き飛ばされる潤一平の刀。
疲労が大分溜まり、刀を握る握力が落ちてきたのだ。
主武器を失った潤一平。
そこに畳み込むガシャ髑髏。
『もう終わりだね!』
膨大な霊力の込められた強大な両腕が、ハエ叩きのように、潤一平を左右から潰そうとする。
身体中に練気を纏わせ、全力の防御体制を取ろうとするが、潤一平も一瞬の思考で分かっていた。
この攻撃を、まともに喰らうと、継戦が出来ないと。
そして、
『っ?!刈谷さん!』
潤一平を弾き飛ばして、代わりに自身がガシャ髑髏の攻撃を喰らう刈谷。
身代わりになってくれたのだ。
でも、いくら刈谷が二級霊衛でも、無傷で済むはずもなく、
『うう…』
『刈谷さん!』
大太刀を支えにして立っている刈谷に、腕を貸す潤一平。
致命的な傷ではないにせよ、体の当たる場所の骨が砕け、恐らく内臓にもダメージは入っている。
とてもではないが、戦える状態では無い。
しかし、リーダーである自分が戦線を離脱すれば、いよいよ部隊は全滅。
だからだろう…刈谷は腹を括ったのだ。
『潤一平…あとは任せた』
刈谷はそう言って、決死の特攻を掛ける。
大太刀を大きく振りかぶり、そして力一杯に振り下ろす。
防御を一切考えない剛の太刀。
それと同時に、ガシャ髑髏から巨大な右拳が高速で迫る。
その結果、刈谷とガシャ髑髏の攻撃が相打ちになる。
突き出されたガシャ髑髏の右拳によって、吹き飛ばされる刈谷。
でも、刈谷の攻撃によって、ガシャ髑髏の右腕が切り落とされ、体勢が崩れる。
それを潤一平は見逃さなかった。
己の全身全霊を込めた一撃をガシャ髑髏に放つ。
潤一平の一撃が、ガシャ髑髏の頭部を斬り裂く。
『いだいぃぃ!!!』
頭部を抑え、暴れまわるガシャ髑髏。
決して無視できない傷をガシャ髑髏に負わせたのだ。
ガシャ髑髏を明確に弱らせることは出来た。
さらに、最後の一手。
潤一平の知人である陰陽師の術式が発動。
ガシャ髑髏を再度封印するのを試みる。
知人の陰陽師を連れてきて正解だった。
その陰陽師…三級陰陽師であり、優秀な事は知っていた。
それに加えて、彼女の術式は、怨霊や悪霊といった系統の妖怪を封じ込めるのに、適したものなのだ。
結果、ガシャ髑髏を封印させることが出来たのだ。
こうして、皆んなで力を合わせて、潤一平たちはガシャ髑髏を封印して、住民も救助した。
めでたし、めでたし。
……………とは行かなかった。
現実は非常であった。
このガシャ髑髏との戦いで、潤一平の上司であり、二級霊衛の刈谷広三郎が死亡。
相打ちになった時のガシャ髑髏の攻撃で大岩に激突。
内臓を大きく損傷させ、応急処置を施したが、手遅れだった。
刈谷だけでは無い。
潤一平の仲間であった自衛隊の部隊は半数以上が死亡。
警察部隊も多くの死傷者を出した。
そして、ガシャ髑髏を封じた女性の陰陽師も、術式を酷使した影響で、脳に深刻な負荷がかかった。
そのせいで、霊術がまともに扱えない状態になった。
島に出現したガシャ髑髏との戦闘。
住民は救助されたものの、リーダーであった刈谷を含め、多くの犠牲を伴ったのだ。
潤一平にとっては、思い出したくもない出来事である。




