43剣術
ヒュ…。
潤一平が経営する鈴木事務所の裏手の庭に吹く微風。
心地よい風が、体を丸くして地面に座り込む福丸の髭を撫でる。
『良い風ニャ』
大きく伸びをする福丸の前方では…ブン!ブン!と小さく風を切る音が鳴っていた。
福丸の主である宵明が、木刀で素振りをする音である。
「降る際に、首を動かさすな」
「はい!」
「敵が目の前にいると思って、視線はしっかり前方を見ろ」
「はい!」
「姿勢を真っ直ぐに保て、猫背になるな。常に胸を張るイメージだ。そして、両足はしっかりと前後に肩幅と同じ感覚でおく」
「はい!」
潤一平の指示に、宵明は額に汗を浮かべながら、答える。
今やっているのは、潤一平による素振りの指導。
剣術の基礎は、素振りからと言うことで、宵明が素振りをしている姿を見ながら、潤一平が随時指摘するスタイルだ。
「良いか、木刀を振り上げる時は力むな。振り下ろす時は、腕を前に押し出す感じで。振り切ろうとせずに、ピタリと止めろ。鞭だ。鞭を当てる感覚だな。あと、脇を締めろ。でも、締めすぎるな。卵が一個挟んである程度の隙間だ」
「は、はい!」
潤一平のいろいろな指示に、宵明は何とか付いていこうとする。
「潤さん、そんなに一片に指示したら、宵明君が付いていけませんよ。もっと少しずつ教えましょう」
理人が嗜める。
それでも、潤一平は指示飛ばしをやることはなく、それに宵明は必死に喰らいつく。
宵明は強くなろうと、とても頑張っている。
福丸は以前聞いた…宵明の強くなりたい目的。
それは、九十九神楽の家族たちを守ることだと言った。
でも、守ると言っても、何から?
宵明の口調的に、これから宵明の家族には、不幸が訪れるみたいなことを言ってるんだよな。
午前中の素振りの稽古は一旦終わる。
「はーい!お昼ご飯だよ。潤ちゃん、りーくん、宵明ちゃんには、焼きそばね」
「おう、腹減った」
「宵明君、千景に作った焼きそばは美味しいですよ」
「ありがとうございます。では、頂きます」
千景が作った焼きそばが宵明たちに出される。
「福ちゃんには、焼き鮭だよ」
「わーい!鮭!」
出された焼き鮭を、福丸は美味しそうに食べる。
煮干しも好きだけど、最近は魚にも嵌っている福丸である。
潤一平たちも、焼きそばを美味しそうに食べる。
特に、宵明は焼きそばを被りつくように食べていた。
午前の素振りで突かれて腹が減っているのか、午後の稽古に備えて体に栄養を蓄えているのか。
午後の稽古も、午前と同じく素振りである。
ただ、午後と違って、潤一平がゆっくり素振りするのに合わせて、宵明も素振りをしていた。
素振りが全然拙い宵明に比べ、剣に詳しくない福丸から見ても、潤一平の素振りは無駄が無く、動作が洗練されていた。
何度も剣を振ってきた証拠である。
「宵明、剣術に近道はねぇ。より多く剣を持った者が強い。地道な努力と研鑽こそが、剣術の一番の近道だ」
ゆっくりと、素振りをしながら潤一平は、剣術の大切さを説く。
一見すると、地味な素振り。
でも、磨かれた潤一平の素振りには、それを裏打ちするための努力と研鑽があるように見える。
「俺も、学生時代や自衛隊をやっていた時は、毎日素振りをしていたな」
「へぇ…先生は今も毎日素振りをしているんですか?」
「ああ?当たりめぇだろ」
自信満々に言う潤一平。
それに、千景が反論する。
「うそー!潤ちゃん、半年前に事務所開いてから、全然素振りしてるの見たことない。まぁ…この間、宵明ちゃんが来てから素振りをやり出したけど」
「おまっ!千景、余計なこと言うな!」
その時、プルルル…と、事務所の中から電話の音が聞こえてきた。
一早く、テラス窓のそばにいた理人が、庭から事務所内に入り、電話を取る。
「はい、こちら…鈴木事務所です」
電話を取った理人は、電話の相手と何かを話す。
時折相槌をうったりして、話している最中、理人はメモを取ったりして、会話を続けていた。
少しして、理人は電話を受話器に置く。
「潤さん!近隣の住民から連絡がありました。ここから、少し離れたところで、強めの怪異が現れたのことです!」
それは、鈴木事務所へ怪異の出現を連絡するための電話だった。
日本では、妖怪が無数にいるが、それと同じくして、怪異がおり、至る場所で頻繁に出没する。
怪異には、様々なものがいるが、基本的に共通していることは、人を見ると襲い掛かってくることである。
所謂、人間の敵だ。
怪異は放って置いたら、個体数を増やしたり、より強力な個体になったりする。
百害あって、一利なし。
そのため、怪異が確認されると、目撃した人は、怪異や妖怪退治を専門とする警察部隊や、近隣の霊衛や陰陽師が待機する事務所に連絡する義務がある。
今回は、この近辺に怪異が出没したと言う事で、鈴木事務所に報告が入ったのだ。
事務所からしたら、近隣の怪異の討伐は、仕事の一環。
当然、宵明への稽古は、一度中断。
潤一平は、怪異が現れたことに、むしろ嬉しそうな顔をし出す。
「丁度いい。生徒に、ちょっくら…俺の強さを見せとくか」
潤一平は自身に満ちた顔を向ける。
「宵明、これから俺が戦う。その姿を眼に焼き付けて置け」
なんと、潤一平はこれから向かう怪異の討伐を、宵明にも見せるという。
宵明は練気を習得しているとはいえ、まだ5歳。
一緒に連れて行くのは、危険ではと、千景と理人が言うのに対して、潤一平は何と怪異は自分一人で相手するので、千景と理人の二人には、宵明と共に遠くで、見守ってくれと言う。
先生の晴れ姿が見れると言う事で、嬉しそうな顔をする宵明。
どうやら、これから潤一平と怪異の戦闘が見られるらしい。




