40素振り一万回
『な?!取りつく暇も無い?!』
速攻で門前払いを食らい福丸は耳をピンと張り、驚く。
『……どうする、宵明?』
不安そうに、俺を見上げる福丸に対して、俺は扉に近づく。
ピンポーン。
再び、扉のチャイムを鳴らす。
シーン…反応は無い。
何で、もう一度チャイムを鳴らす。
すると、
「……帰れと言ったんだ、ガキンチョ」
扉の向こう側から、鈴木潤一平の呆れた声が聞こえてきた。
俺は肺いっぱいに空気を吸い込み、それを全て吐き出す勢いで、
「俺の先生になってください!!」
再び言う。
「なんで、俺がお前の先生にならないといけない?」
「俺、強くなりたいんです!そのために、あなたに霊衛として…剣術とか、肉体強化の効率的なやり方とか、近接戦の上手いやり方とか、教えてほしくて」
「そんなもん……お子様専用の道場にでも、通えば良いだろ」
「いえ!あんな…ぬるま湯ではなく、あなたの指導が欲しいんです!」
「なんだそれ………」
潤一平は益々呆れた声を出す。
まぁ…客観的に見れば、呆れた声を出すしかないか。
潤一平からしたら、恐らく近所の見知らぬ子どもが、いきなり活動拠点を訪ねてきて、自分に霊衛としての戦いを教えて欲しいと言って来た…そんな認識だろう。
霊衛になるためには、何も現役の霊衛に教わる必要は無い。
日本の至る場所には、年齢や怪我で引退した霊衛などが師範として開いている道場などが数多くある。
潤一平の言う通り、俺のような5歳の幼子から学べる道場も。
というか、霊衛になる人の多くは、まずそう言った道場で稽古を付けて貰って、試験に受かり、正式な霊衛になる。
高名な家柄なら、依頼料を払い、外部から霊衛の教師を呼ぶのも良いだろう。
一回目の人生では、俺もそうやって外部から来た陰陽師の教師から、霊術を教わった。
いきなり事務所などを訪ねて、現役の霊衛に弟子入りするなど、かなり少数派だ。
でも、俺は潤一平から教わりたい。
一回目の人生で、ファンだったから、潤一平の戦闘技術を誰よりも知っている。
「俺、あなたが先生になってくれるまで、ここから動きません!」
「あ~あ…そうか、好きにしろ」
潤一平はそう言ったきり、何も話しかけなくなる。
俺は扉の前で棒立ちする。
潤一平が俺を認めてくれるまで、ここを動かない。
強くなるために、家族を守るために、あの人のところに来たのだ。
たかが、門前払い食らった程度で挫けるか!
決意を固めた俺は直立不動のまま、扉の前で待つ。
傍目から見れば、小さな男の子が家の前で立っているだけの可笑しな光景に見えるだろう。
それから三十分後、
「……うう、足が痺れて」
扉が開く気配が無い。
直立不動を維持し続けるのは、意外なほど難しい。
三十分経てば、足が疲弊してきて、綺麗な姿勢のまま立っているのが難しくなる。
何とか、俺は足を蟹股に開いたり、屈伸したりして、長持ちさせよとする。
「あ、あの…宵明様」
桐生さんが車から降りて、少し離れたところから話しかける。
九十九神楽ではなく、宵明個人を認め、潤一平に先生になって欲しいので、手出しはせずに、車で待機と厳命した。
でも、三十分間、扉の前で立ちっぱなしの俺を見て、心配したのだろう。
不安そうな顔で、俺を見ていた。
よく見れば、車の中で、心痛そうにしている婆やの顔もあった。
「だ、大丈夫…大丈夫…俺は平気だから、車に戻って!」
「わ、分かりました」
何とか、平静を装って、桐生さんを車に戻す。
それから三十分後、
「ちょ、ちょっと休憩」
俺はとうとう、その場に座り込む。
扉の前で、正座して座り込む。
毎日禍丸と走り込みしたりして体力を鍛えているとはいえ…流石に、一時間も経ちっぱなしは5歳の体にはシンドイ。
え?霊力の肉体強化を使えば、もっと長持ちするのでは?
馬鹿野郎!霊力無しの自分の体で一つでやってこそ意味があるのだ!
霊力なんて頼っていられるか!
さらに、三十分経過。
正座だったけど、それも痺れてキツくなってきたので、胡座をかく。
『宵明…もう帰ろ』
福丸は、少し前から帰った方が良いの一点張り。
「宵明様、日を改めましょう」
「ぼっちゃま、具合は大丈夫ですか?」
とうとう、婆やも不安になって、桐生さんと共に、車から降りて、俺を心配する。
「大丈夫だから、車に戻ってて!これ、俺の問題!」
俺は精一杯の強がりで、2人を返す。
ここで、挫けてはいけない。
さらに、三十分経過。
二時間扉の前にいるけど、潤一平は何も話しかけてこないし、何もしてこない。
硬い地面の上を、胡座とはいえ座ったままで、尻も痛くなったので、今は地面に寝転んでいる。
『ZZZ』
福丸は俺のそばで、体を丸くして寝ていた。
俺も、このまま寝て……いやいや、駄目だ!
潤一平に先生になってもらうために扉の前で待っているんだ。
寝てどうする?
………そんなこと言ったら、地面で寝転んでいる時点で、どうなの?になるけど。
そこは…触れないで。
さらに三十分…経つ前に、状況が変化する。
「ね、ねぇ…あの子。なんか2時間ぐらいずっと、あそこにいるけど。家に入らないのかしら?」
「こ、これ…まさか…ぎゃ、虐待?!警察に通報とか?」
「で、でも…あそこの家って、鈴木さんが経営してる事務所でしょ?鈴木さんに子供でもいたの?」
鈴木事務所の周囲で、近所の人たちが遠巻きに俺を見て、会話をし始めたのだ。
家の扉の前で、ずっといる俺を奇妙に思って、噂話から結構な数が集まってる。
不味い、大事になってきてる。
あらぬ噂まで立ってる。
普通に、潤一平には、えらい迷惑である。
やっぱり桐生さんの言う通り、今日は出直した方が……。
ガチャン!
その時、目の前の扉を勢いよく開き、潤一平が出てくる。
「っ?!」
俺は、すぐに地面から起き上がって、直立不動の構えを取る。
潤一平は心底面倒臭そうな顔で俺を見た後、遠巻きに俺たちを見る近所の人たちを見る。
そして、厄介ごとを押し付けられたみたいに、髪をかいた後、
「……分かった。先生になってやるから」
ダルそうに、そう言った。
「やった!」
ようやく、潤一平が認めてくれた。
俺は大きく喜び、寝ていた福丸を叩き起こす。
「稽古をしてくれるんですか?!」
「ああ…だから、着いてこい」
そう言って、潤一平は扉から出て、事務所となっている一軒家の裏手にある庭に行く。
俺は潤一平を後ろをピッタリと着いていく。
裏手の庭は、草木があまり生えていなく、九十九神楽本邸の庭ほどの広さは無いが、それなりに広い。
稽古場としてはピッタリの場所。
ここで、稽古をするのか?
なんかワクワクする。
「俺、頑張ります!」
試しに、霊力による肉体強化をして、大きく飛び跳ねる。
スムーズに、丹田にある霊力を動かし、脚部に集中させ、ジャンプする。
5歳らしからぬ跳躍力を見て、潤一平は少しだけ眉根を寄せる。
「なるほど、一丁前に肉体強化は出来ると。なら…話は簡単だな」
そう言って潤一平は、庭のすぐ近くに設置してある物置に行く。
そこで、何かを探し始めたと思ったら、こっちに来る。
手に持った物を、こちらに手渡す。
それは、木刀であった。
頑丈な木で作られていて、5歳の俺でも触れるような短めの木刀である。
さらに、潤一平は物置から別の物を2つ取り出す。
一つはリストバンドみたいなもの。
もう一つは、大きな太鼓のような機械。
潤一平は、まずリストバンドのような物を俺の左手首に嵌め、次に太鼓のような機械を手で叩いて説明する。
「これはな、衝撃計測器だ。ここの面を叩くと、それに応じた衝撃度が数値として現れる。試しに打ってみろ。勿論、霊力禁止だ」
「へ?」
試しに打ってみろとは言われたが、なにぶん一回目の人生を入れても、木刀を振ったのも、そもそも剣自体を振ったこともない。
基本の振り方すら知らないのだ。
しかも、霊力禁止。
それでも、ものは試しだ。
俺は渡された木刀をしっかりと握り、テレビや映画であるような剣士のように大きく振りかぶり、
「えい!」
勢いよく振り下ろす。
技術も減ったくれもない振り下ろし。
ペキ!
軽い音が響く。
衝撃計測器にある数値表がそれによって動き、5という数字を表示させる。
これは弱いのかな?
「5点か。弱すぎだな。10点出せ」
「は、はい!」
案の定弱かったらしい。
今度はさっきよりも、大きく振りかぶって、
「せあ!」
渾身の一撃を繰り出す。
出た点数は、10である。
それを見て、潤一平は頷く。
「じゃあ、取り敢えず、10点以上の数値を"一万回"出してみろ」
俺と福丸は目を限界まで見開いて、驚愕する。
「い、い、い、一万回??!!」
『いやいや!一万回なんて無理ニャ?!』
俺からしたら、さっきの10点は、ほぼ全力の振り下ろしだった。
あれを一万回とは。
「それが稽古だ。言わなくても分かるな、霊力での肉体強化は一切使うな。使おうとすると、手首に嵌めた感知器が作動する」
どうやら、このリストバンドみたいなものは、嵌めた者の霊力を感知するみたいだ。
「霊力なしで、10点を一万回?」
「そうだ。嫌なら、さっさと帰れ」
潤一平はそれっきり、何も言わずに、家の中に入る。
取り残された俺と福丸。
どう考えても、一万回なんて出来るわけない。
それでも、
「やるしかない!」
ここまで来たら、その一万回という奴を達成してやる。
そして、潤一平を見返すんだ。
俺は気合を込め直して、木刀を振りかぶり、衝撃計測器に振り下ろす。




