004霊力の鍛錬
俺が過去に戻ってから、1日が経った。
1日経っても、俺は3歳のままだった。
「うん…だいじょうぶ。おれ、さんさい」
朝起きた後、早速…部屋にある大きな姿見の前で、自身の体を確認して、1人呟く。
寝て起きてみたら、身体は18歳に戻って心臓を貫かれたまま死んでいるのか…と、心の片隅で思っていたのだ。
3歳の自分は、ただの走馬灯、もしくは死者の世界に行く前に、神様が少しだけ見せてくれた夢かと。
だけど、どうやら俺は本当に3歳から、やり直せるみたいだ。
さて…折角18歳の記憶を保持したまま、3歳に戻ってきたわけだが。
俺がやるべきことは、これから訪れる九十九神楽本家の崩壊。
もっと具体的にいうと、九十九神楽本家にとって重要人物…俺の家族、身内を守ることだ。
俺が18歳になるまで、九十九神楽本家に連なる血筋の者は、俺以外ほとんど全滅する。
それを何としても防ぐのだ。
防ぐためには、どうするべきか。
単純なことだ。俺が強くなって、防げば良い。
九十九神楽本家の崩壊は、俺に力が無かったから、起こったのだ。
だから、強くなる。
俺は部屋の真ん中に座る。
これから俺が行うことは、”霊力”の自己鍛錬だ。
この世には、『霊力』と呼ばれる力が存在する。
霊力というものを簡単に説明すると、「見えない燃料」だ。
陰陽師が使う霊術や、肉体強化に使う際のエネルギー源。
それだけで無く、妖怪や怪異が形を保つために必要な無くてはならない血液の様なもの。
霊力は、この世の至る所に存在する。
俺の体の中には、勿論のこと。そこらにある畳や家具などの物にすら微量ではあるが存在する。
日本と言う国が誕生する遥か昔から霊力はあり、人が想像できないような神秘な力を発揮する。
科学が普及している現代においてさえ、霊力の具体的な正体は掴み切れていない。
御三家の一角である九十九神楽の子である俺は、この霊力をどれほど使いこなすかで、陰陽師としての強さが決まると言っても過言ではない。
【霊力を制するものが、この世を制する】という格言があるほどだ。
だからこその霊力の自己鍛錬だ。
目を閉じて、体の中の霊力を探る。
正確には、丹田。
臍の下、下腹部に位置する場所。ここが霊力の要。
古代中国では、気の溜まり場とされている、この丹田で霊力が生み出されている。
暖かい………いや、冷たい?
羽毛のようにフワフワしているような………水のようにサラサラしているような?
体では言い表せない感触。
これが霊力。
丹田にある霊力を感じながら、胸の中心でそれを動かす。
霊力を動かしているのは、丹田では無く、心臓。
体の中で霊力を生み出す場所は丹田だが、霊力を直接動かすのは心臓なのだ。
体中に血を送るのは心臓だが、血そのものを作っているのは、骨であるように。
丹田から心臓のある胸。そして胸から首を伝って頭。
そこから脊髄を通して両腕両脚。手足の先まで、ただ循環するのではなく、身体の細部に至るまで細かく霊力を行き渡らせ、結果的に全ての霊力が丹田に戻るように動かす。
これが陰陽師の基礎的な霊力鍛錬法『周天巡霊』である。
古くから、霊力を上手くコントロールする方法は、体全体を使って、霊力を使う事とされている。
体力や筋力などが鍛える程、強くなるのと同じく、霊力も鍛える程、強くなる。
だからこそ、3歳の今のうちに、鍛錬をやっておくのだ。
霊力を体全体に巡らせること、数分間。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
俺は息を荒くさせる。
体中も汗まみれだ。
『周天巡霊』は霊力を体全体に巡らすだけなのに、何て疲労感だ。
心臓が激しく脈動している。
俺は18歳と言う記憶があり、1回目の人生の時は、曲がりなりにも御三家の子供だったので、幼い頃から『周天巡霊』による霊力鍛錬をしてきた。
幼い頃は、霊力を体全体に巡らせる行為自体、難しかった。
だけど、1回目の人生分、霊力の動かし方は心得ている。
明らかに、1回目の人生よりも霊力の操作は掴みやすい。
でも、所詮は3歳の体。
肝心の体力が全然無い。
ちょっと休憩。
俺は寝っ転がる。
その時、
「ぼっちゃま、入りますよ」
障子の向こう側から、婆やの声がする。
「うん、いいよ」
俺が了承すると、婆やが障子を開けて部屋に入ってくる。
茶碗を持っている。
水を持って来てくれたようだ。
婆やは汗まみれの俺を見て、驚く。
「まぁ!ぼっちゃま!どうしました?!」
「えっと…たんれん、してた」
婆やは少し困ったような顔をして座り込み、俺と目線を合わせようとする。
「鍛錬…ですか?」
「つよくなるため。つくもかぐらを、まもるために」
昨日も婆やに言った事を、また言う。
婆やは手拭いを出して、俺の額の汗を拭く。
「強くなるのは結構な事ですが、無理をしてはいけません。ぼっちゃまは、病気や怪我を起こすことなく、元気で育ってください」
「わかってる」
婆やのお説教を軽く流す。
元気に育つ…そんな悠長なことをしている場合では無いのだ。
婆やは、あと数年以内に死ぬはずだし、九十九神楽家にとって掛け替えのない存在である正妻の文世や長男の真兄、長女の澪姉も近い未来、全員…死ぬのだ。
少しでも時間があれば、鍛錬を重ね、強くならないと。
みんなを守れない。
この休憩が終わったら、また『周天巡霊』を再開だ。
「それにしても、ぼっちゃまの胸にある、この………黒い輪っかの跡は何でしょう」
婆やが俺の服を捲って、胸元まで垂れている汗を拭いながら、訝し気な顔を俺の胸部に向けていた。
「ほんとに……なんだろう?」
俺も疑問である。
自身の胸部から腹部に掛けて、ドーナツの様な黒い輪っかの跡があるのを見ながら、首を傾げる。
実は、3歳の体に戻った昨日、俺は自分の胸に、黒い輪の跡があるのに気づいたのだ。
痣…と言うほど、黒くはない。
白い紙に、鉛筆で塗り、それが少し手で擦ったことで薄くなったような、そんな感じの黒さ。
婆やは何かの病気ではないかと、慌てて屋敷常駐の医者に見せたが、何の跡なのか…結局分からなかった。
何度か医者に検査を受けたが、何かの病気や呪いの跡とは断定できず、俺自身も体調に問題は無かった。
本当に、この跡は何だろう?
1回目の人生では、こんな跡、小さい頃には無かったはずだけど。
この跡…”蛇”みたいだな。
そう思いつつ、黒い輪っかの跡を隠すように、服を着直す。




