38先生探し
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5歳の誕生日の次の日の早朝。
俺は婆や、茉昼と共に、屋敷の正門で神木家と巴母さんを見送りしていた。
「宵明、ワシの孫娘が大変世話になった」
春桜が俺に頭を下げる。
婆やはムッとした顔をする。
「春桜さん、学問の話で盛り上がるのは良いですが、凪桜ちゃんがいるのに、夜中の間ずっと話しているのは感心しませんね」
「わ、分かっておる。すまん」
婆やに説教され、申し訳なさそうにする神木春桜。
婆やの言う通りだ。
聞けば、春桜は昨晩、爺ちゃんと妖異学の話で深夜まで話し、飲んでいた酒の影響もあってか、そのまま爺ちゃんと共に大広間で眠ったそうだ。
つまり、神木凪桜が一緒に寝たいと言い出さなければ、昨晩はずっと1人で客室で寝ることになったのだ。
余り、保護者として褒められた行為ではない。
「………お爺ちゃんの馬鹿」
「ほ、本当に、すまん!」
ジト目で睨む神木凪桜に、平謝りの春桜。
その一方、俺と茉昼と母さんは、
「ショウちゃん、マルちゃん…また暫く会えなくなっちゃう。さみし~~!!」
巴母さんが、俺と茉昼を抱きしめる。
お別れのハグだ。
俺も茉昼も抱きしめ返す。
母さんの言う通り、暫く会えなくなる。
「まんま!」
「母さん、仕事頑張ってね」
「うん、がんばる~!!」
高名な陰陽師の母さんは、毎日の仕事でとても忙しい。
本来なら俺のために一日丸ごと休みを取るのも一苦労なのだ。
正門から少し離れたところには、偉い人が乗りそうな黒い車が待機している。
陰陽師協会が手配した車である。
これで、また仕事場に向かう。母さんは日本中から引っ張りダコだからな。
「凪桜ちゃんも、また今度ね」
「はい」
「気軽に、ショウちゃんのところに、遊びに来ていいからね」
「……ありがとうございます」
母さんから、頭をヨシヨシされた凪桜は、少し照れた顔をする。
神木家は、ここから道のりで数キロの「雷下ろしの樹」の近くみたいだし、割とご近所だ。
会おうと思えば、会える距離であるので、再開する機会はあるはずだ。
「ふむ…こういう陰陽師もいるのじゃな。やはり、陰陽師は皆…悪い者ばかりでは………」
自分の孫娘にニコニコと笑いかける巴母さんを見て、春桜はボソッと呟く。
春桜は、陰陽師に何か思う事があるのか。
そう言えば、昨日春桜が屋敷に入った時、婆やは春桜が陰陽師に良い思い出が無いのでは…と聞いていたな。
「宵明、さよなら。また今度」
「うん、また今度だね…神木さん」
互いに、お別れの挨拶を交わす俺と神木凪桜。
すると、神木凪桜は怪訝そうな顔をする。
「神木さん…随分、他人行儀だね」
「そうか?」
初対面の女の子なんて、苗字呼びが普通だろ。
いや、俺や凪桜の年頃の子は、名前呼びが普通なのか?
確か、母さんも女の子は名前で呼ぶものだと言っていたけど。
神木凪桜は、無表情ながらも、はっきり言う。
「私のことは……凪桜で良いよ」
女の子の方から、呼び捨てで呼んで良いと来るとは。
少しだけ戸惑った後、
「そ、そっか…じゃあ……凪桜」
「うん。よろしく、宵明」
神木凪桜……凪桜は満足げに頷く。
そんな…少し頬を動かして、笑いかける凪桜に、俺はつい…ドキッとしてしまう。
改めて見ると、凪桜はかなり整った顔立ちをしており、将来は美少女になるのが容易に想像できる。
一回目の人生で、凪桜は俺を殺したという事実から、霞んでいたけど、凪桜は結構…綺麗である。
俺と婆やと茉昼は、家に帰る春桜と凪桜、そして仕事に向かう母さんを見送る。
手を大きく振る母さん…あとは、こちらを何度か振り返りながら小さく手を振る凪桜。
俺は何度も手を振り返す。
春桜、凪桜、母さんを見送った後は、屋敷の縁側に行く。
いつもの鍛錬をするために、準備体操を始める。
「さて…俺も、今日から稽古だな」
「ぼっちゃま、稽古はほどほどに」
「分かってる」
とは言いつつも、稽古に手は抜かない。
俺には、九十九神楽を守る目的があるんだ。
そのためには、強くならねば。
午前は、いつもの通り、縁側に座りこみ、霊力鍛錬である『周天巡霊』を行う。
これを怠けてはいけない。
霊力操作は陰陽師にとって、基礎中の基礎。
霊力の操作に努力したか、そうで無いかで、陰陽師の強さは決まると言っても過言では無い。
お昼時になって、本日の霊力鍛錬を終わりにする。
霊力をずっと回し続けたので、疲労も溜まるし、腹も空く。
俺は婆やが作ってくれたお握りを食べて、空腹を満たす。
午後からは、体力作りと霊力による肉体強化の鍛錬となる。
「禍丸、今日もよろしく」
『ああ、任せろ』
俺は禍丸と共に、九十九神楽本邸の周りをひたすら走る。
九十九神楽本邸は、東京都内では、比肩するものが少ないほど広大な敷地面積を持つ。
一周するだけでも、かなりの距離を走る。
「はぁ!はぁ!はぁ!」
『頑張れ。あと、一周だ』
これは、純粋な体力作りだ。
体力は幼いうちに鍛えておくに越したことはない。
目標の数で、屋敷周りを走った後は、禍丸との鬼ごっこだ。
屋敷の庭を目一杯使って、俺は肉体強化を使い、逃げる禍丸を捕まえるのだ。
「待て!」
『惜しいな』
全力で捕まえようとするも、禍丸の体には、触らない。
結局は今日も触らなかった。
でも、初めて、この鬼ごっこをやった時よりも確実に、追いかけることが出来る時間が増え、触れそうな瞬間が多くなっていた。
体力と肉体強化が、向上している証拠だ。
午後の稽古は夕方前に終わる。
今日も中々疲れた。
俺が汗を拭きながら、水を飲んでいると、
(宵明様は稽古熱心ですね!流石は、我がご主人様!)
俺が庭で稽古をしている様子を遠目で見ていた忠吉が、感心したように念話を送る。
忠吉は、俺の今日一日の稽古をずっと見ていた。
俺からしたら、これは一日のルーティンの一つだ。
辛くて、疲れるのは確かだが、この毎日の積み重ねが、九十九神楽家崩壊を止める切っ掛けになると考えれば、活力が沸いてくる。
いつもの鍛錬を終えた俺は、大きく伸びをして、考え込む。
さて…そろそろだな。
「そろそろ…”先生”を探さないと」
そろそろ、次のステップに進んで良いと思う。
二回目の人生を歩んでから、基礎的な霊力操作や、体力作りに肉体強化の稽古を欠かさずしてきた。
基礎力は、かなり向上したと思う。
この身に付けた霊力操作と肉体強化を、さらに磨きたい。
では、具体的に何をするのか。
それは…本格的に、俺に稽古を叩きこんでくれる先生を探すことだ。
それに昨日、5歳になった。
5歳になったことで、俺は法律的にも陰陽師の必須スキルである霊術の使用が行える。
なので、霊術の稽古も、これからやっていこうと考えている。
霊術は繊細な術の行使が必要だ。
だからこそ、霊術に長けた霊法使いに、教えを受けるのが一番良いのだ。
つまり、肉体面の強化で稽古をつけてくれる先生、霊術を教えてくれる先生。
2人の先生が必要だ。
問題は、”俺に合った”先生を見つけることだが。
その日の夜。
昨日のように、大広間で夕食を取った後、俺は爺ちゃんに早速言う。
「爺ちゃん、俺…霊力や霊術の稽古を付けてくれる先生が欲しんだけど」
「うん?霊力や霊術の稽古を付けてくれる先生………ああ、なるほど。宵明は昨日5歳になったな。ならば、霊術が使えるな」
「そう、だから先生が必要なんだ」
爺ちゃんは、感心したように頷く。
「ほぅ…もう、教えを請いたいと。向上心があるのは良いことじゃ。うむ、分かった。では、儂が霊法使いの教師を手配しよう」
先生は自分が用意しようと言い出した爺ちゃんに、俺は待ったを掛ける。
「いや、俺…自分で先生を見つけたいんだ」
「何?」
爺ちゃんは怪訝な顔をする。
「俺、自分に合った先生を見つけたくて」
「自分に合った?」
「うん、"九十九神楽の者"じゃなくて、俺個人に教えてくれる先生」
「九十九神楽の者ではなく、宵明個人に………ああ、なるほど」
少し首を捻った後、爺ちゃんは俺が言いたいことに、理解を示す。
九十九神楽の者にではなく、俺に教えを与える先生。
それは、言い換えれば、俺が九十九神楽の者だと知らない先生である。
俺を一塊の教え子として教えてくれる先生。
俺は、そういう先生が欲しいのだ。
一回目の人生では、今よりも大きくなってからか…九十九神楽家から依頼を受けて、何人かの熟練の霊法使いが、俺に霊術などを教えていた。
俺も、御三家の一員として、教師から霊術などを学んでいた。
それによって、俺は一定の陰陽師の力量は身につけられた。
でも、今考えてみれば…それでは駄目だ。
駄目”だった”のだ。
言っては何だが、俺を九十九神楽の者として知っていながら教える霊法使いは、御三家というネームバリューと高い依頼料金で、忖度してしまう人達だった。
俺が失敗したり、余り教えられたことが出来なくても、教師は俺を叱ることはせず、おだてるばかリ。
それによって、俺は一定の努力と力量で、満足してしまい、もっと上を目指したいという欲求が沸いてこなかった。
九十九神楽を守るため、家族を守るためには、俺に忖度するような人が先生では、本当に強くなれない。
だから、教えてくれる先生は、俺を厳しく鍛えてくれる人一択だ。
そのために、九十九神楽ということを隠して、自ら先生を探すほかない。
その夜、屋敷の3階にある書庫で、俺は爺ちゃんの指示で屋敷の人が用意してくれたパソコンから、先生となる人物を探そうとする。
スーツを着た男の人がパソコンの画面を整える。
「宵明様、ここから現在、協会に登録している霊法使いの名前や階級、主な活動拠点、活動実績なとが見れます。流石に、個人の住所や出自などは載っていません。ここで、条件などを絞って、探すのが良いでしょう」
「うん、分かった。ありがとう」
「何かご不明な点があれば、何なりとお呼びください」
そう言って、スーツの人は下がっていく。
うん、仕事ができる人だ。
俺はマウスを動かして、パソコンを操作する。
検索条件を、活動拠点は東京と入力。
すると、霊法使いの名前が続々と載せられる。
とてもでは無いが、数えきれない。
それは、そうか。東京は霊法使いが最も多い都市の一つ。
末端の霊法使いだけでも、結構な数である。
それにしても、このパソコンは使いづらい。
型が古いというのもあるが、スマホが便利すぎるのだ。
一回目の人生で、俺がもっと大きくなった頃には、スマホが一般人に広く普及して、調べ物なんて簡単に出来る。
今は、パソコンぐらいしか調べられるものがない。
無作為に名前を見ては、画面をスライドさせる。
ただ探しているだけでは、朝になってしまう。
条件をもっと絞らないと。
検索条件を追加。
上級の霊法使い。
でも、先生にしたいので、活動頻度は少なくていい。
協会で主に働いていたり、大手事務所に所属する人は除外だ。
あそこら辺の人は、俺が九十九神楽の者だと知っていたり、知ってしまう可能性がある。
だから、小規模な民間の事務社か、個人事業者だな。
う〜ん…だけど、盛りすぎ?
実力があるのに、活動が小規模な人なんて都合良すぎなんだよな。
そう思っていたら、
「………ん?これは……」
俺は乗っている霊法使いの名前を見て、画面をスライドするのを止める。
俺が視線を釘付けにさた名前には、見覚えがあったのだ。
見覚えがあるのは、二回目ではなく、一回目の人生で。
「へぇ…あの人、東京に住んでたんだ」
パソコンの画面の中央には、こう書かれている。
28歳、男。
東京在住。
鈴木潤一平。
三級霊衛。
俺は決めた。
1人目の先生は、この人だと。




