36真っ暗が怖い
いきなり、神木凪桜に叩き起こされて、俺は軽く悲鳴を上げる。
だって、俺を殺すかもしれない人の顔が、起きたら目の前にあったんだもん。
俺は悲鳴を上げた後は、暫し固まる。
「「………」」
お互い黙りこくる時間が数秒続いた後、俺は何とか冷静になり、部屋の壁にあるスイッチを押して、一旦部屋の明かりを付ける。
俺は問いかける。
「ど、ど、どうした?!」
問われた神木凪桜は、気まずそうに顔を少し俯く。
少し言い辛そうにして、
「その………トイレに行きたいの」
それは、なんて事のない言葉だった。
「ト、トイレ?あ…ああ、トイレなら、この部屋を出て、右行って、まっすぐ行ったところを左に行って、右側にある」
俺は一番近いトイレの場所を教える。
この屋敷は大きく広い。
初見の神木凪桜では、トイレの場所は分かりづらいだろう。
でも、何故か神木凪桜は一向に、トイレに行こうとしない。
どうしたのかと見ていると、
「……宵明…あの…途中まで………付いて来て欲しい」
「はぁ?」
目を見開く俺だが、一方の神木凪桜は至って真面目の顔で、
「真っ暗…怖くて」
本当に女の子らしい発言だった。
トイレに行くには、真っ暗な廊下を歩かないといけない。
俺とか、屋敷の人は場所をしっかり把握しているので、普通に行けるが。
そうか…一人で寝るのが怖い彼女にとっては、暗い廊下を歩いて、トイレの場所まで行くにも、勇気がいるはずだ。
2人一緒に、廊下を進む俺と神木凪桜。
「まさか、暗闇が怖いなんてね」
「宵明は…怖くないの?」
「う〜ん…あんまり」
神木凪桜の疑問に、俺は頭を捻る。
確かに、人として暗闇は普通に怖いと思うけど、そこまででは無い。
一回目の人生で、死と言うものを体験した身からは、暗闇程度、可愛い物だ。
「でも、まさか…神木さんにも、怖いものがあるなんて」
「……怖いものぐらいある。私を何だと思ってるの?」
「……………殺人鬼」
「…?何て言った?」
「ごめん、何でもない」
それにしても、
「あ、あの…神木さん。歩きにくいんだけど」
神木凪桜は、俺の服を掴み、密着した状態なので、歩きにくい。
彼女の体温が伝わってくる。
指摘しても、神木凪桜は俺から離れなかった。
『チュウ』
因みに、忠吉も俺たちに付いてきている。
と言っても、俺の頭の上に乗っているだけだが。
神木凪桜が、俺の頭の上の忠吉を見る。
「その鼠って…宵明の?」
「俺の術式の式神だな」
「鼠を出す術式って、変わってるね」
「そうだな」
まぁ…正確には、俺の術式は、鼠を出すだけのものではない。
暗くて、静まり返った廊下をゆっくり歩くたびに、ギィ…ギィ…と音が鳴る。
耳を澄ませば、古時計のコツ…コツ…という音も聞こえてくる。
直後、ゴーン!ゴーン!ゴーン!
大きな音が鳴る。
「っ?!」
俺にくっ付いていた神木凪桜は、身体をビクッとさせ、俺の肩を後ろからギュッと握ってきた。
「これは、0時に鳴る時計の音」
俺は、補足する。
うちの屋敷の古時計は、夜中に喧しい音を鳴らせるんだよな。
俺は神木凪桜をトイレの場所まで、何とか連れて行く。
俺の部屋から短い距離のはずのなのに、無駄に時間が掛かった気がする。
後は大丈夫だろうと思って、部屋に帰ろうとする俺の腕を、神木凪桜が掴んで止める。
「外で待ってて」
俺を睨みつけるように言ってきたので、俺は頷くしかなかった。
俺は神木凪桜がトイレから出てくるまで、扉の外で待っていた。
シーンと静まり返った廊下。
廊下の数メートル先は、真っ暗である。
何だか、幽霊が出そうである。
そう思っていると、神木凪桜が、早々にトイレを済ませて、扉から出てきた。
帰りも、また神木凪桜に密着された状態で戻る。
「暗闇が怖いんなら、夜だと…簡単にトイレに行けないよな?」
「夜は…いつも、お爺ちゃんが付いて行ってくれる」
「なるほど」
神木凪桜と、くっ付かれながら、元来た廊下を進む。
しかし、問題はここから。
俺と神木凪桜が、廊下を曲がると、
「………」
俺は一瞬黙りこくる。
廊下を曲がった先には、何かがいた。
それは、小さな人形。
おかっぱ頭の白い和服を着た人形であり、目は大きく、品のある顔の造形。
そして、その人形からは生気を感じる。
人形からの言い表せぬ視線を感じるのだ。
行き時には、この人形は確実に無かった。
つまり、俺と神木凪桜が進んだ後に、人形が勝手に廊下に現れたことになる。
「ひい?!」
人形を見た神木凪桜は、俺の後ろで軽く悲鳴を出す。
普段の冷静な彼女からは想像できない女の子らしい悲鳴である。
「ゆ、ゆ、幽霊?!」
パニックになる彼女。
どうやら、暗闇と同じく幽霊も無理らしい。
人形を幽霊だと思った神木凪桜は、目尻に涙を浮かべて、後ろから俺に、しがみつきながら、小刻みに震える。
俺は努めて優しげに言う。
「大丈夫だよ。この人…この妖怪は、紬さん。我が屋敷の座敷童子」
座敷童子とは、一説には子供の精霊と言われ、古い家や屋敷に住んで、住んでいるものに幸運をもたらすと言われている。
我が屋敷には、1人の座敷童子が住んでおり、いろんな人が親しみを込めて、紬さんと読んでいるのだ。
いつから、紬さんが屋敷に住み着いているのか、誰も知らない。
久しぶりに見た。
紬さんって、本当に神出鬼没だからな。
屋敷の至る所に現れるから、屋敷に住んでる俺も、年に数回しか会わない。
「ゆ、幽霊じゃ……ないの?」
「幽霊違うって、座敷童子」
俺は神木凪桜を安心させるために、紬さんに近づき、
「ほら、柔らかい」
俺は紬さんのほっぺを突っつく。
プニプニして、触り心地が良い。
俺は紬さんの髪の毛に触ろうとする。
すると、
「これ、宵明。女の髪を勝手に触るものでは無い」
いきなり喋り出す。
「喋った!」
ビックリした反応をする神木凪桜。
物珍しそうな顔で、彼女は紬さんを見る。
紬さんは、小さな顔を動かし、俺………ではなく、神木凪桜を見る。
「昼頃に、屋敷に"妙な気配"の持ち主が来たと思ったら、お主か」
「え?私?」
首を傾げる神木凪桜。
昼頃に来たと言えば、神木家のことだ。
だけど、妙な気配とは?
まさか、神木凪桜のこと?
紬さんの目と、神木凪桜の青い目が交差する。
「お主…もしや………人間では………」
何かを言いかけた紬さんだが、
「いや、流石に気のせいか」
そこで、言葉を止める。
そして、次に俺の頭の上にいる忠吉を見る。
『チュウ!』
挨拶のつもりなのか、忠吉はお辞儀をする。
だけど、忠吉を見た紬さんは、大きな目を、さらに大きくさせる。
「その鼠……」
初めて見た。
紬さんが、驚くのを。
「その鼠…その術式は…」
紬さんは鼠姿の忠吉を見て、一発で俺の術式によるものだと断定した。
明らかに紬さんは、俺の術式について何か知っている様子だった。
「"あやつ"が死んで暫く経つが、そろそろ誰かの番が来ると思ったが。宵明…お前が、まさか…次の……」
あやつ?
誰かの番?
次の?
一体何のことだ?
俺は眉根を寄せながら、紬さんの言葉を待っていたら、
「あら?宵明に…貴方はお客人の…凪桜さん」
そこで、誰かが現れる。
水色の髪に、水紋のある白い着物。
文世義母さんである。
文世義母さんは病弱な真兄のために、毎日夜遅くまで起きているのだ。
0時まで、お疲れ様です。
「どうしたの、こんな夜中に。さっき…廊下から小さな悲鳴が聞こえたのだけど」
悲鳴というのは、紬さんを見て驚いた神木凪桜の悲鳴だな。
「ああ…うん、神木さんをトイレまで連れていって。紬さんを見て、神木さんが驚いただけだよ」
「紬さん?ああ…座敷童子の紬さんね」
文世義母さんは足元にいる紬さんに、きっちりと一礼をする。
「宵明、凪桜さん…夜も遅いから、もう寝なさい」
「はーい」
「はい」
俺と凪桜が返事をすると、文世義母さんは俺たちを通り過ぎて、行ってしまう。
文世義母さんが行ったのを確認して、俺は紬さんに向き直る。
「それで、紬さん…さっきなんて言おうとしてたの?」
「………」
「ん?あれ、ちょっと?」
「………」
「おーい」
紬さんはピクリとも動かず、何も話さなかった。
ただの物言わぬ人形となったようだ。
嘘?!あれで終わり!
あんな思わせぶりなこと言っておいて!
紬さんは、それ以降喋らなかった。
そう言えば、こういうの前にあったな。
俺が二回目の人生を歩み始めた3歳の頃、紬さんが俺に…、
『悪き気配では無い。だが、同時に良き気配でも無い。今後、宵明…お主には………』
何かを言おうとして、巴母さんが乱入した事で、その後が聞けなかったのだ。
結局、あの後…紬さんに出会う機会は、何度か会ったけど、あの時の言葉の続きを聞いても、
『ああ、あれか…すまん、忘れた。気にするな』
そう言ったのだ。
ちょっと無責任過ぎない?
特に、次の…と言うのが、気になる。
紬さんは、俺の術式に何を知っているのか。
その後、俺は紬さんから何かを聞き出すのは諦めて、神木凪桜と共に、部屋に戻った。
そして、2人揃って、ぐっすり寝るのだった。




