33神木家②
母から神木凪桜への、恋人さん?…と言う発言で、俺はお茶を吹き出し、むせる。
「恋人じゃない」
そんな母の質問に、即答する神木凪桜。
それは、そうだ。
二回目の人生では、俺と彼女は昨日会ったばかりだ。
そもそも一回目の人生でも、俺と神木凪桜が初体面したのは、18歳の誕生日に殺される当日だった。
「そうなの?じゃあ、お友達かしら?」
「友達じゃない」
「え、えっと…そ、そうなんだ」
友達ではないという、これまた即答回答に、流石の母さんも戸惑ってしまう。
「母さん、神木さん………凪桜さんとは、昨日初めて会っただけだから」
「昨日?もしかして、霊魂祭?」
「うん。霊魂祭で、迷子になっちゃって。そこで、神木春桜さんに助けて貰ったんだ」
「そうなの!」
母さんは、健やかな笑みで、春桜の方を向き、礼儀正しく頭を下げる。
「私の息子のショウちゃんを助けて頂き、ありがとうございます」
「いえいえ…そこまで、感謝されることはしていません」
一方、茉昼と福丸は、
「しろいかみ!だぁれ?」
『綺麗な青い目』
茉昼と福丸は、初めて会う神木凪桜に首を傾げる。
それでも、茉昼は神木凪桜の頭の上に生えている数本の白い髪に、福丸は神木凪桜の蒼い目に興味津々である。
茉昼は、能天気に神木凪桜に近づき、いきなり抱き着く。
「こ、こら!茉昼!」
「いいにおい!」
若干頬を引きつらせる俺を無視して、茉昼は神木凪桜に抱き着いたまま、匂いを嗅ぐ。
まるで、主人にじゃれつく犬である。
「………」
そんな無邪気な茉昼に、神木凪桜は目を細め、茉昼を見る。
でも、嫌がる素振りはせず、抱き着かれたままにしていた。
「ねぇねえ!あそぼ!あそぼ!」
何を考えているのか、茉昼が神木凪桜の手を引っ張って、庭に連れて行こうとする。
何と言う、我が妹の能天気さ。
というか茉昼、靴下で庭に行こうとするな。
「俺の妹が、すみません」
俺は春桜に謝る。
けど、春桜は凪桜と茉昼を微笑ましく見て、小さく笑う。
「ほっほっほ、気にせんで良い。ナギ…折角だ。その子と遊んであげなさい」
「凪桜ちゃん…マルちゃんと遊んであげて」
春桜と巴母さんが、茉昼と遊んで欲しいと神木凪桜に頼む。
「分かった」
神木凪桜は抑揚のない声で了承する。
そして、茉昼の手を優しく握り返す。
俺は頭を掻く。
「茉昼…一先ず、靴を履いて、庭で遊ぼうな。俺、2人の靴取ってくる」
俺は屋敷の玄関で、神木凪桜、茉昼の靴を取って、大広間の縁側に戻る。
靴を履いた茉昼と神木凪桜。
「こっち!こっち!」
神木凪桜は、茉昼に手を引っ張られるまま、庭の真ん中に行く。
初めて会うはずなのに、茉昼は妙に神木凪桜に懐いている。
これから、何か特別な遊びをすることは無く、単に茉昼が神木凪桜の手を握って、庭を駆け回っているだけだ。
人懐っこい茉昼だが、初対面の人相手に、あんなに懐くのは珍しい。
俺は、茉昼と神木凪桜の様子を縁側で座って見ていると、
(あの…宵明様)
いつの間にか、俺のそばで日向ぼっこしながらうたた寝をかいている福丸。
その背中に乗った忠吉が、念話で話しかけていた。
俺も念話で返す。
(どうした、忠吉?)
(あの方は…何者なのですか?)
忠吉が訝しげな顔を(鼠の姿なので、よく分からないことが)神木凪桜に向けていた。
(ん?何者って?普通の人だろ)
忠吉の問いに、首を傾げる。
確かに、神木凪桜は一回目の人生で、神出鬼没の殺人鬼になっていたので、普通の人では無いと思うが。
彼女は、まだ5歳だ。
(はい…見た目は普通の人です。………………ですが、私には…その………何と言いますでしょうか…彼女が人の姿をした何かに見えるんです)
(何か………何かって、何だ?)
(申し訳ございません。私にも、具体的な事が表現しづらく)
忠吉にしては、随分曖昧な回答だな。
この時の俺は、忠吉の言葉に余り不信に思わず、ただ神木凪桜を眺めているだけだった。
冷静に考えて、将来俺を殺すだろう神木凪桜を屋敷に招くのはリスクが大きい。
でも、俺は春桜と共に招き入れた。
その理由は、もしかしたら、心の何処かで、【神木凪桜は、実は悪い人ではないのかもしれない】…そう思っていたのだろう。
神木凪桜が一回目の人生で、冷徹な殺人鬼になったのは、何かこの先…神木凪桜に人生に歪みが生じて、ああなった。
本来は悪い人でない神木凪桜が、殺人鬼にならざる負えない状況が起こってしまった。
なので、彼女を遠ざけるのでなく、もっと近づければ、その状況を回避できるのでは?
そんな淡い期待を抱いていたのかもしれない。
だけど…今にして思えば、忠吉の「人の姿をした何か」という言葉を、もっとよく考えてみるべきだったかもしれない。
彼女の出自…血筋…力が、俺だけでなく、今後の九十九神楽の命運を多く左右することになるなんて、俺は思いもしなかった。
神木凪桜と茉昼…そして、いつの間にか巴母さんも混ざって、庭でワチャワチャと遊んでいた。
庭を使って、追いかけっこをしたり、茉昼と母さんが神木凪桜相手に、妖怪のモノマネをしたり。
楽しそうである。
俺はお茶を飲んで、茶菓子を食べながら、忠吉と、その光景を遠巻きに眺めるだけ。
福丸は、まだグゥグゥ…と寝ている。
婆やと春桜は、会話の全てを聞き取れてはいないが、昔話に花を咲かせていた。
みるみる内に時間が経ち、気がつけば、太陽が地平線から隠れるところだった。
既に太陽が沈む反対の空から、一番星が輝いていた。
「おや?もう、こんな時間か」
「あら、そのようですね。みんなも、御夕飯の支度をしてますね」
暗くなった空を見て、春桜がハッとする。
婆やは大広間で何人かの使用人が、夕飯の支度をしているのを見て、もうこんな時間かと呟く。
我が屋敷では、基本的に、夕飯は大広間で取る。
屋敷の大広間は、外からの客を招く場でもあるが、俺たちにとっては、夜に皆でご飯を食べる食事場でもあるのだ。
昼間の誕生日会で出されたような豪華な食事は毎回出ないが、いつも健康を意識した献立となっている。
「つい長話に浸ってしまった。常さん…お茶とお茶菓子、ご馳走になった。そろそろ、ワシらは帰るとしよう。ナギ、帰るぞ」
「………うん」
素直に返事をする神木凪桜だが、若干返事に間があった。
何だか名残惜しい雰囲気を感じる。
「宵明、皆様…お招き感謝する」
春桜は皆んなに頭を下げて、屋敷から出て行こうとする。
でも、そこで、
「お客人か?」
静かながら、明確な覇気を持った声が掛けられる。
この声の主は、大広間から、
「御当主様!」
婆やが声の主を見て、慌てて頭を下げる。
母さんは軽く会釈をする。
大広間には、いつの間にか…祖父の巌が来ていた。
夕飯を取るために、また大広間に来たのだろう。
爺ちゃんは、神木春桜と凪桜を交互に見る。
「使用人から、神木と名乗る者が来たと聞いたのだが、こちらの2人が?」
尋ねられた春桜は縁側から立ち上がり、姿勢を正し、礼をする。
綺麗な礼だ。
「神木春桜と申します。庭にいるのは、私の孫娘の凪桜です」
「神木春桜?」
爺ちゃんは神木春桜と言う名前を聞いて、少し眉根を寄せる。
そこに、婆やは恐る恐る説枚する。
「御当主様、春桜さんは私の友人です。今日は、昨日…ぼっちゃまの宵明様が、霊魂祭で迷子になったのを助けて頂いたお礼として、屋敷にお招きしました。………ご迷惑でしたか?」
迷惑かと聞かれたことに対し、巌は憤りを表すことなく、手を婆やに向ける。
「構わん。我が九十九神楽の子が世話になったのなら、招いて、もてなすのは礼儀。………しかし、神木春桜か」
爺ちゃんは、春桜に真剣な顔を向ける。
「もしや……貴公は、あの神木春桜ですかな?」
あの…と言うのは、どういう事だろう?
爺ちゃんは何か確信を持っていた。
もしかして、爺ちゃんは神木春桜の詳しい素性を知っているのか?
春桜は一瞬だけ真顔になる。
「ふむ…”あの”というのが、どれを指すかは知りませんが、私は”学者”の神木春桜です。それ以上でも、それ以下でもありません」
「なるほど、学者の神木春桜殿でしたか」
爺ちゃんは何度か頷く。
「はい。学者の神木春桜です。専門として、『妖異学』という学問を学んでいました」
「ほぉ…『妖異学』」
『妖異学』。
確か、妖怪の生態や歴史、神話を研究する学問だったはず。
日本では、比較的ポピュラーな学問だ。
それにしても…神木春桜は、学者なのか。
見た目的に、何かしらの学問を学んでそうだけど。
ここで、会話は終わりかと思いきや、
「時に、春桜殿…夕食はこちらで食べますかな?」
「え?夕食ですか?」
春桜は目を開閉させる。
爺ちゃんは良いことを思いついた顔をしていた。
「折角、こちらに来られたのだ。夕食をご馳走になるのどうだろうか。私も貴公といろいろ話をしてみたい」
「流石に、夕食もご馳走になるのは……」
渋る春桜に、爺ちゃんは普段見せない穏やかな笑みを浮かべる。
「私も、貴公の学問について、詳しく聞きたい。私も興味があったな。酒でも交わしながら、学問について、花を咲かせたいんのだが」
爺ちゃんのハッキリした物言いに、春桜はキッパリ断り切ることが出来なかった。
ああ…爺ちゃんは、そういうのが好きだっけ。
爺ちゃんの自室には、古書がたくさんある。
古い文献を読むのが、爺ちゃんの趣味なのだ。
爺ちゃんがもし、九十九神楽家に生まれていなければ、春桜と同じ学者になっただろうと思うほど。
「そうですか…では、お言葉に甘えて。ナギ、ここで夕食を食べることになった。粗相の無いように」
爺ちゃんの強い押しに、春桜が折れる。
どうやら、神木家との関わりは、まだまだ続きそう。




