31契約
5歳の誕生日会が終わり、食事会のあった大広間から、俺、婆や、巴母さん、茉昼、福丸は、屋敷の2階にある俺の自室に戻った。
「ショウちゃん、この子はなんて名前?」
「コイツは忠吉」
「忠吉………忠ちゃんって言うのね!可愛い!」
『チュウ!』
巴母さんが俺から受け取った鼠の忠吉を、自身の両手に乗せて、じっくりと眺める。
忠吉は鼠の姿のまま、ペコリと頭を下げる。
そんな忠吉を見て、可愛いもの大好き茉昼は、
「ねずみさん!」
『チュ、チュウ?!』
忠吉を掴み、体中を撫でたりして、揉みくちゃにする。
ぬいぐるみのように扱われる忠吉。
(こ、これが宵明様の妹様の…茉昼様ですか?げ、元気ですね!)
忠吉から精一杯の念話が届く。
『くく…忠吉も、茉昼の洗礼を受けてるね』
揉みくちゃにされる忠吉を見て、得意げに笑う福丸。
福丸は、俺の式神になると決まった翌日から、茉昼に、なでなで地獄を味わっているからな。
さて…誕生会は終わったし、これからは自由な時間だ。
いつもなら、午前に霊力鍛錬である『周天巡霊』をやり、午後には体力作りと肉体強化として、禍丸と共に、屋敷の周りを走ったりする。
だけど、今日ばかりはサボって良いだろう。
高名な陰陽師であり、激務のはずの母さんが折角、俺の誕生日のために、今日一日休みを取ったのだ。
ならば、母さんと出来るだけ長く過ごさないと意味ない。
そう思っていたら、足を軽く叩かれる。
見ると、福丸だった。
『宵明、これからやるの?』
「これから?」
何のことだろう?
俺が首を傾げていると、福丸はムッとした顔をする。
『もう忘れた?今日の内に、僕と正式な契約してくれんでしょ!朝、そう言ってた!』
「ああ!そうだった!ごめん、忘れてた」
『もう…宵明たら』
そう言えば、今朝…福丸を俺の始まりの式神として、本日中に正式な契約をすると言ったんだった。
すっかり忘れていた。
5歳になったので、霊術が使える。
なら、妖怪との本契約が行える。
「よし、善は急げだ。すぐに本契約を行うぞ!」
『やったー!』
飛び跳ねて喜ぶ福丸。
そんなに本契約が嬉しかったか。
「母さん、福丸と契約したいんだ。手伝って欲しい」
母さんに契約を手伝って欲しいと頼む。
「福ちゃんと契約ね。勿論、良いよ!」
二つ返事で、オッケーを出す母さん。
それにしても、今日…巴母さんがいて、ラッキーだったな。
なにせ、母さんは”式神術のスペシャリスト”だしな。
巴母さんは、いつも使っている小さなバッグを持ってくる。
あれは、母さんの仕事を道具を仕舞うバッグだ。
あそこに、たくさん母さんが陰陽師で使う"紙"が入っている。
「よいしょ」
母さんはバッグから折り畳まれた紙を取り出す。
それを広げ、部屋の床に置く。
なかなか大きい。
直径2メートルほどある環状の和紙である。
環状の和紙には、中心にまた筆で書かれた円があり、その円の周りに達筆な文字が入れられていた。
見たまま、何かの儀式に使うような紙である。
「これは、妖怪を式神として契約するための『契約霊環紙』。この紙の真ん中にある円の上に、ショウちゃんと福ちゃんの体の一部を乗せて、そこに2人の霊力を流し込む。後は、ショウちゃんと福ちゃんが契約の了承を唱えれば、それで契約が完了」
母さんが契約の大まかな流れを説明する。
「けいやく!けいやく!」
「福ちゃんも、ようやく…ぼっちゃまの正式な式神になるんですね」
『チュウ!』
茉昼が両腕を振って嬉しそうにして、婆やが微笑ましく俺たちを見ていた。
忠吉も、茉昼の肩に乗って、俺たちを見守っていた。
『ニャ?!体の一部?!痛いの嫌!』
母さんの説明を聞いた福丸が体の一部を紙の円の上に乗せるというところに反応する。
多分、体の一部を切り落として、乗せるという血生臭いのを想像したのだろう。
「大丈夫、大丈夫。体の一部と言っても、毛一本でも、全然行けちゃう」
『そ、それなら安心』
母さんはバッグから刺抜きを取り出して、
「それじゃ、福ちゃん。ちょっと失礼………よ!」
『フニャ!』
福丸が軽く声を出す。
母さんは、福丸の二つある尻尾のうちの一つの毛を刺抜きで抜き取ったのだ。
それに、毛を少し逆立てて反応する福丸。
母さんは取った福丸の毛一本を契約霊環紙の円の上に乗せる。
「ショウちゃんは、髪の毛ね」
母さんは俺の頭から髪の毛を一本抜き取り、それを同じように契約霊環紙の円の上に乗せる。
これで、俺と福丸の体の一部が、契約霊環紙の円上にある。
後は互いの霊力である。
「ショウちゃんは福ちゃんの毛に触りながら、逆に福ちゃんはショウちゃんの髪の毛に触りながら、円の上に手を置いて」
言われた通り、俺は福丸の毛に触れながら、円の上に手を置く。
福丸も、肉球で俺の髪の毛を押しながら、円の上に小さな手を乗せる。
「2人共、霊力を流し込んで」
「分かった」
『うん』
俺と福丸は頷き、霊力を円に流し込む。
すると、契約霊環紙全体がが淡く光り始める。
それだけで無く、
「これは……福丸の霊力」
福丸の霊力が俺に流れ込んできたのだ。
『宵明の霊力も、僕に流れ込んできてる』
それは福丸も同じだった。
「ショウちゃん、福ちゃん…こう唱えて。『私は契約を受け入れる』って」
それを聞いて、俺と福丸は、ほぼ同時に唱える。
「『私は契約を受け入れる』」
すると、バチン!
何かが弾ける音が聞こえる。
それから、一瞬だけ奇妙な浮遊感を感じる。
そして、契約霊環紙が発していた淡い光も無くなる。
傍目からは、俺と福丸には、何も変化が無いように見える。
でも、俺は何かを感じるんだ。
何と言うか、具体的には表現しにくいけど、俺と福丸が”見えない糸”で繋がったような。
巴母さんは、ニッコリと笑い、OKサインを出す。
「うん、これで契約完了!ショウちゃんと福ちゃんは、契約の糸で結ばれてるよ」
『これで、僕は正式に、宵明の始まりの式神だね!』
福丸は嬉しげに、自慢の髭をピンと張る。
契約の糸…人と妖怪が霊術による契約によって、引かれる見えない糸のような物。
基本的に、この契約の糸は、互いのどちらかが契約を破棄、もしくは死亡すると途切れる。
「今回は、契約霊環紙で出来る簡易契約だから、いろんなことが出来る訳じゃないんだけと。お互いの、どちらかに危険が迫ってると、それが分かるんだ。あとは…少しだけなら霊力を分けられるんだ」
つまり、今回の簡易契約では、以下のことが出来る。
・互いの危機的状況を把握できる。
・少しだけ霊力の譲歩が可能。
やってみれば呆気なかったが、俺と福丸は、無事に契約を果たし、福丸は俺の始まりの式神となるのだった。
「あ、あの…」
その時、俺の自室の障子の向こうから、声が掛けられる。
外に誰かいる。
「はぁい」
部屋の中にいた婆やが障子を開ける。
すると、
「あら、貴方は…」
婆やが少し目を見開く。
そこには、婆やと同じ使用人がいた。
ただ、婆やのような古参ではなく、若手である女性の使用人である。
後…もう気にしてないけど、誕生日会の場で、俺の術式を笑った使用人の1人である。
その使用人は俺を見ると、気まずそうに頭を下げる。
そして、
「お取込み中、失礼します。先程、九十九神楽本邸の正門で、宵明様を尋ねる方が、いらっしゃいまして」
「へ?俺を?」
正門で俺を尋ねる人?
正門と言う事は、九十九神楽とは違う外部の人間だ。
この二回目の人生で、俺の知り合いの人間に、外部の人はいないはず。
誰だろう?
「どなたでしょうか?お名前は?」
婆やが尋ねる。
「はい、神木と…おっしゃっていました」
それを聞いた瞬間、俺は心臓がドクっと跳ね上がる。
俺の知っている中で、神木という名前の人は、2人しかいない。
昨日の霊魂祭で出会った神木春桜。
そして、その春桜の孫娘であり、一回目の人生では、俺を殺害した少女…神木凪桜である。




