30威厳
匠兄の術式が『十二霊符』というチートな術式に対して、俺の術式は鼠を出す術式であるという宣言により、大広間は静まり返る。
婆やは満面の笑みで拍手をしてくれるが、文世義母さんや真兄は無言のまま。
澪姉、鈴姉、利久などは、何を言うのが正解か分からない顔付きだ。
そりゃあ…前当主と同じ術式の後に、鼠を召喚できる術式なのだから、肩透かしを食らうはずだ。
「まぁ………可愛らしい術式ね」
幸子義母さんは、俺と忠吉を見て、そう呟く。
可愛らしいと言っているが、顔は少し俺を嘲るような感情があった。
同じ陰陽師だけど、高名な陰陽師家出身の幸子義母さんと、一般家庭出身の巴母さんは、よく周囲から比較される。
堅物であり、血統を重要視する幸子義母さんは周囲から敬遠されがち。
一方、優秀な陰陽師であり、誰とでも仲良くできるフレンドリーな巴母さんは、多くの人から尊敬され、慕われている。
そこへ来て、自身の息子が優秀な術式を持ったことに対して、俺のは余り大したように見えない術式。
自分の息子の方が、優秀という優越感を持ってしまうのは、仕方が無いのかもしれない。
因みに、匠兄は興味深そうに、鼠の忠吉を見ていた。
『宵明…僕は鼠を出す術式も、全然凄いと思うよ』
『術式を自覚出来るのは、一握りの人間だけだ』
気を効かせるためか、福丸と禍丸が慰めてくれる。
「しょ、宵明様も術式を自覚したらしいですね」
「で、でも…ね、鼠を出す術式って。なんか…その…」
「そりゃあ…匠様の術式と比較しちゃったらねぇ」
うん、聞こえているよ。
使用人さん…ヒソヒソ話は、もう少し小さい声で言おうね。
「当主は基本、男児が継ぐもの」
「じゃあ…九十九神楽の男児で、最も”次期当主”に相応しいのは、やっぱり匠様」
「宵明様も、巴奥様の御子息だから、少し期待してたけど」
中には、俺に対して、忍び笑いする使用人が何人かいた。
使用人の中でも、特に若手の方だ。
明らかに俺を馬鹿にしている。
おい、コラ!
俺を馬鹿にするのは良いが、巴母さんを馬鹿にするのは止めろ。
「貴方たち!」
婆やが、その使用人たちを睨み、珍しく叱責する。
俺も睨もうかと思っていると、
「ショウちゃん!!」
「わぶ?!」
『チュウ?!』
いきなり、巴母さんが俺に飛びつく。
その拍子に、掌の上に乗った忠吉を落としそうになった。
抱きついた母さんは、これ以上ない笑顔だった。
「ショウちゃん、凄い!術式を自覚したの?こんなに可愛い鼠さんを出す術式なんて、凄い!」
「おにぃ、すごい!」
巴母さんは俺が術式を自覚したことを純粋に喜び、茉昼は術式自体よく分かっていないが、母さんに合わせて俺を褒める。
使用人たちの言葉など、あるで気にしていない素ぶりだ。
相変わらず、我が母と我が妹は単純で…優しい。
母さんには、俺の術式が優秀か否かなど関係ないのだ。
一回目の人生の誕生日会でも、そうやって俺を褒めてくれた。
一回目の人生の時の誕生日会は、優秀な術式持ちの匠兄が話題の主役であり、俺が脇役ということから、余り良い思い出では無かった。
けど、母さんと茉昼によって、絶望的な思い出では無かったのだ。
二回目の人生でも、変わらなかった。
ドン!
その時、膨大な霊力が立ち上がる。
それは、祖父の巌だった。
霊力の量、質、精度…どれも今の5歳の俺と比べるまでも無く、遥かに高い。
爺ちゃんは名実ともに、格式の高い陰陽師。
いきなりの霊力の高まりに、先程まで、ヒソヒソ話をしていた使用人たちは、ピタリと静まる。
みんなが爺ちゃんを見る。
爺ちゃんは息を深く吸い込み、
「術式に優劣など無い」
声質が低く、霊力を伴った爺ちゃんの言葉は、大広間にいる全員の耳に、響き渡る。
「優劣を決めるのは、術式を扱う者じゃ。どれほど強大な術式であっても、使いこなせなければ、意味がない。反対に、取るに足らぬと侮られた術式であっても、磨き方次第では大成する」
爺ちゃんは、俺の掌の上に乗った忠吉を見て、そう言う。
それを受け、文世義母さんが立ち上がり、大広間にいる使用人たちを見渡す。
その顔には、小さな怒りがあった。
「皆、言葉を慎みなさい」
普段と変わらぬ静かな口調だったが、それを聞いた使用人たちが一斉に背筋を伸ばす。
「匠の術式、宵明の術式…この2つが発言したことは、大変喜ばしい事です。ですが、ここは次当主を選ぶ場でも、術式の良し悪しを決める場でも、ありません。ましてや、御当主様の御前で、勝手に次代を語るなど、九十九神楽家に仕える者の振る舞いとは思えません」
その言葉に反論するものは誰一人いなかった。
「本日は、匠と宵明…2人の成長を祝う席です。それを心得るように」
「「「は!」」」
「「「……は」」」
大広間にいた使用人たち…古参の者たちは即座に、若手の者たちは若干の間を挟んで理解の意を示す。
その後、俺を小馬鹿にした若手の使用人たちが、俺に向かって、気まずそうに頭を下げた。
流石は、九十九神楽家の正妻。
この家の精神的支柱である。
「匠、宵明」
澄んだ声が聞こえる。
今度は真兄が、俺と匠兄…それぞれに顔を向ける。
目元の布で目が見えないはずだけど、真兄には、俺も匠兄も見えているみたいだ。
「2人とも術式の自覚、おめでとう」
真兄は健やかに笑みを浮かべる。
「匠の十二霊符は、父上と同じ術式だ。きっと簡単には使えない。宵明の術式だって、意思のある者を呼び出すなら、相手を理解しないといけない」
真兄の言葉に、一語一句反論の余地が無かった。
「どちらが優れているかなんて、今の私達には分からない。少なくとも、2人とも今日が最初の一歩なんだから」
真兄の言葉が終わって、暫く大広間に沈黙が続いた。
しかし、疎らだけど、使用人たちから拍手の音が聞こえ始める。
次第に、拍手の音は大きくなり、大広間にいる使用人全員が、大きな拍手をする。
みんな口々に、俺と匠兄を称える言葉を掛ける。
さっきまで、俺を笑う人もいたのに…………これが、九十九神楽の長男である。
俺が心から尊敬する人。
九十九神楽の威厳は、まだ失われていない。
拍手が入り乱れる中、九十九神楽の長女である澪姉が静かに立ち上がって、俺の元に来る。
「宵明、その鼠に名前はあるのか?」
「うん、忠吉って名前なんだ」
「忠吉か、良い名前だな」
澪姉は、微笑みを浮かべる。
さらには、人差し指を忠吉の頭の上に持って行き、優しくヨシヨシする。
(く、くすぐったいです)
忠吉もご満悦な様子である。
「今日は、本当に誕生日おめでとう」
「うん!澪姉も、ありがとう!」
こうして、俺と匠兄の誕生会は、一騒動あったけど、無事終わった。
誕生会が終わり、一段落が付く。
使用人たちは大広間の片付けを行う。
俺たちの方は、各自の自室に戻ろうと思った時だった。
「匠、宵明…こっちに来なさい」
爺ちゃんが俺と匠兄に手招きをする。
俺と匠兄は従って、爺ちゃんの元に聞く。
傍に来た俺たちの肩に、爺ちゃんはそれぞれ手を乗せる。
爺ちゃんはまず、俺を見る。
「宵明、さっきは取るに足らぬと侮られた術式と言ったが、言い過ぎた。お前の術式が、乏しいことなど全くない。これから磨けばいいのだ」
俺はニッコリと笑う。
「分かった、爺ちゃん」
次に、爺ちゃんは匠兄を見る。
「そして、匠よ。父親の術式を受け継いだのは、目出度いことだ。だが、その事実は、良くも悪くも、匠…お主に大きな期待が寄せられることになる」
爺ちゃんの言葉に、匠兄は決意を籠った顔で返す。
「お爺様…私はどんな期待にも、応えられるように、日々精進いたします」
「うむ…」
爺ちゃんは満足げに頷く。
「2人とも、行って良いぞ」
爺ちゃんの話が終わったので、俺と匠兄が戻ろうとする。
でも、
「そうだ…宵明」
「ん?どうしたの。爺ちゃん?」
爺ちゃんが、また俺を呼び止める。
「その…鼠を召喚する術式……その術式を会得する時、”奇妙な夢”でも見たか?」
「はえ?夢……うん、確かに、見たよ。夢って言うか、別の空間かな。十二の扉がある空間に行ったんだ」
「別の空間……十二の扉……」
別の空間や十二の扉を聞いて、爺ちゃんは固まり、何かを考え始める。
「爺ちゃん?」
「ああ、いや…何でも無い。すまない、呼び止めて」
「そう?じゃあ、行くね」
今度こそ、話は終わりかと思い、爺ちゃんから離れる。
巴母さんや茉昼と共に、自室に戻る。
しかし、その時の俺は知らなかった。
大広間に一人取り残された爺ちゃんが、
「…………鼠を召喚する術式…………十二の扉…………それは、九十九神楽の……いや、まさかな」
そう呟いていたことを。




