029匠の術式
5歳の誕生日会にて、用意された豪華な食事を、俺は味わいつつ、食べ続ける。
「うん、美味い。秋の味覚は最高だな」
食べながら、舌鼓を打つ。
長テーブルにある食事は、ほとんどが秋特有のものである。
俺と匠兄の誕生日が秋というのもあって、秋に旬がある食材が使われている。
まずは栗入りの赤飯。
栗の甘さに、赤飯のモチモチが合わさって、美味。
栗も赤飯も縁起物であり、今日の誕生日会にちょうど良い。
次に、松茸と三つ葉のすまし汁に、秋鮭の幽庵焼き。
キノコと山菜の風味を残したすまし汁は体が温まり、秋鮭は骨をしっかりと取り除いて食べやすい。
そして、銀杏と椎茸の茶碗蒸しと、秋野菜の天ぷら。
熱すぎず、柔らかい口だけの茶碗蒸しと、油の乗った天ぷらは、最高の一言。
『うまうま』
膝の上で福丸が、婆やに持って来てもらった煮干しを食べる。
こんなに絶品があっても、福丸は煮干しが良いようだ。
「兄さん、体調は大丈夫ですか?」
「大丈夫、澪。今日は結構食べることが出来てるよ。それにしても、美味しいね」
「光希…口に、ご飯粒が」
「ん、おかあさん」
上品に食べる傍ら、体の弱い真兄を心配する澪姉。
食事が美味しいと言う真兄。でも、箸は余り進んでいない。
光希の口に付いた赤飯を取る文世義母さん。
それを甘えた様子で取ってもらう光希。光希はお母さんっ子だからな。
文世一家は、細々と食事を堪能していた。
一方で、幸子一家は、
「「「………」」」
「♪」
幸子義母さん、匠兄、鈴姉、利久の4人揃って、無言で食べている。
食事中に発言は禁止と言う雰囲気だ。
幸子義母さんと匠兄と鈴姉が、無表情無言で食べる中、利久は美味しそうな顔で食べていた。
そして、現当主であり、祖父の九十九神楽巌…爺ちゃんは、
「ふむ…」
こちらの幸子一家のように、ほぼ無言で食べていた。
爺ちゃんは元々厳格な人だから、食事中に喋らないのは仕方がないとしても、もう少し美味しそうに食べても良いような。
因みに、我が巴一家と言うと、
「よいしょ、よいしょ」
「茉昼…野菜はしっかり食べような」
「うう!ぴーまん、きらい!」
「ピーマンはビタミン沢山あるから、食べような」
「でも、ぴーまん、いや!」
ピーマンの天ぷらを皿の端へ頑張って移しているのを見て、食べなさいと言う俺に、駄々をこねる茉昼。
ふぅ…茉昼もまだ子供か。
仕方ないので、俺がピーマンの天ぷらを食べた。
すると、横から、
「ショ、ショウちゃん…私の銀杏も…た、食べて~」
巴母さんが茶碗蒸しにある銀杏を俺に食べさせようとする。
母さんは銀杏が嫌いなのだ。
それにしても、自分の子供に、苦手なものを食べさせる母親って。
「……母さん、銀杏は栄養豊富だから食べようね」
「うう!銀杏、苦いから嫌い!」
茉昼のように駄々をこねる巴母さん。
うん、巴母さんは茉昼の母親で、茉昼は巴母さんの娘だな。
仕方が無いので、その銀杏も食べることにした。
5歳の体には、栄養が必要だ。
この通り、巴一家はいつも通りだ。
一通り、料理を食べ、残すのはデザートのみ。
デザートは、これまた秋の味覚である柿と葡萄の盛り合わせである。
柿はシャキシャキと音を立てるほどの歯応えがある。
葡萄は酸っぱ過ぎず、程よい甘味。
こんなに美味いデザートなど、すぐに無くなる。
デザートも食べ終わり、長テーブルの上にあった食膳は使用人によって片付けられる。
誕生日会は、もうすぐお開きになるだろう。
「ぼっちゃま、あの事は話さなくて良いのですか?」
婆やが俺に元にやって来て、俺の茶碗のお茶を足すが、その際に俺に呟く。
「え?あの事?」
「術式のことです」
婆やが声を潜めて言う。
ああ、術式か。
誕生日会が始まる前に、禍丸に俺の術式で契約した式神の忠吉を見せようとして、爺ちゃんが来たから出来なかったんだ。
改めて、俺が5歳になったと同時に術式を手に入れたことは、九十九神楽家にとって、とても重要なことである。
今、この場で伝えるのが必須。
そう思って、当主である爺ちゃんに術式のことを伝えるため、立ち上がろうとした瞬間、
「恐れながら、御当主様。お伝えしたことがございます」
幸子義母さんが、突然爺ちゃんに向かって言い出す。
いつもは神経質そうな顔も、今は真剣身のある表情をしていた。
まるで、これから重大なことを話すみたいな雰囲気。
幸子義母さんが、これからは話すことは………知っている。
一回目の人生を経験している俺は、誕生日会がお開きになる、このタイミングで、幸子義母さんが何を言うのか知っているのだ。
「どうした、幸子」
爺ちゃんも、幸子義母さんの真剣な雰囲気を感じ取り、持っていた湯呑みをテーブルに置き、幸子に顔を向く。
「我が息子である匠のことですが」
「匠がどうした」
「本日…5歳の誕生日に、匠が術式を自覚しました」
「……何じゃと」
爺ちゃんは、小さく驚く。
それは本当のことかと問い正すように、幸子義母さんを半目になってみる。
匠兄が5歳の誕生日で、術式を自覚する。
幸子義母さんの言葉は、爺ちゃんだけなく、大広間にいた俺を除く多くの者を驚かせる。
術式の自覚には、個人差がある。
自覚が早い人や遅い人もいる。
それでも、術式は5歳以降にならないと自覚しない。
つまり、匠兄は俺と同じ5歳の誕生日という最短で術式を自覚したのだ。
俺が言うのも、なんだが中々無いことだ。
みんな本当なのかどうか訝し気な表情になる。
「凄い!匠君、おめでとう!」
素直な我が母は、ストレートに匠兄を褒める。
匠兄も、巴母さんの賞賛を受け、小さく頷く。
爺ちゃんは幸子義母さんから匠兄に顔を向ける。
「匠よ、術式を自覚したのは真か?」
爺ちゃんの目は、嘘ならば承知しないと言っているかのような鋭い目つきである。
そんな目つきに物怖じせず、匠兄は爺ちゃんをしっかり見て、頷く。
「真です。昨晩、僕……いえ、私は術式を自覚しました」
匠兄が目を閉じて、両手を上に持っていく。
術式の自覚が本当であると証明するために、これから術式を発動するみたいだ。
俺は知っている。
この後、匠兄が術式を自覚した時以上の驚きが大広間に広がることを。
「は!」
匠兄が気合いを入れた刹那、匠兄の頭上に現れたのは、一枚のお札。
大人の掌サイズの長方形の和紙に、何やら続け字で書かれたお札を宙を舞っている。
しかし、そのお札から多くの霊力を感じられることから、ただのお札でないと分かる。
あれは、”霊符”である。
霊力や霊術の効力を上げる陰陽師のための武器。
あれを使うと、霊術が使いやすくなり、単純に威力や精度が向上するのだ。
分かりやすく言えば、魔法使いの杖のようなものだ。
陰陽師にとっては、ほぼ必須級のアイテムだ。
そんなものが、いきなり匠兄の頭上に現れた。
すなわち、匠兄の術式は、霊符を生み出し、それを扱うための術式なのだ。
しかし、本当に驚くべきことは、そこではない。
「そ、それは…その霊符…その術式」
霊符を見て、爺ちゃんが珍しく困惑した顔をする。
「まさか、あれは…」
けれど、爺ちゃんだけでなく、文世義母さんも酷く困惑していた。
さらに、婆やを含めた古参の使用人も口に手を当てて驚いている。
それもそのはず。
あの霊符を出す術式は、
「誠の術式か」
爺ちゃんが、そう呟く。
そうなのだ。
匠兄が自覚した術式とは、俺の父であり、前当主であった九十九神楽誠と同じ術式なのだ。
術式は、その者のオリジナルの能力。
その人と同じ術式を持った人は、基本的にいない。
でも、これには例外がある。
その術式を持った者から産まれた子が、全く同じ術式を持っている場合がある。
匠兄のように。
「ええ、前当主であった九十九神楽誠と同じ術式『十二霊符』を、匠は授かりました」
幸子義母さんは、少し自慢げに匠兄の術式名を言う。
まぁ…誇らしいよね。
自分の息子が、優秀な術式を会得したんだから。
一回目の人生で、俺は匠兄の術式が父親と同じ術式であり、その術式が汎用性の上では、滅茶苦茶強いことを、良く知ってる。
『十二霊符』…その名の通り、12個の霊符を生み出し、操作する術式。
簡単言えば、陰陽師の十八番である霊術を強化・補助するアイテムが、すでに12個も備わっているということだ。
マジで、チートである。
父の誠は、優秀な陰陽師と聞いているが、それは霊術だけでなく、術式も優秀だったのだ。
「じゅつしき?」
「おかあさん、じゅつしきって?」
因みに、茉昼や光希は、まだ幼いから術式をよく理解していない模様。
匠兄の術式の自覚。
大広間は完全に、匠兄の話題で持ちきりだ。
「まさか、匠様がね」
「前当主と同じ術式なんて」
「もしかして、匠様が九十九神楽家を立て直してくれるのかしら」
使用人たちは小さくない声で、匠兄が将来の有望株なのでは、といった話をする。
彼らの視線には、匠兄に対する大きな期待があった。
この騒ぎは中々、収まりそうも無い。
よし、ここは一つ…俺が。
俺は静かに立ち上がる。
「ショウちゃん?」
「おにぃ?」
傍にいる巴母さんと茉昼が、突然立ち上がる俺を見て、首を傾げる。
コホン。
俺は軽く咳ばらいをして、
「爺ちゃん、俺も報告したいことがあるんだ」
胸を張って、爺ちゃんに言う。
「む?なんじゃ、宵明?」
「俺も術式を自覚したんだ」
「何?!」
俺の術式宣言に、爺ちゃんは眉根を潜める。
爺ちゃん以外のみんなも、一斉に俺を見る。
まさか、俺も最短で術式を自覚したとは思わないだろう。
「え?ショウちゃん、本当?ショウちゃんも術式、自覚したの?」
巴母さんは期待を籠った視線で俺を見る。
その視線を受け、俺は巴母さんに微笑みつつ、ズボンのポケットを見る。
ポケットの中にいる忠吉に、念話で語り掛ける。
(忠吉、出番だ。準備は良いか?)
(はい、宵明様!いつでも!)
忠吉は、やる気満々だった。
俺は意を決して、ポケットから鼠の忠吉を取り出す。
みんなが俺のポケットから出てきた鼠を見て、目を見開く。
『チュウ!』
俺の掌の上に乗った忠吉が、元気よく声を出す。
力こぶを作るような決めポーズだ。
「ねずみさん!」
妹の茉昼は、目を輝かせて、忠吉を見る。
でも、肝心の爺ちゃんは無言で忠吉を見る。
「その…鼠がどうした?」
「はい、これが俺の術式です!」
「それが宵明の術式?」
「鼠を召喚する術式です!」
「……………な、なるほど」
自信満々に言う俺に対して、困った顔の爺ちゃんは何とか頷く。
どう返して良いか、分からない様子だ。
爺ちゃん以外のみんなも、顔をキョトンとさせている。
どう反応していいか分からないのだろう。
うん、みんなの反応は予想してた…………と言うよりも、一回目の人生で体験していた。
一回目の人生では、5歳で術式を自覚した俺だったが、匠兄も術式を自覚しており、しかもそれが父と同じ優秀な術式。
完全に話題の主役は、匠兄だったのだ。
俺は脇役。
だからこそ、一回目の人生の時の俺にとって、5歳の誕生日は余り良い思い出では無かった。




