027宵明と匠の誕生日会
5歳になれば、陰陽師の十八番である霊術が解禁されるので、陰陽師の家系にとって、5歳の誕生日は特別な意味を持つ。
そのため、子供が5歳になれば、陰陽師の家系では、大々的な誕生日会を開く仕来りがある。
この5歳の誕生日会の発祥は、確か明治の頃だったか。
昔は、5歳になった子供の陰陽師としての才覚を試すイベントであったが、今は単純なお食事会になっている。
とは言え、今日は俺にとって、大きなイベント日だ。
まぁ…正確には、俺と…俺の兄にとって大きなイベントである。
「宵明様、おはようございます」
「お誕生日おめでとうございます」
「この度は、5歳のお誕生日、誠におめでとうござい………あら?そちらの方は?」
少年の姿のままの忠吉、福丸、婆やを伴って、屋敷の二階にある俺の自室から、一階の大広間に向かう。
廊下で何人かの使用人とすれ違う。
みんな口々に、俺へ誕生日を祝う言葉を掛ける。
でも、祝いの言葉を掛けた後、俺の傍にいる忠吉を見て、首を傾げる。
使用人からしたら、忠吉は見ず知らずの人間だからな。
「う~ん…使用人に怪しまれるし。よし、忠吉。一旦、鼠の姿に戻ってくれ」
『分かりました!』
ドロン。
鼠色の髪を持った少年の姿が消える。
『チュウ』
代わりに、小さな鼠が現れる。
忠吉が人の姿から動物の鼠の姿に戻ったのだ。
俺は鼠になった忠吉を持ち上げ、ズボンのポケットの中に隠す。
俺たちは、大広間まで行く。
九十九神楽本邸における大広間は一階にある。
屋敷の中で最も広い部屋であり、公式の行事や儀式の開催、客人へのお持てなしの場として使われる。
子供が走り回っても余裕のある広さ。
大広間では、多くの使用人がいた。
みんな今日の誕生日会の準備をしている。
さらに、
『ご馳走!』
福丸が大広間にある美味しそうなご馳走を見て、喜ぶ。
ご飯や味噌白、漬物、魚、肉といった和膳は勿論、色とりどりの天ぷらや大きな鍋もある。
デザートとして、いろんな果実も。
非常に美味しそうである。
昨日から、今日の誕生日会のために仕込んだ豪華な料理が大きなテーブルの上に並べられている。
今はお昼の少し前だが、既に誕生日会の準備は、概ね整っている。
「福ちゃんの煮干しは、ちゃんと用意してますからね」
『やったー!』
婆やに煮干しがあると聞き、二つの尻尾を振る福丸。
これほどのご馳走を前でも、煮干しが良いようだ。
そんな2人を見ていると、
「ショウちゃん!」
「おにぃ!」
2人の人物が寄ってくる。
「母さん、茉昼」
父の4番目の妻であり、俺の母である巴母さん。
そして、妹の茉昼である。
2人共、俺を待って、既に大広間にいた。
巴母さんは俺に抱きついて頭を撫で、茉昼は元気全開で俺の足にしがみつく。
「ショウちゃんも、もう5歳かぁ〜。今日は丸一日お休みとったから、ショウちゃんの晴れ姿を一日中見られる〜!」
「おにぃ!おたんじょうびおめでとー!」
我が母も、我が妹も、相変わらずのハイテンションで、いつも通りだ。
ある意味、安心する。
そうして大広間にいたのは、巴母さんと茉昼だけでなく、
「宵明…お誕生日、おめでとう」
「5歳は陰陽師にとって、重要な日だ。しっかりするんだぞ、宵明!」
巴母さんと茉昼に抱き着かれている俺に、祝いの言葉を掛ける文世と澪姉。
父の正妻である文世は、凛とした態度で、おめでとうと言い、長女である澪は、今日が陰陽師として大事な日だと念を押し、快活に俺の背中を叩く。
「誕生日おめでとう、宵明。宵明も、もう5歳か。弟の成長は、兄の私としても嬉しいよ」
そして、文世義母さんに支えられるようにして、真兄もいた
「ありがとう、真兄。真兄も体は大丈夫?」
「私の体を心配してくれるのかい?平気だよ、今日は気分が良いみたいだから」
真兄は小さく笑う。
九十九神楽家の長男である真は、生まれつき体が弱いため、外出もままならない。
そのため、今は文世の手を借りて、大広間に来ている。
一日の多くは布団で横になっているが、今日は俺の誕生日会に来てくれた。
「………」
俺をジッと見つめる視線があった。
それは文世義母さんの方。
それは、白銀色の髪を持った男の子。
俺より幼い男の子が、文世義母さんの背中に隠れるようにして、顔を少しだけ出して、俺を見ていた。
そんな男の子を見て、俺はニコリと笑いかける。
「っ?!」
すると、男の子はビックリしたのか、顔を完全に隠す。
そんな男の子を見て、文世義母さんは苦笑いして、男の子の頭を撫でる。
「ごめんさない、宵明。光希は、恥ずかしがり屋で」
「いえ、大丈夫です」
俺は気にしていないと言う。
光希は、父と文世の息子であり、九十九神楽の第11子。
つまり、俺の異母の弟。
光希は、とても人見知り。
そもそも、光希は実の母親である文世義母さんにしか懐かない。
大広間に、正妻の文世一家と、4番目の妻の巴一家が集まる。
そこへ、
「幸子奥様、おはようございます」
「御子息様の誕生日、おめでとうございます」
「お誕生日おめでとうございます、匠様」
使用人たちが、大広間に新しく現れた者たちに挨拶をする。
現れたのは、4人。
淡い金色の髪に、銀色の眼の男の子。
5歳の誕生日を迎えた俺と丁度同い年くらいの子…というか、同い年の子。
俺の兄である匠兄である。
そんな匠兄と一緒に居るのは、匠兄と同じ薄金色の髪を御団子状に結び、きっちりとした着物を着た女性。
白髪が結構混じっており、神経質そうな顔つきをしている。
俺の父の二番目の妻であり、匠兄の母である幸子である。
そして、幸子義母さんの後ろを…恐る恐る付いてくる女の子と男の子。
1人は灰色の髪をした女の子
もう1人は栗色の髪をした男の子。
女の子は自信なさそうな顔をしており、反対に男の子は好奇心旺盛そうな顔をしている。
2人共、父と幸子の娘と息子であり、それぞれ俺の異母の姉と弟である。
女の子の名前は、九十九神楽鈴音。
九十九神楽の第3子。
男の子の名前は、九十九神楽利久。
九十九神楽の第9子。
どうやら、幸子一家も揃ったようだ。
それにしても、先程の使用人たちの言葉で分かる通り、今日は、”俺と匠兄の”2人の誕生日なのだ。
俺と匠は、それぞれ父親は同じでも、母親が違う異母兄弟であるが、誕生日は同じ。
双子みたいなものだ。
俺が5歳になったと同じく、匠兄も5歳である。
俺は現れた匠兄に近寄り、声を掛ける。
「匠兄、誕生日おめでとう」
「宵明か。うん…そっちこそ、おめでとう」
互いに祝いの言葉を掛ける。
5歳になった俺たち子供同士が会話する中、
「幸子さん!匠君のお誕生日おめでとうございます!」
「………巴さん……………ええ、貴方の息子さんも、おめでとう」
明るく振る舞う巴母さんに対して、幸子義母さんは何か含みを持ったような複雑そうな顔で対応する。
まぁ…高名な陰陽師家系出身の幸子義母さんからしたら、一般家庭出身の巴母さんをよく思わない理由は分からなくも無い。
「やあ、鈴姉、利久」
匠兄だけでなく、俺は試しに、姉である鈴音と弟の利久に声を掛ける。
「………」
「…あ…えっと」
鈴姉は俺に声を掛けられたことで、一瞬目を見開いて戸惑った表情を見せるが、すぐに眉根を寄せて、何も返事をすることは無かった。
利久の方は驚きつつも、軽く頷き、チラチラと俺を見るだけだった。
『宵明、匠…誕生日おめでとう』
俺と匠はいるところに、我が屋敷の番犬である禍丸がやって来る。
「………禍丸」
「ありがとう、禍丸」
匠兄は禍丸に会釈して、俺は禍丸の黒い毛並みを撫でる。
今日も手触りが良い毛並みである。
匠は俺と禍丸を見て、手を上げて、禍丸の方へ持って行こうとして止める。
もしかして、匠兄も撫でたいのか?
撫でれば良いのに。
『………ん』
禍丸が鼻をスンスンさせる。
『気にせいか、宵明から別の匂いがする』
「え?別の匂い?」
『そうだ。何か小さな生き物の匂いが』
小さな生き物の匂い。
禍丸が言っているのは、間違いなく、ズボンのポケットに隠してある忠吉のことだ。
犬神である禍丸は、犬の妖怪というだけあって、匂いに鋭い。
きっと忠吉の匂いも感じ取ったのだろう。
「禍丸、実は俺…術式で式神を………」
俺はポケットにいる忠吉を、禍丸に見せようと思った。
その時、
『む?この匂いは…来たか』
禍丸は、視線を俺から別の方へ移す。
俺は忠吉を見せようとしたのを一旦辞め、禍丸と同じ方向を見る。
禍丸の言う通り、大広間に一人の者が入ってきたのだ。
それは1人の老人。
その老人が大広間にきた瞬間に、空気が変わる感覚がする。
傍目には豪華ではないが、意匠の凝った着物を着ており、背筋が真っ直ぐで、歩く姿は全くブレていない。
髪はすっかり白髪だらけ。
しかし、見た目通りの年齢の老化を感じさせない足取りである。
表情は一切の雑念を排除したような無表情。
能面の如き顔。
雰囲気だけで、威厳を感じさせる。
いや、雰囲気だけでは無い。
老人が纏う霊力には、全くの無駄が無い。
これだけで、老人が練度の高い霊法使いだと分かる。
「御当主様」
「大旦那様」
「お疲れ様です」
大広間に使用人が一斉に、敬意を込めて頭を下げる。
「……爺ちゃん」
俺は現れた人物を、爺ちゃんと呼ぶ。
禍丸が嗅ぎ取った匂いというのは、祖父の方だ。
この老人は、九十九神楽巌。
九十九神楽家の現当主であり、俺の実の祖父である。
正確には、先々代と現当主である。
先代当主であった俺の父の九十九神楽誠は、現在失踪中。
なので、いなくなった父に代わり、先々代であり、九十九神楽誠の父である九十九神楽巌が再び当主に戻ったのだ。
年齢は、既に60代。
人のよっては、身体が思うように動かなくなる年ごろである。
けれど、巌…俺の爺ちゃんは、高齢を感じさせない気迫を与えてくる。
爺ちゃんは、大広間にある床間の前まで行き、どっしりと正座で座る。
大広間にある長テーブルを見渡せる位置だ。
使用人たちは素早く大広間の隅に移る。
「匠、鈴音、利久…座りなさい」
幸子義母さんは、自身の子供に座るように促す。
従う、匠兄と鈴姉と利久。
幸子一家固まって、長テーブルのそばに座る。
「では、私達も」
文世義母さんも、真兄と澪姉と光希に座るように同じく言う。
「ショウちゃん、マルちゃん、福ちゃん。座ろ」
釣られるようにして、俺と茉昼と巴母さんも座る。
福丸は俺の膝の上だ。
茉昼は、目の前にテーブルにあるご馳走に手を出そうとしていたが、俺が茉昼の手を掴んで大人しく座らせる。
俺は早く食べたい。
大広間にいる俺たちは、使用人たちを除いて、中央にある長テーブルの左右にある座布団に座った。
爺ちゃんは、それを満足そうに見て、
「ふむ…皆、揃っているな」
一声言う。
周囲を見渡した爺ちゃんは、次に俺と匠兄を見る。
「二人共、こちらに」
俺と匠兄を呼ぶ。
俺と匠は、爺ちゃんに応じて、立ち上がり、爺ちゃんの元に行く。




