022宵明の父と当主逃げ
お父さん、いないの?
隣にいる神木凪桜から突然、そう聞かれ、俺は内心戸惑う。
どう答えようか。
俺を見ている神木凪桜の顔は、無表情で何を考えているのか分からない。
でも、青い眼からは懐疑心や警戒心は感じられない。
何となく、俺にシンパシーを感じているような眼だ。
少し考えて、俺は話すことにする。
「うん、いないんだ。俺…父親の顔すら知らなくて」
二回目の人生においては、多分初めてだと思う。
九十九神楽家の家族でも、身内でも無い他人に、自分の父親のことを話すのは。
神木凪桜は黙って俺の話を聞いていた。
「俺の父さん…数年前の…俺が1歳ぐらいの時に、”行方不明”になったんだ」
今から、およそ4年前に、俺の父が九十九神楽家から居なくなったのだ。
居なくなった時、俺は1歳。
1歳までは父は、まだ九十九神楽家にいたはずだが、顔なんて覚えていない。
父親のことは、写真やビデオの動画などで父親の顔は把握している。
一度も父と話したことの無い俺からしたら、父親は肉親ではあるが、他人に近いのだ。
でも、心の片隅には、密かに父親に会いたいという欲求はある。
父がまだ九十九神楽にいた頃の使用人や、母さん曰く、俺の父はとても真面目であり、誰に対しても礼儀正しく、穏やかで優しい性格だったよう。
怒ることは滅多に無く、怒るときは、それは…誰かのためである。
そして、父は優秀な陰陽師だったらしい。
陰陽御三家の一つである九十九神楽家は、江戸時代設立から今に至るまで、多くの優秀な陰陽師を輩出してきた。
父は、その優秀な陰陽師の中でも、抜き出た才覚を持っていたそうだ。
突出した才能を持っていた父は、九十九神楽家の次代を引き継ぐ存在と期待されていた。
しかし、さっき言ったように、約4年前…父は九十九神楽から居なくなり、行方不明となった。
九十九神楽の光と成りえた人の失踪。
それは九十九神楽家に大きな闇を落とす。
もしかしたら、一回目の人生での、九十九神楽家の連鎖的な不運や失墜の綻び、その時から始まっていたのかもしれない。
「父さんが今、何処で何をしてるか分からない。だけど、一度だけでいいから、父さんに会って話してみたいんだ」
「………そうなんだ」
神木凪桜は、横にいる俺から視線を外し、前を見る。
湿っぽい話だったかな。
だけど、神木凪桜はポツリと語りだす。
「……私も、お父さんがいないんだ」
神木凪桜はが言う。
神木凪桜にも、俺と同じ父親がいない。
それは知らない情報だ。
父親がいない。
そこに、共感を感じる。
口調から、彼女も父親に会いたいんだ。
「……お父さんは私が生まれて、すぐに死んじゃったらしい。お母さんもいない。私には、お爺ちゃんしかいない」
彼女らしからぬ長文。
つまり、神木凪桜には、祖父である神木春桜以外の家族がいないのか。
彼女の父親は死んでしまっているから、父親に会いたくても会えないんだ。
「そうなんだ。大変だね」
「……うん」
慰めになるか分からない労いの言葉に、神木凪桜は返事をする。
その後、俺と彼女は沈黙し合う。
そうして、何が起こる訳でなく、草むらに座っていると、
「待たせたのう」
春桜が社務所から帰ってくる。
そして、春桜の案内で、俺は係員がいる社務所の傍に行く。
係員の人が優しい顔で、ジュースを渡してくれた。
まさか、中身18歳の俺が、可哀想な迷子の子として、扱われるとは。
「今…係員の人に、宵明が迷子であると伝えた。すぐに神社内の放送で、宵明の家族に呼び出しがかかる。もう少しの辛抱じゃ」
「あ…は、はい。ありがとうございます」
優しい笑みで、春桜は言う。
若干の罪悪感を感じながら、俺は春桜のお礼を言う。
実際、俺は迷子では無し、神木凪桜の情報取集のために、迷子のフリをしただけだけど。
春桜は俺の家族が来るまで、ここで待ってくれるみたいだ。
当然、神木凪桜も俺の傍にいる。
『迷子のお知らせです。迷子のお知らせです。ただいま、4歳の宵明くんが迷子となっております。繰り返します。ただいま、4歳の宵明くんが迷子となっております。宵明くんは明治神宮、社務所にてお預かりしております。宵明くんのご家族は、社務所までお越しください』
社務所の放送が出される。
こうなったら、仕方が無い。
取り敢えず、茉昼や婆や、澪姉…みんなが来るまで迷子のフリをしていよう。
10分後、
『あ、いた』
「おにぃ、いた!」
福丸と茉昼が俺を発見する。
放送を聞いて、福丸、茉昼、婆や、澪姉が社務所に来る。
「ぼっちゃま!心配しました!突然、迷子になったという放送があったので」
婆やは血相を変えて、俺を心配していた。
俺の体を触り、無事かどうか確かめる。
俺は平気だと言う。
「親切なお爺さんに助けて貰ったんだ」
「親切なお爺さんですか?」
「うん」
俺は神木春桜を指差す。
婆やは春桜を見る。
すると、婆やは驚愕の顔をする。
一方の春桜も、驚愕の顔をした。
「春桜…さん」
「常…さん」
2人は自己紹介もしていないのに、互いの名前を呼び合う。
互いの顔は旧友にあったような表情である。
もしかして、2人は知り合い?
「婆や、知り合いなの?」
俺は婆やに聞く。
「は、はい…昔からの友人です、春桜さんとは、同じ郷土の育ちでして」
つまり、生まれ故郷が同じと言うことか。
確かに、2人は同年代に見えるけど。
まさか、俺を未来で殺す予定の神木凪桜の祖父である神木春桜と、婆やが同じ郷土の人で、友人同士だったなんて。
一回目の人生の時には、知らなかったことだ。
こんな偶然あるのか。
婆やと春桜の関係をもっと知りたい俺だったが、
「お前は!何をしている!」
いきなり、胸ぐらを掴まれる。
澪姉だった。
「わわ?!澪姉!落ち着いて!」
澪姉はご立腹である。
水色のポニーテールを揺らしながら呆れた顔で、俺を締め上げる。
「これが落ちついてられるか!”九十九神楽”の者が迷子とは!」
九十九神楽を強調して、澪姉は説教する。
九十九神楽家である俺が迷子になったのが、お怒りみたいだ。
九十九神楽の長女であり、九十九神楽に対して誇りを持っている澪姉にとっては、身内が人様に迷惑をかけるような行動は、嬉しく無いだろう。
「はて…九十九神楽?」
ここで、春桜は九十九神楽と言う言葉を聞いて、目を見開く。
春桜には、俺の家名は言ってない。
何故なら、
「今、あの子…九十九神楽って」
「え?九十九神楽?御三家の?」
「九十九神楽って、”あの”九十九神楽よね?」
周囲が俺たちを見て、騒がしくなる。
澪姉が大声で言った「九十九神楽」という言葉に、みんなが反応する。
そうだ、こういう反応をされるから。
だからこそ、九十九神楽の家名は、春桜には控えていたのだ。
九十九神楽は良くも悪くも目立つ家。
いや、この場合…悪い一択か。
「あの…当主逃げの」
周囲の人の1人が、そう言う。
当主逃げ…その言葉を聞いて、俺、婆や、澪姉はいっきに気まずそうな顔をする。
因みに、福丸と茉昼は何のことだか、分からないと言った顔である。
俺は神木凪桜に、自身の父は4年ほど前に、行方不明にあったと伝えた。
実は、あれには重要な情報が抜けている。
俺の父が現在まで行方不明なのは事実だ。
だけど、それは不慮の事故で起こったものでは無い。
父自ら、九十九神楽を去ったのだ。
俺達…家族を置いて。
九十九神楽誠。
それが俺の父の名前。
4年前まで、九十九神楽家の当主であった九十九神楽誠は、突然当主と言う立場と責務を放棄して、九十九神楽から離れたのだ。
これによって、付いた汚名が『当主逃げ』である。
現当主であった俺の父が、唐突に行方不明になった影響は、九十九神楽家にとっては計り知れない影響を与えた。
それ故に、九十九神楽本邸では、父の事は禁句であり、話題にしては行けないのだ。




