021神木凪桜
神木凪桜。
一回目の人生で、俺がその名を知ったのは、18歳の誕生日に殺される一年ほど前か。
神木凪桜と言う『禍人』が現れた…と言う内容を耳にしたのが始まり。
耳にした媒体は、些細なものだったと思う。
テレビのニュース、新聞の記事、それか道を歩いていた人同士の噂話だったか。
良くは覚えていないけど、兎に角ちょっとしたことで、神木凪桜と言う名前を始めて聞いた。
禍人とは、禍人、もしくは禍人とも言う。
簡単に言えば、霊力や霊術を使って、悪さや犯罪を犯す人のことである。
日本では、霊力や霊術を扱う人を『霊法使い』と言っており、俺の家系のような霊術に特化した霊法使いを『陰陽師』としている。
霊力は肉体を強化させ、特殊な術を施す。
大昔より存在する霊力は、今も変わらず、持ち運び自由の強力な武器である。
この霊力を使って、霊法使いや陰陽師は妖怪や怪異と戦うのだ。
だけど、本来なら妖怪や怪異退治に使うべき霊力や霊術を、犯罪に使う人も少なくない。
そう言った人を、禍人と呼んでいるのだ。
古今東西、何かを使って悪さをする人間がいる。
ニュースでも毎日、交通事故のように、禍人が何かの犯罪を犯したと言う内容が流れる。
霊力なんて、簡単に犯罪の道具に使える。
神木凪桜も、その1人だった。
でも、彼女だけは質が違った。
確か、最初は神木凪桜が何かの法律を破ったと言う内容だったか。
俺は余り気にも留めなかった。
それが、いつの間にか霊法使いや陰陽師の傷害事件を引き起こすに至る。
そして気づけば、著名な陰陽師や政府の人間の殺害にまで手を出す。
ここまで来れば、もう犯罪どころの騒ぎではない。
彼女は全国から指名手配されるのだ。
だが、彼女が逮捕されることは無かった。
少なくとも俺が殺される日まで、彼女が捕まったことはない。
それ故に、彼女に関する情報は全くない。
分かっているのは、俺とほぼ同い年で、神出鬼没なこと。
さらに卓越した剣術を使い、"雷"の能力を使うこと。
彼女は一体何者で、何が目的で多くの陰陽師や俺を殺したのか。
それは分からないまま、俺は死んだのだ。
「どうしたんじゃ?」
「……は!」
春桜の問いかけに、俺は我に帰る。
一回目の人生における神木凪桜の事を思い出し、身体が固まっていたようだ。
俺は神木凪桜から距離を取る。
「………」
そんな俺を乾いた眼で見る神木凪桜。
道理で、遠目に彼女を見て、何となく見たことがあると感じるはずだ。
何せ、俺を殺した相手なんだから。
未だに思い出す…彼女に心臓を刀で貫かれた感覚。
脳裏に焼き付く、俺を殺した時の彼女の顔。
似ている。
俺が死ぬ前に見た彼女の冷め切った眼と、目の前にいる幼い彼女の冷め切った眼が完全に同じである。
確か、彼女と俺とは同い歳だったはず。
一回目の人生で、俺を殺した時、彼女は俺と同じ18歳だったと思う。
そして、目の前にいる彼女は俺と同じ4歳か、5歳か。
年齢が違えど、雰囲気はそっくり。
違うところを上げるとするなら、一回目の人生の時に、会った彼女は全て白髪だったが、今の幼い彼女は殆ど黒髪で、頭の上にある数本の白髪があるだけ。
実は…二回目の人生を歩んでいた時から、家族を守ることも考えていたが、同時に自分が、どのように死ななくて済むのかも考えていた。
それはそうだ。
俺だって、死にたくない。
折角、二度目の生を貰ったんだ。
二回目は、一回目のように死にたくはない。
とは言っても、さっきも言ったが、神木凪桜に関する情報は、皆無に近い。
これから訪れるであろう家族の死や不幸には、考えられる対策は、いくつかある。
でも、自身の死には、神木凪桜の情報が無いので対策のしようが無い。
それなのに。
まさか、二回目の人生にて、こんな早く彼女に再会するとは。
俺は恐怖を感じると同時に、心の内に若干の歓喜を持つ。
”好都合”だ。
こんな機会またと無いからだ。
「しかし、ナギのお友達では無いのなら、何故この子はナギの名前を知っていた?」
春桜は、どうやら俺が神木凪桜の名前を知っていたのを不思議がる。
二回目の人生では、俺と神木凪桜は、今が初体面。
一回目の人生を歩んでいた俺が神木凪桜に殺害されたからこそ、神木凪桜の名前を知っていただけだ。
俺は咄嗟に頭を回転させ、言い訳を考える。
目線をあちこちに移動させる。
そして、見えたのが、
「ふ、服に…」
「服?」
「服に名前が書いてあったから。『なぎさ』って…」
「ああ、なるほど」
俺は指を差す。
神木凪桜が着ている白いワンピースの手首の部分に、小さく平仮名で『なぎさ』と書いてあった。
それを見て、神木凪桜の名前が分かったと、誤魔化した。
そして、俺は努めて、か弱い子供の声を装い言う。
「そ、その!お、俺…ま、迷子なんだ!親と逸れちゃって……」
あたかも、迷子で心細い子供の様に演じる。
勿論、迷子なんて嘘だ。
「そうか、それは可哀想に。どれ…ワシが何とかしよう」
春桜は、その優しい性格を隠そうともせず、俺に寄り添う。
しわくちゃだらけの手が俺の頭を撫でる。
「名前は何て言うのかな?」
「俺の名前は、九十九………じゃなくて、宵明。宵明だよ」
危ない。
九十九神楽の苗字を出す寸前で辞めた。
九十九神楽家は陰陽師御三家の一つ。
自分、九十九神楽家です…なんて言った絶対厄介な事になる。
隠しておくに越したことはないだろう。
「そうか…宵明じゃな?良い名前じゃ。歳は幾つか分かるかな」
「4歳」
「そうか、4歳か」
春桜は穏やかに笑い、神木凪桜と繋いでいない方の手を、俺に差し伸べる。
「付いてまいれ。儂が宵明の家族を探そう」
俺は、そっと手を握る。
暖かく優しい手だった。
傍目からだと、俺と神木凪桜が春桜の孫に見えているだろう。
俺たちは少し歩いて、
「ここで、宵明の親のことを聞いてみよう」
着いた先が社務所だった。
社務所とは、神社において神社の運営や事務全般を取り行うところである。
神職や巫女が常駐しており、お守りや絵馬、おみくじを購入出来たりもする。
ここなら、神社関係の係員が多くいる。
迷子になった子の親を探すのに、打って付けだろう。
まぁ…実際には、俺は迷子ではない。
「ちょっと待っておれ」
俺と神木凪桜を道から外れた草むらに座らせ、春桜は社務所に行く。
残された俺と神木凪桜。
神木凪桜は俺と二人きりの時でも、表情を変えずに、どこか上の空である。
と言うか、空をジッと見ている。
あたかも、雲の数を数えているように。
俺は思い切って、神木凪桜と距離を詰め、すぐ隣に座る。
「ね、ねぇ!」
「……え?」
俺が突然話しかけたので、神木凪桜の視線は空から俺に移る。
急に話しかけたのが、悪かったのか、眉根を寄せて俺を見ていた。
「お、俺…しょ、宵明って言うんだ!」
「…………………なぎさ」
「よ、よろしく!」
「………よろしく」
神木凪桜は恐る恐る返事をする。
う~ん…警戒してるのかな。
俺は積極的に話しかけてみる。
「き、君は…な、何歳かな?」
「………5歳」
「5歳なんだ。実は、俺…明日5歳の誕生日で!」
「………そうなんだ」
「………」
「………」
間が訪れる。
不味い。
このままでは、まともな会話にならない。
「な、何か好きな物とか、食べ物ある?」
「………何も」
「しゅ、趣味とか…」
「………無い」
「こ、この辺に住んでるの?」
「………」
俺の連続の質問に、神木凪桜は、とうとう黙り込む。
うん、会話の一方通行だ。
神木凪桜は冷たい顔で冷たい眼を、俺に向けていた。
ていうか…俺の質問。
これでは、まるでナンパである。
勿論、ナンパが目的で、神木凪桜に話しかけているのでは無い。
俺がこうして、未来で俺を殺す人である神木凪桜に、積極的に話しかけているのには、理由がある。
それは情報取集だ。
何度も言うが、一回目の人生では、神木凪桜に関する情報は殺されるまで、全くなかった。
まさに、正体不明の禍人なのだ。
そりゃあ、俺だって…いずれ俺を殺すだろうと言う人と出来れば関わりたくない。
でも、こうして二回目の人生では、何の偶然か、お互い幼い状態で会うことになったのだ。
ならば、少しでも神木凪桜の情報を得て、今後の対策を考えねば。
しかし、見ての通り、情報収集は難しそうだ。
神木凪桜は、もう言葉を発することもなく、それどころか俺の方を見向きもしない。
また、空を見上げる。
単純に、俺に興味が無くなったのだろう。
これは参った。
情報を引き出す以前の問題だ。
神木凪桜は俺という人間を信用していない。
そもそも…生まれつき、そういった気質なのか。
他人と関わりたくないような性格をしている。
「ふぅ…」
俺は一息つく。
神木凪桜への質問をやめ、道を歩く人たちを見る。
ワイワイガヤガヤ……。
道は賑やかである。
道行く人には、大人や俺みたいな子供、老人もいる。
偶に、妖怪もチラホラ見かける。
そして、目にするのは、親と手を繋いでいる子たち。
帽子を被った男の子と大人の男性。
あれは…お父さんかな。
俺と同い年くらいの男の子が、父親と楽しそうに話しながら、道を歩いていた。
子供と父親。
それは考えてみれば、当たり前の光景。
でも、俺にとっては当たり前ではない。
子供と父親が並ぶ光景は、ただひたすら羨ましい。
ビュウ…。
その時、大きめの風が流れる。
「あ!」
男の子が驚いた声を出す。
大きめの風によって、父親と仲良く話していた男の子の帽子が外れ、高く舞い上がったのだ。
舞い上がった帽子は、そのまま道の近くにある高い木の天辺に引っかかる。
あれは大人の手でも、届かなそうだ。
そう思ってた時には、俺は行動に移していた。
「よ!」
俺は体の霊力を操作して、肉体強化を施す。
その後、強化した肉体で、駆け出す。
半年以上前から、禍丸による肉体強化と体力作りの稽古を始めて、俺の肉体面は大きく向上した。
肉体強化の流れは、半年前よりもスムーズだ。
肉体強化を使えば、高い木への木登り何て、御茶の子さいさいだ。
俺は、幹に入っている亀裂や溝を手を挟み、枝を足場として、そのまま帽子が掛かった木に登り、帽子を手で掴む。
「はい」
そして、掴んだ帽子を男の子に返す。
男の子は暫く呆然としていたが、
「あ、ありがとう!」
「ありがとうね、君!」
男の子と、男の子の父親は揃って、俺にお礼を言ってくれた。
俺が、どういたしまして…と言うと、
「これ、良かったどうぞ」
お父さんが渡してきたのは、2つの飴玉。
俺は有難く、飴玉を受け取る。
2人は感謝しながら、また道を歩きだす。
パチパチパチ。
周囲から軽い拍手の音。
見れば、周囲の何人かが、素早く木に登って帽子を取った俺を称賛していた。
俺は照れながら、神木凪桜の元に戻る。
「これ…あげる」
俺は貰った飴玉の一つを神木凪桜に渡す。
折角、2つ貰ったから。
「……ありがとう」
神木凪桜は無表情で俺を見つつ、飴玉を受け取る。
俺は飴玉を舐める。
ふんわりとした軽い甘みが口に広がる。
口の中で転がす度に、甘みが広がる。
隣にいる神木凪桜も、飴玉を無言で舐めていた。
さっきの男の子と父親の親子が脳裏に焼き付いているのか。
飴玉が甘い味だったのか。
俺は感傷的になっていたのかもしれない。
「父さんに……会いたい」
つい、ポロッと呟いてしまう。
父に会いたい。
そう切実に願ってしまう。
それは後になって考えて見れば、生まれてから一度も父親の顔を見たことが無いからこそ、父親が当然のようにいる子供が羨ましいのだろう。
ああ…いけない、いけない。
父親のことを考えたって仕方がない。
九十九神楽家では、俺の父のことはタブーなんだから。
その時だった。
「お父さん、いないの?」
突然、話しかけられる。
隣から。
話しかけてきたのは、当然………俺の隣にいた神木凪桜だった。
神木凪桜は、さっきまでの俺への無関心な態度とは打って変わって、その青い眼を俺に向けていた。




