002二度目の人生
今まで18歳の体だったのに、目覚めたら、いきなり3歳だった事実に、驚愕して叫ぶ。
すると、ドッドッド。
叫んだのと同時に、廊下を駆ける足音がして、慌ただしく近づいてくる。
「ぼっちゃま!ぼっちゃま!どうなさいました?!大声を出して!」
障子が勢いよく開く。
着物を着た小柄な老婆が、息を切らして飛び込んできた。
そんな老婆を見て、俺の呼吸が止まる。
婆や。
俺の記憶の中では、もういない。
小学校に上がる前に、死んだはずの人。
皺だらけの顔。
丸い背中と優しい目。
血の繋がりは無いけど、俺にとっては祖母同然の人。
間違いない、婆やだ。
「ば、ばあや……?」
声にならない声で呼ぶ。
目からは涙が零れ落ちる。
婆やは心配そうな顔をして、俺へ寄った。
「………ぼっちゃま。怖い夢でも見たのですか?大丈夫ですよ、坊っちゃま」
俺の前に来ると、皴まみれの手で、優しく俺の頭を撫でる。
温かい。生きている温度だ。
優しい暖かさを感じる。
俺は唇を噛んが、涙は留めなく溢れてきた。
「ばぁや……しんだ…はずじゃ」
婆やは目を何度か開閉させ、首を傾げる。
「はい?私が死んだ?そんな夢でも見たんですか。確かに、私はお迎えが来そうな歳ですが」
「ち、ちがう!」
必死に言葉を発する。
「しな…ないで!ながいき、して……」
必死の血相で、婆やに死なないで長生きしてほしいと言う。
だが、3歳の喉なので、上手く発音できない。
でも、俺の言葉を聞いた婆やは、しっかりと聞き取れたみたいだ。
にっこりと笑い、俺の頬を触る。
「まぁ…長生きしてなんて、ぼっちゃまは嬉しいことを言ってくれますね」
一気に、俺の幼い頃の思い出が呼び起こされる。
婆やは、いつも俺が辛い時、祖母のように優しく接してくれた。
中身が18歳でありながら、俺は婆やの優しさに、本当に3歳の子供の様に泣きじゃくる。
まぁ…実際、身体は3歳だが。
そんな泣きじゃくる俺の背中を、婆やはずっと摩ってくれた。
一通り、泣き終えると、俺は婆やに大丈夫だと言う。
「ごめんなさい。おれぇ…なんか…こわいゆめ、みたみたい」
「そうかい、そうかい。怖い夢を見たのですか。それは辛かったですね。今、お水持って来ます」
水を取ってくると言い、婆やは立ち上がり、障子を開ける。
その婆やに、俺は効かなければいけないことを聞く。
「あ!ね、ねぇ…ばあや!いまぁ…なんねん?」
「へ?何年?………年号のことですか?今、平成〇〇年ですが」
婆やは突然、今…何年かと聞かれ、不思議に思いつつも、現在は平成〇〇年であると答える。
「へいせぇ〇〇ねん……………おれって、なんさい?」
「ぼっちゃまの御年ですか?少し前に3歳になられましたよ」
「さんさい………」
「ふふ…ぼっちゃまも、まだ寝ぼけていらっしゃるのですね。すぐに、お水を取ってきますね」
婆やは障子を静かに閉めて、水を取りに部屋を出ていった。
足音が遠ざかり、また畳の匂いだけが残った。
俺は何度も深呼吸をして、心を落ち着かせる。
一旦整理しよう。
改めて、自分の手のひらを見つめる。
小さな手。細い腕。そして、小柄な身体。
目覚める前まで18歳の身体だったのに、今は幼い頃の自分の身体になっている。
そして、ここでようやく気付く。
目覚めた時に、和室を見て、感じた懐かしさの正体。
「ここは、おれのへや」
そうなのだ。この和室は、かつて実家の屋敷にあった俺の部屋なのだ。
この和室…というか、この和室がある屋敷は、俺の実家であり、東京に住所を持つ九十九神楽家の本家の屋敷なのである。
でも、俺の実家である九十九神楽の屋敷は、俺が18歳になる前に、”火事”による全焼で無くなったはずなのだ。
この屋敷には、どこにも火事の跡が無い。
最後に、先程…婆やが言った平成〇〇年と俺が3歳であること。
平成〇〇年は、西暦に換算すると、200〇年に相当する。
200〇年ならば、俺は3歳で合っている。
俺の18歳の誕生日の日は、その15年後のはず。
小さい身体。死んだはずの婆やの生存。焼けて無くなったはずの屋敷があること。さらに、15年前の年号。
これらの事実を持って、今…俺の身に起こっている現象に対して、強制的に説明を付けるなら。
俺は、過去に戻ったのだ。
15年前の過去に。
自分で考えて、なんて阿保らしい。
人が過去に戻る…馬鹿らしく、あり得ない事実。
だけど、現実はここにある。
普通、人が過去に戻るなんて、普通は不可能。
神秘の力を持つ霊力。
その霊力を使った霊術でも無理である。
…………………いや、”あるかも”しれない。
一つだけ可能性を考える。
【術式】なら可能かもしれない。
術式…それは、この世界の一部の人が持っている魂に刻まれた固有の力。
遥か昔から人だけが持っている能力。
現代でも、未だに術式の謎は深く、未知の領域。
術式は時として、現代の科学では説明しきれない常識外の力を発揮することもある。
俺が知る限り、過去に戻れると言う無茶苦茶な術式など無い。
御三家である九十九神楽家の子である俺にも、術式はある。
だが、俺の術式に…過去に戻るような力は無いはずだ。
しかし、仮に過去へ戻る術式があるならば、俺が過去に戻るのも不可能ではないはず。
過去に戻ってこれた。
俺は知らず知らずのうちに、拳を固く握る。
心臓の音が落ち着き始める代わりに、胸の奥に別の火が灯った。
怒りとも恐怖とも違う…決意の火。
本当に過去に戻ってこれたのなら、俺はやり直せるはずだ。
これから九十九神楽家に起こることを。
「おれが、まもる!!」
婆やを、家族を。
崩れていくはずの九十九神楽家の未来を。
障子の向こうで、足音が徐々に近づき、水の入った茶碗が小さく鳴る。
婆やが戻ってくる音だ。
俺は、その音を聞きながら、心の中で静かに誓った。
二度と奪わせない!
二度目の人生は、一度目のやり直しである。
だが、それと同時に、奪い返しでもある。




