019霊魂祭
車に乗った俺たちは、正午の内に、渋谷区にある明治神宮付近に到着する。
駐車場から降りて、俺、茉昼、澪、婆や、福丸は明治神宮の本殿を目指して歩く。
ビュウ…。
今日は、風が強い。
明治神宮を象徴する森の中に入ると…そこは人で溢れかえっていた。
「いっぱ~い!」
『踏み潰されそう?!』
茉昼が人の多さに驚き、福丸は周囲にいる人に踏まれないように、俺の傍を歩いていた。
仕方ないので、俺は福丸を持ち上げて、頭の上に乗せる。
『ニャ?これなら、安心安心』
明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后を祀る神社。
日本で最も都会である東京の真ん中にありながら、広大な森である常盤の森という人口林に囲まれているのが見どころである。
日本で最も参拝に来る人が多い神社であるので、霊魂祭でも人が多い。
だが、いるのは”人”だけでは無い。
「キツネさん!」
茉昼が人に混じって、道を歩く狐を見て、指さす。
狐は周囲にいる人など、お構いなしに歩いていた。
黒っぽい毛並みの狐。
一見すると、ただの狐である。
けれど、俺は感じる…あの狐から霊力が発せられているのを。
「お嬢様、あれは妖狐です」
婆やが、あの狐が妖狐だと言う。
妖狐とは、日本に古くから伝わる妖怪。
猫又である福丸が猫の妖怪で、犬神である禍丸が犬の妖怪なら、妖狐はその名の通り、狐の妖怪である。
人などに化けて、惑わすと言われているが、知能や格式が高い妖怪と知られている。
妖狐によっては、人に友好的な個体も多くいる。
あの妖狐も、俺達のように参拝のために、ここに来たのだろう。
そして、よく見ると、妖怪は妖狐だけでは無かった。
「河童がいるな」
俺は河童もいることに気づく。
河童は言わずもがな、代表的な日本の妖怪。
頭に皿、背中に甲羅を付け、胡瓜と相撲を好む妖怪。
大小数人の河童たちが、きっちりと道を歩いていた。
河童の親子たちかな。
『あ、上…何か飛んでる』
「あれは、一反木綿だな」
福丸が俺達の上を何かが飛んでいるのに気づく。
一枚の布のようなもの。
澪姉は一反木綿だと言う。
その名の通り、約10メートルの一反の細長い布の姿をした妖怪である。
ここでは、人に混じって妖怪も多く居る。
流石に、霊魂祭ともなると、人だけでなく、妖怪も参拝のために集まってくるのだ。
「屋台も、いっぱいある!」
『う~ん…美味しそうな匂い。煮干しあるかな?』
俺は歩きながら福丸と一緒に、たくさんある屋台を見渡す。
常盤の森を通る通路のそばには、いろんな屋台があった。
ポテトやチョコバナナ、ジャガバタ、綿飴、射的…金魚掬いもある。
流石に、煮干しに屋台は無いと思うけど。
正午と言う事もあり、腹が余計減ってしまう。
「コラ、宵明。勝手に離れるな。迷子になるだろ」
澪姉に襟首を掴まれ、注意される。
確かに、凄い人混みだ。
うっかりしていると迷子に成りかねない。
茉昼は、婆やに手を繋がれているので、大丈夫だと思うが。
「あ!澪姉、金魚掬いもあるよ!」
「なっ?!私たちは参拝に来たんだ。金魚掬いは”後”だ」
そんなこんなで、俺たちは人混みをかき分け、本殿前まで行った。
『大きな門だね』
「あれは鳥居だ」
俺達の前には、大きな高さ10メートルを超える鳥居があった。
これは明治神宮を代表する鳥居。
ここから先が本殿である。
鳥居は神社の入り口であり、人間の世界と神の世界とを区切る扉である。
この鳥居をくぐると、神様の領域と言う訳だ。
俺たちは揃って、鳥居の前でお辞儀する。
神様への挨拶だ。
俺の頭の上に乗っていた福丸が落ちそうになった。
俺たちは鳥居を潜る。
フワ…。
鳥居を潜った瞬間、体の周りに何かの力を感じる。
暖かいような、冷たいような。
フワフワしているような、サラサラしているような。
陰陽師なら、誰もが知る感覚。
霊力である。
鳥居の内側には、豊富な霊力が空間に満ちていた。
『ん?霊力が満ちてる?』
妖怪である福丸も、神社の中の霊力に気づく。
「ここは神様の御家ですから、地面の中には、霊力がたくさんあります」
婆やが説明する。
霊力は、この世の至る所に存在する。
それは空気のように周囲の空間にあり、人や妖怪の体の中だけでなく、土壌や建物、家具と言った物にまで。
そんな霊力も、場所によって空間に存在する量が変わる。
その代表例が寺や神社。
古くから建てられた寺や神社の土壌には、多くの霊力が含まれる。
こうした多くの霊力を含んだ土で育った米が、霊米である。
そう…俺の兄である匠が、母親である幸子から、よく食べさせられているアレである。
鳥居に入った後は、手水舎での清め。
右手で柄杓を取り、左手を洗う。
左手に柄杓を持ち換え、右手を洗う。
再び、柄杓を右手に持ち替え、口を洗う。
『ニャ!?冷たい!』
福丸には、取り敢えず、両手の肉球と頭に水を掛けて置いた。
因みに、この時の澪姉は清めの際の所作は完璧だった。
流石、九十九神楽の長女。
いや、文世の血筋と言うべきか。
”水”に関しては、お手の物である。
次こそ、神様への拝礼だ。
拝殿に行くための人の列に並び、少しして俺達の番が来る。
神様への拝礼の仕方。
まず二礼。
そして、二拍手。
最後に、一礼。
これが拝礼の流れ。
その後に、御賽銭。
カラン。
俺は婆やから渡された五円玉をお賽銭箱に投げ入れる。
垂れ下がる大きな紐を揺らして、鈴を鳴らす。
ジャラジャラ。
より大きな音を鳴らせば、神様に聞こえるかもしれない。
俺、澪、茉昼、婆や、福丸はそれぞれ頭の中に願い事を浮かべる。
俺が願ったのは、どうか………九十九神楽家が救えますように。
神様が俺の願いを聞き入れてくれるか分からないけど、信じています。
その後、俺はお守りを買った。
ゲン担ぎとして、お守りも悪く無いだろう。
勿論、買ったのは、「家内安全」である。
……あ、屋敷にいる真兄にも、お守り買わなくちゃ。
「無病息災」で良いよね。
そして、俺たちは鳥居を出て、本殿を後にする。
「では、皆さま…参拝も済みました。これから、屋台を巡りましょうか」
「「わーい!」」
婆やの提案に、俺と茉昼は嬉しそうな声を出す。
早速、俺は唐揚げの屋台に行き、唐揚げを頼む。
その次は、祭り定番チョコバナナ。
途中、焼き魚の屋台があり、福丸が食べたそうにしていたので、食べさせてやった。
その次は、忘れちゃいけないジャガバタ。
その次は、綿飴。
その次は…、
「うっぷ…」
もう食べられない。
胃が限界である。
「あんなに食べるからだ」
澪姉が食べ過ぎだと言う。
やはり、ふと…忘れてしまう。
今、自分は18歳ではなく、明日になれば5歳だが、まだ4歳の体だと。
4歳の胃袋など、高が知れていた。
『もう食べられないニャ』
俺の頭の上にいる福丸も、胃が限界だった。
屋台に売れられていた焼き魚を、丸ごと一気に食べたからだ。
俺も福丸も、満腹である。
仕方ないので、俺は澪姉の金魚掬いを眺めながら、食休みをした。
パシャ…パシャ…。
上手い、見事なポイ捌きだ。
一気に、2匹のメダカが釣れた。
あんな指で少し突いただけで破れそうなポイを巧みに使っている。
無駄な動きが一切ない。
「凄いね、澪姉」
「まだだ。目標は、あの子を釣ることだ」
澪姉が指し示したのは、この金魚掬いの水槽でも、最も体の大きい水亀である。
普通の子亀だけど、そのポイで釣るのは難しそうだ。
「いや、あれは無理でしょ」
「無理ではない。明鏡止水の構えで待てば、機会は訪れる」
何か…難しいこと言ってるな。
澪姉は金魚掬いに集中している。
しばらく話しかけない方がいいかもしれない。
手持無沙汰であるので、周囲を見渡す。
澪姉は勿論、金魚掬い。
婆やと茉昼は、妖怪を使った芸を見ていた。
少し開けた場所に、和服を着た1人の男性と1匹の狸。
「さぁ、みなさん…お立合い。これより、我が式神である妖狸と、ちょっとした芸を披露しようと思います」
『よろしくポン』
狸が喋る。
勿論、普通の狸ではない。
男の人が言っていたが、あの狸は妖狸と言う妖怪。
化け狸と呼ばれ、妖狐のように、いろんなものに化けては、人を驚かすと言われる。
男の人は、サッカーボールほどの大きさの玉を取り出す。
あれは蹴鞠である。
「よいしょ!ほっ!」
男の人は、足で蹴鞠を蹴り上げ、地面に落とさないように、蹴り続ける。
さらには、大きな和傘を持ち、傘を広げ、蹴鞠を傘の上に乗っける。
上手に傘を回し、蹴鞠を傘の上で転がす。
『よっこらポン』
一方の妖狸は、男の人が使っている蹴鞠と同じようなものに乗っかり、玉乗りの要領でバランスを取っていた。
男の人と、妖狸による芸で、周囲から拍手が上がる。
「たぬきさん!かわいい!」
茉昼も、ご満足のようだ。
俺も茉昼と一緒に芸を見ようかな。
そう思ってた時、
「………ん?」
ふと…俺の視界に片隅に、何かが写る。
道行く人の中に、何か。
気になって、俺は人混みの中を見る。
いるのは、当然たくさんの人。
でも、その人混みに混ざって……………1人の女の子がいた。
ドクン!
女の子を見た瞬間、俺の心臓が驚くほど跳ね上がる。
その女の子は、俺と同じぐらいの年齢の子。
一見すると、普通の子に見える。
でも、何故か、俺は…その子から目が離せない。
さっきから、波打つ鼓動が止まらない。
俺は瞬きも忘れて、その女の子を凝視していた。
その子は、老人の男性と一緒に淡々と歩いていた。
多分、あの子の祖父である。
祖父と、その子は…手を繋ぎながら、俺がいる場所から徐々に離れていく。
このままだと、あの子を見失う。
そう思った俺は、自分では理解できない感情に突き動かされるまま、行動に移していた。
俺は婆やに駆け寄る。
「婆や、福丸お願い!俺…ちょっと……あっち歩いてくる!」
『ニャ?』
頭に乗せた福丸を、婆やに託す。
俺の慌てた様子で、婆やは困惑する。
急に婆やに渡された福丸も驚いていた。
「え?この人が多い中をですか?迷子になるのでは……」
「大丈夫!そんなに離れないから!」
俺の切迫した声と顔に、婆やは頷くしかなかった。
「わ、分かりました。くれぐれも遠くに行かないように」
「うん」
そうして、俺は女の子が歩いて行った先を目指して、小走りに向かう。




