016稽古①
その日の夕方。
屋敷の正門で、俺、茉昼、婆や、禍丸、福丸で、巴母さんを見送っていた。
「ショウちゃん!マルちゃん!う~ん、離れたくな~~い!!」
俺達と離れたくないと、子供の様に、駄々をこねる。
巴母さんが、俺と茉昼を強く抱きしめる。
お別れのハグだ。
ほんの数時間前に屋敷に帰ってきたばかりだが、また仕事に行かなくてはならないのだ。
これから、巴母さんは東京から現在、陰陽師の仕事を請け負っている青森に戻る。
だけど、その青森の仕事が終わっても、また次の仕事がある。
超一流の陰陽師である母さんは、日本全国から仕事が舞い込んでくる。
休暇を取っている暇が無いのだ。
次に会えるのは、いつになるのやら。
「まんま!!」
茉昼は母親から離れたくないと言わんばかりに、くっ付く。
巴母さんもお別れが寂しいのだろう。
そんな茉昼を半泣きで思いっきり抱きしめる。
俺も、ぶっちゃけ母さんに暫く会えないのは、悲しい。
「母さん、いってらっしゃい」
せめて、笑顔で母を見送る。
悲しいけど、母さんを必要としている人はたくさんいる。
俺や茉昼ばっかりに時間を割くのも、惜しい人だ。
「巴奥様、行ってらっしゃいませ」
『行ってくると良い。宵明と茉昼は任せろ』
婆やと禍丸が見送りの言葉を掛ける。
「うん、ありがとう。常さん、禍ちゃん。……あ!福ちゃん」
『な、何?』
「ショウちゃんの始めの式神になってくれて、ありがとう!」
『ニャ?お、お安い御用だよ!』
巴母さんは福丸を撫でる。
福丸は戸惑いつつも、自慢げに髭を張る。
少し前に巴母さんに会ったばかりだけど、福丸も母さんのことが気に入ったらしい。
すぐに人でも、妖怪でも仲良くなるフレンドリーな性分。
それが巴母さんの本当の強みなのかもしれない。
正門で暫し、お別れの言葉を掛けあった後、
「ぐす…行ってきます。ショウちゃん、マルちゃん…すぐに、また帰って来るからね」
涙を流しつつも、巴母さんは正門前に止めてあった車に乗って、仕事に戻っていった。
行ってしまう車が見えなくなるまで、見送ってから、俺は思う。
そろそろ、霊力鍛錬も次の段階に進む時だな。
次の日の昼頃。
午前は日課の霊力鍛錬である『周天巡霊』を行った。
そして、お昼ご飯を食べ、午後になる。
いつもなら、午後にも『周天巡霊』をやるのだが、今日は違う。
「いっち!に!いっち!に!」
膝を曲げたり、手首を回したり。
俺は屋敷の大きな庭で、準備体操をしていた。
しっかりと体を解しておいて、この後の運動に備えないと。
一通り準備体操をして、
「お~い!いるか~!禍丸!!」
九十九神楽家の番犬であり、犬神の禍丸を呼ぶ。
スルリ…。
殆ど時間を置かず、禍丸が音も無く、現れる。
『どうした、宵明?』
何事かと聞く禍丸に、俺は気合を込めて言う。
「禍丸!俺、禍丸に”稽古”を付けてほしんだ!」
勢いよく頭を下げ、稽古を付けて欲しいと頼む。
俺の頼みに、禍丸は目を何度か開閉させる。
『稽古?何をだ?』
「霊力の稽古」
『それならば、いつも『周天巡霊』をやっているだろ』
「あれじゃなくて、もっと実践的なもの。肉体強化の方」
俺は霊力を使った肉体強化の鍛錬がしたいと言う。
現代においても、霊力の明確な正体は解明されていない。
とにかく魔法のような神秘的な力であるという抽象的なものだ。
それでも、分かっているのは、霊力を使って術を組めば、あらゆる現象を引き起こすことができ、身体に霊力を行き渡らせれば、肉体を大幅に強化させることが出来ることだ。
3歳の時から、霊力を操作するための鍛錬である『周天巡霊』はやってきたが、未だに霊力を使った肉体強化の鍛錬は行っていない。
それは単純に、霊力操作が覚束ない状態での、肉体強化は事故を引き起こし得るからだ。
少しでも、霊力操作を誤ると怪我をしてしまう。
だからこそ、俺は3歳から今に至るまで、毎日霊力操作の鍛錬に明け暮れていた。
と言っても、そろそろ頃合いだろう。
昨日、屋敷の壁にいた煤黴を倒す際に、肉体強化を使ったが、特に問題は無かった。
肉体強化した俺のパンチは、しっかりと煤黴を倒せていた。
禍丸には、怒られたけど。
ちなみに、霊術においては、5歳未満の体では、脳への負担があるので、禁止されているが、肉体強化自体は5歳未満でも使用禁止と言う訳では無い。
今の俺は、十分に霊力を操作できる状態にある。
これなら、霊力での肉体強化の鍛錬を、今日から始めても良いだろう。
こうした説明を、禍丸にした。
『なるほど、言いたいことは分かった。それで、私を稽古相手にしようと?』
「うん」
純粋な霊力操作の鍛錬は、一人で出来る『周天巡霊』で事足りる。
しかし、肉体強化の鍛錬には、練習相手が必要だ。
その方が効率が良いからだ。
スポーツや武道などでも、そうだが、肉体を使った稽古は相手がいれば、より捗る。
「これでも、肉体強化には自信があるんだ。ほら!」
ピョン。
俺は自身の霊力を使って、身体能力を上げて、その場でジャンプする。
そのジャンプは、成人した大人並みのジャンプである。
『ほお、良い飛び上がりだ』
禍丸が感心する。
感心した後、真剣な目で俺を見る。
『それならば…宵明。今から私を捕まえてみよ』
「え?」
突然禍丸を捕まえてみよ…と言われ、俺は首を傾げる。
『どうした、稽古をつけて欲しいのだろ?ならば、肉体強化を使って、逃げる私を捕まえて見せよ』
つまり、鬼ごっこか。
俺が鬼になって、禍丸を捕まえるということ。
単純である。
望むところだ。
「分かった!行くぞ!」
俺は早速、体の中の霊力を集め、全身に行き渡らせる。
力が溢れるのを感じる。
「は!」
タン!
まだ4歳とは思えないほど、素早い駆け足。
肉体強化で上がった脚力で、禍丸に迫る。
俺の手が禍丸の黒い毛並みに触れようとした瞬間、
『遅い』
シュン!
そんな俺の脚力を嘲笑うように、素早い動作で俺と距離を取る禍丸。
肉体強化していても、目にも止まらぬ素早さだ。
『何ボサッとしている。これは稽古だ。手は抜かんぞ』
そう言って、禍丸は背中を向けて、俺から逃げる。
「く?!待て!」
俺は肉体強化を使い、全力で追いかける。
こうして、俺と禍丸による鬼ごっこが始まる。




