015悪夢
そこは、暗い空間の中。
いるのは自分だけ。
何処を見渡しても、自分以外誰もいない。何も無い。
手足を動かしても、何か変わる訳でも無かった。
何も無い漆黒の空間だけが、俺の周囲を満たしていた。
真っ暗な海の中に、放り出された気分だ。
けれど、そんな空間に、唐突に音が入り込む。
【ねぇ、聞きました?今朝、屋敷の外で猫又が死んでいたらしいんですの】
【聞きました。何でも、昨晩…屋敷の厨房に侵入した猫又だそうで】
【三毛猫の猫又でしたっけ?】
【ええ、しかも、オスの三毛猫の猫又でしたよ。珍しかったので、覚えてます】
【屋敷の外にいた煤黴にやられていたそうで】
【あらやだ、可哀想に】
聞こえてきたのは、使用人同士の会話。
これは…一回目の人生の時、俺がまだ4歳の頃に、偶然耳にした使用人たちの会話である。
その内容は、三毛猫の猫又が死んでいたという内容。
煤黴にやられた猫又。
言わずもがな、福丸のことだ。
福丸は一回目の人生では、俺の式神になることなく、屋敷に侵入した日の翌日に、屋敷の外にいた煤黴に殺され、死ぬ運命だったのだ。
使用人たちの会話は聞こえなくなる。
再び、訪れる静寂。
だけど、そこで…またしても別の声が聞こえてくる。
【うええええん!!!ばあやァァァ!!!】
それは泣き叫ぶ幼い俺の声だった。
ああ、これは確か…一回目の人生の時に、婆やの死んだ姿を前に、泣き崩れた時の俺の声だ。
俺は小学校を上がる前、婆やは怪異に襲われ、そして、病院に搬送された後…死亡が確認されたのだ。
俺が急いで病院に駆け付けて、待っていたのは冷たくなった婆やの遺体。
祖母同然だった婆やの死を前に、俺は泣く以外何もすることが出来なかった。
俺の泣き叫ぶ声が聞こえなくなる。
だけど、代わりに、
【大変です!真様が?!】
【真様の容態が悪化しました!】
【医者だ!医者を急いで連れてこい!】
これは、一回目の人生の時に、九十九神楽家の第一子であり、長男である九十九神楽真の病状が悪くなったことで、屋敷中大慌てした際の使用人の会話だ。
真兄は、生まれつき体が弱い体質であり、寝込む日が多かった。
体が弱いが、俺の父の正妻であり、真の母親でもある文世の献身的な介護で病状が酷く悪化する事は無かった。
でも、俺が小学校に上がって、早い段階で真兄の病状が、急に悪化したのだ。
病状が悪化した、その日に…真兄は死んだのだ。
本当に呆気なく。
長男の死で、九十九神楽家に影が降りる。
【そ、そんな?!まさか、澪様まで?!】
【澪様が死亡?!】
【こんな馬鹿な!!】
さらに、聞こえてきたのは、これまた一回目の人生の時に、九十九神楽家の第二子であり、長女である九十九神楽澪が死んだことを嘆く会話の音。
あれは、そう…真兄が死んで、屋敷に重い気配が降りる中だった。
長女であり、しっかり者である澪姉が自分が九十九神楽を支えていくと生き込んでいた。
でも、その澪姉も怪異にやられて、呆気なく死んだ。
そうして、一回目の人生では、俺の大事な兄である真兄も、大事な姉である澪姉も死んだのだ。
九十九神楽の要になるはずだった長男と長女を失った。
これは九十九神楽に希望の光が無くなったと言っても過言ではない。
それから次々と聞こえてくる音。
【ま、茉昼?!どうして…どうしてだ!!!】
これは、血まみれの茉昼の死体の前で、打ちひしがれる俺の声。
そうだ、一回目の人生の時は、茉昼も真や澪と同じく、命を落とす。
俺は自分の妹すら守れなかった。
何て、情けない兄だ。
【母さん…母さん……ねぇ、返事してよ。………う…ひっく……1人にしないでよ】
これは、実の母である巴母さんが心が壊れてしまい、精神病院で生きているのに、植物のように動かない母さんのそばで、ひたすら母さんを呼びかける俺の声。
一回目の人生では、母さんは…いろいろあって、精神病にかかり、話すことも出来なくなった。
妹の茉昼と、母親の巴を失った俺は、圧倒的な孤独感を覚えた。
【ああ…屋敷が……俺の家が……燃えてる!!】
これは、ずっと住んでいた実家の九十九神楽本邸が火事によって、燃え上がる光景を目にして、絶望する俺の声。
一回目の人生では、家が燃え、もはや帰る場所も、俺は失ったのだ。
ああ…もう、聞きたくない。
もう、思い出したくない。
頼むから、終わってくれ。
もう、これ以上聞きたくない。
もう、これ以上苦しみたくない。
暗闇の空間の中で、俺は無我夢中で藻掻くしかなかった。
「……………は?!」
俺は目を覚ます。
すぐに起き上がり、自身の身体を確認する。
小さい身体。
一回目ではなく、二回目の人生を生きている時の俺の体だ。
汗まみれである。
呼吸も乱れている。
あんな夢みたいんだから当然か。
俺は周囲を見る。
スゥ…スゥ…。
俺のそばには、妹の茉昼と母の巴。
2人とも、心地良さそうに眠っている。
お昼寝である。
『ムニャムニャ』
『グゥ…』
さらに言えば、俺の足元に福丸、俺や茉昼に寄り添うように禍丸が体を丸くして眠っていた。
皆んな、お昼寝タイムである。
そうだ、思い出した。
母さんが急に帰ってきて、和気あいあいとした茶の間になった。
けど、いつの間にか、みんな疲れて眠ってしまったんだ。
俺は汗を拭う。
一息付いて安堵する。
一回目の人生とは違い、みんな何事もなく、無事である。
そう…まだ。
俺は、そっと…茉昼と巴母さんの頭を撫でる。
一回目の人生では、茉昼は死亡、母さんは精神病にかかった。
二回目の人生でも、俺が何もしなければ、一回目のと同じ運命になる可能性が高い。
何としても、避けなければ。
一回目と同じにしてなるものか。
「どうしました、ぼっちゃま?汗、たくさん搔いていらっしゃいますよ」
茶の間で、唯一起きていた婆やが、突然起きた俺を心配そうに見る。
「うん、ちょっとね……」
「”また”怖い夢でも見たんですか?」
「うん…見たみたい」
また…という婆やの言葉通り、俺は先ほど見た悪夢を時折見るのだ。
二回目の人生を歩み出してから、一年以上経ったけど。
時々、悪夢として……一回目の人生の嫌な記憶を思い出すのだ。
悪夢を見た後は、自分が本当に過去に戻って、二回目の人生を生きているのかどうか確認してしまう。
偶に、思うのだ。
二回目の人生なんてものはなく、一回目の時に死んだ俺が見ている都合の良い夢なのではと。
「婆や……」
「何ですか、ぼっちゃま」
「みんな…まだ生きてるよね?」
俺の質問に、婆やはキョトンと首を傾げる。
だけど、その後…にっこりと笑う。
それだけで、精神的な負担が軽くなる。
婆やの笑みは、何故か俺を安心させてくれる。
婆やは俺の傍に来て、背中をさすってくれる。
「大丈夫ですよ、ぼっちゃま。みんな、生きてます。これからも、ずっと」
それを聞いて、俺は救われた気持ちになった。
救われた気持ちになったと同時に、眠気が襲ってくる。
4歳の体は、本当に眠くなりやすい。
俺は欠伸する。
「何か…また眠くなった」
「そうですか。寝る子は育つと聞きます。いっぱい寝てください」
俺は再び、眠りに付く。
昼寝の二度寝である。
婆やに見守られながら、俺は横になり、目を瞑る。
すぐに夢の中に落ちる。
今度はしっかりと安眠できた。




