014平和な茶の間
俺たちは、茶の間に戻る。
「ぼっちゃま」
「おにぃ!」
茶の間に戻ると、婆やが心配そうな顔で、茉昼は元気いっぱいの顔で迎えた。
「ぼっちゃま、お怪我がございませんか?」
「うん。大丈夫だよ、婆や。怪我なんて、してないから」
俺は茉昼の頭を撫でながら、無事であることを婆やに教える。
『怪異は、ただの煤黴だった。特に、問題は起きなかった』
「そうですか、禍丸様。ありがとうございます、ぼっちゃまを守ってくれて」
『よい。私は、この家と、この家の者を守る責務がある』
婆やが禍丸に頭を下げる。
禍丸は、どうという事はないと言う。
『僕の髭が役に立ったよ!』
「ねこさん、きゃわい」
『ニャアア?!だから、茉昼!髭は敏感だから、触らないで!』
福丸と戯れる茉昼。
茶の間には平和な光景が広がっていた。
俺は一息つくために、床に腰を下ろす。
だが、そこへ。
ドタドタドタ!!
遠くから大きめの音。
誰かが勢いよく走る音が聞こえる。
しかも、どんどん近づいてくる。
この足音は、まさか……。
俺は走る足音の主が誰か、見当が着く。
そして、茶の間の襖を見る。
ガラ!
襖が勢いよく開けられる。
そこから入ってきたのは、
「ショウちゃーーーん!!!マルちゃーーーん!!!」
俺の予想通り、襖からは一人の女性が駆け足で入ってくる。
茉昼と同じ朱色の髪を綺麗に一つに纏め、茉昼と同じ琥珀色の目を持った20代中盤ほどの女性。
顔つきは、まさに茉昼の20年後の姿と言っていい。
言うまでも無い、俺の父の四番目の妻であり、俺と茉昼の母である巴である。
母さんは、茶の間にいる俺と茉昼を見るや否や、ジャンプで飛びつき、俺と茉昼を抱きしめる。
「母さん」
「まんま!!」
「ショウちゃん、マルちゃん!元気にしてた?」
茉昼は母さんに抱きしめて貰って、大喜びである。
かく言う、俺も母さんに久しぶりに会えて嬉しい。
巴母さんと茉昼…こうして、2人一緒に居ると、まさに母と娘である。
「まあ…巴奥様。お帰りなさいませ。今日もお勤め、お疲れ様です」
「常さんも、お疲れ様!ショウちゃんとマルちゃんを見えてくれて、ありがとう!これ、青森のお見上げ」
「まぁ…美味しそうな林檎ですね」
母さんが婆やに渡したのは、青森産の林檎。
確かに、美味しそうな赤林檎である。
そう言えば、母さんは今…青森の方に行って、陰陽師の仕事をしているんだっけ。
高名な陰陽師である巴母さんは、屋敷がある東京を離れて、日本中…様々な現場に行っては活躍している。
なので、俺達が住んでいる屋敷を留守にすることが多い。
実の子供である俺と茉昼は、普段は母さんに会えない。
でも、偶に…こうして突然、会いに来るのだ。
恐らく、今回も仕事の合間を抜けて、無理にでも俺達に会いに来たのだろう。
この屋敷がある東京と青森は言わずもがな、かなり離れている。
でも、そこは我が母。
どんな離れていても、何が何でも、俺達に会いに行こうとするのだ。
「禍ちゃんも、久しぶり!毛、暖かい!」
『こら、巴。私の毛がボサボサになってしまう』
母さんは禍丸に抱きつき、毛並みを撫でまわす。
禍丸は口では、戸惑いつつも、嫌そうな顔はしていなかった。
禍丸は、子牛並みの大きさを持った黒犬である。
普通は、委縮しがちだけど、母さんにとっては関係ない。
「いぬさん!」
茉昼も、母さんと一緒になって、禍丸に抱き着く。
うん、この2人はやっぱり親子だ。
『な、何この人?!』
福丸は、いきなり現れた母さんを見て、戸惑う。
当たり前だけど、福丸は母さんを見るのは初めて。
俺は教える。
「俺と茉昼の母さんだよ」
『しょ、宵明と…ま、茉昼のお母さん?!』
福丸は驚く。
俺は福丸を抱え、母さんに見せる。
「母さん、この子なんだけど」
「え?何、猫さん?…………ううん、猫又さん」
福丸を見て、母さんは興味津々。
キラキラした眼を福丸に向ける。
俺は福丸を紹介する。
「この子は、猫又の福丸。俺、福丸を始めの式神にすることを決めたんだ」
「え?始まりの式神?この子が?」
母さんは驚く。
『よ、よろしくお願いします』
福丸は、オドオドしつつ、ペコリと頭を下げる。
それを見て、母さんは、
「きゃー!超可愛い!」
『ウギャア?!』
母さんは俺と一緒に、福丸を抱きしめる。
福丸は母さんの猛烈なハグを受け、悲鳴を上げる。
「猫耳も、お髭も可愛い!ショウちゃんの式神、何て可愛いの!」
『ニャ?!た、確かに…茉昼のお母さんだニャア!!』
福丸は茉昼に可愛がられた時と同じように、母さんにも揉みくちゃに、抱きしめられ、撫でられるのであった。
あっさり、福丸を受け入れる母さん。
式神は陰陽師にとって、相棒と同時に、その陰陽師の格を表す存在でもある。
どの妖怪を式神にするかは、陰陽師の家系の者ならば、慎重に選ばないといけない。
普通、自分の息子が初めて使役する式神は、かなり重要な話になるのだが。
母さんには、余り関係ないみたいだ。
俺は微笑みながら、母さんに揉みくちゃにされる福丸を眺めた。
いきなり母さんが登場したけど、そこには依然として、平和の茶の間の光景があった。




