013探知には煮干しが必須
「福丸、周囲に怪異は…もういない?」
『むむむ…』
俺の確認に、福丸は目を閉じながら顔を上げて、自慢の髭をピンと張る。
時折、福丸の髭がピクピク揺れる。
多分、レーダーのように、あの髭で索敵をしているのだろう。
ややあって、福丸が目を開け、首を左右に振る。
『うん、僕たちの周りにはいない』
禍丸の方も、首を振る。
『私も怪異の気配を感じない。煤黴は宵明が祓ったのが最後のはずだ』
福丸も禍丸も、怪異は周囲にいないと言う。
「そうか。じゃあ、屋敷に戻るか」
大事に至る事も無く、煤黴を祓えた。
俺と禍丸と福丸は屋敷の中に戻ることになった。
「しょ、宵明様!ご無事ですか?!なにやら、先程大きな咆哮が聞こえたのですが?!」
正門に行くと、いつも九十九神楽本邸の正門を守っている門番の男性の人が、慌てた様子を見せる。
大きな咆哮と言うのは、禍丸が放った霊力の咆哮だろう。
何も知らない者が聞けば、何か恐ろしい存在の雄たけびに聞こえるはず。
「うん、大丈夫、それ、禍丸の雄たけびだから」
「禍丸様の?」
禍丸が頷く。
『ああ、私が煤黴を祓うために叫んだ、もう煤黴はいない』
「そ、そうですか…」
「門番、頑張ってね」
「は、はい」
門番の人は、ただ目を見開くばかりだった。
俺たちは正門を潜り、屋敷の結界を超える感覚を感じながら、屋敷の中に入る。
だが、そこで福丸が髭と耳をピンと張る。
『宵明!待った!怪異の気配!』
福丸が突然、怪異がいると言い出す。
「え?」
『何だと?』
福丸が再び、怪異の気配を感じたと言ったので、俺と禍丸は同時に顔を見合わせる。
またしても、怪異?
「何処だ?」
『うん…と、こっち』
福丸が示したのは、屋敷の中の方向である。
俺は顔をしかめる。
今度は、屋敷内部に怪異?
屋敷には結界があるんだぞ。
悪しき怪異は侵入できない。
『こっち、こっち。本当に、こっちにいる!』
小さい鼻をクンクンとさせ、俺と禍丸に、こっちだと急かす。
……ん?鼻をクンクン?
なんか引っかかる。
取り敢えず、俺と禍丸は福丸が示す方向に、足を進めることになった。
そうして、進んだ先は、
「え?ここは…」
『厨房だな』
福丸が怪異がいると言った場所を見て、俺と禍丸は首を傾げる。
禍丸が言ったように、そこは厨房であった。
屋敷には、庭から入れる厨房があるのだ。
奇しくも、昨晩大雨の日に、屋敷に入り、煮干しを取ろうとした福丸が侵入した場所。
ここに、怪異がいると言う事か?
『本当だよ、こっちに怪異が!』
疑問を感じる俺を無視して、福丸は厨房に入ろうとする。
俺たちは仕方なく、厨房に入る。
厨房には、当然そこで働く料理人や使用人がいた。
「宵明様!禍丸様!……それに、あの猫又…昨日の」
「みんな、お疲れ様」
料理人や使用人たちが庭から厨房に入ってきた俺達を見て、目を点にさせる。
俺は皆んなに労いの言葉を掛ける。
昨晩に引き続き、また厨房にやってきたのだ。
「それで、福丸。怪異は何処だ?」
『う~ん………こっち!』
「え?あれは…」
福丸が肉球を向けたのは、厨房の中にある木製の箪笥。
その箪笥は、食器や箸などの食卓道具を仕舞うところだが、この箪笥は何を隠そう…昨晩、腹をすかせた福丸がいた場所。
一番下にある引き出しの中にある煮干しを狙っていたのだ。
『あの引き出しニャ!』
そして、福丸が示したのは、まさに昨晩、福丸が隠れていた場所と同じ引き出し。
引き出しを示した福丸は、まるで…おやつのお預けをされている子供みたいである。
俺と禍丸は顔を見合わせる。
俺と禍丸も……福丸の狙いが分かったような。
俺は引き出しまで歩いていくと、そっと…引き出しを開ける。
そこには、当然…、
『煮干し!』
そう、袋詰めにされた煮干しが入っている。
福丸が目を輝かせ、煮干しを見る。
俺は目を細め、ジッと福丸を見る。
「福丸…もしかして」
『あ、あれ~…お、おっかし~な~……確かに、怪異の気配を感じたんだけどな~。怪異じゃなくて、煮干しがあったニャ』
問い詰める俺に、福丸は目を泳がせる。
でも、泳がせた視線は、すぐに煮干しに向く。
俺と禍丸は同時に、ため息をつく。
屋敷内に怪異がいると聞いて、変に気を張って損した。
俺は引き出しの中にある煮干しを掴み、
「ほれ」
『あ、ありがとう!』
俺から受け取った煮干しを美味しそうに、口いっぱいに頬張る福丸。
栗鼠みたいだ。
全く、少し前に婆やがお昼に用意してくれた煮干しを食べてたのに。
食いしん坊な奴だな。
『僕、お腹が空いてると…力が出なくって…。力が出ないと、髭で探知とか出来なくなっちゃうんだ』
「いや!煮干し必須じゃねぇか!」
俺は突っ込みを入れる。
どうやら、福丸の広範囲探知には、煮干しが欠かせないみたいである。




