011福丸の力
『悪い感じ。この気配は間違いなく、怪異』
福丸は髭をピクピクさせ、そう答える。
突然、福丸が怪異が現れたと言い出したので、俺と婆やは目を見開く。
「近くに怪異?屋敷には、結界が張ってあるから、怪異は入れないはず。まぁ…福丸は昨日、入ってこれたけど」
「そうですね。屋敷の結界は悪しき者を阻みます。福ちゃんのような人に害を為さない妖怪なら、通れますが、人に害を為す危険な怪異は侵入できないはずです」
だけど、福丸は首を振る。
『ううん。感じからして、怪異は多分…屋敷の外側。結界の外にいる。そんなに強い気配じゃない。でも、確かに、悪い気配を感じる』
「そんなことが分かるのか?」
『うん。僕、悪い気配を感じるのには自信があるんだ』
福丸は何でもない事のように言うが、かなりの索敵範囲である。
屋敷の外と言ってはいるが、俺が住む九十九神楽本邸は、最大5階建ての強大な木造建築であり、不随する庭の大きさも広い。
多分、東京内の木造建築なら、一番大きい?
我が番犬の禍丸も、探知には優れており、昨日は屋敷に侵入した福丸の気配と匂いを嗅ぎ取っていた。
それでも、屋敷内までの探知範囲である。
なので、屋敷の外の怪異を感じ取れると言うのは、なかなかの感知能力を福丸は持っていることになる。
「猫又は弱い妖怪として知られ、吉凶を悟る力があるとも言われています。そのためなのでしょうね、福ちゃんは人に害を為す怪異と言った悪しき気配には、敏感なんでしょう。これは、福ちゃんの力と言えます」
婆やが補足をする。
なるほど、弱いゆえに自然界の動物のように、自分よりも強い妖怪や怪異の気配を誰よりも正確に察知出来るのか。
『えっへん!僕の自慢の髭を使えば、悪い気配なんて、すぐに分かる』
福丸が誇らしげに、髭をアピールする。
その福丸の髭を面白がって触る茉昼。
「おひげ~」
『ニャアアア?!茉昼、髭触らないで!くすぐったい!』
誇らしげな顔が台無しである。
そんな福丸を見ながら、俺は立ち上がる。
「屋敷の外に怪異か。それは、余り放って置けないかも。…………よし、今すぐ退治しに行こう!」
『ニャ?』
髭を触られながら、福丸は目を見開く。
怪異が出たとなれば、陰陽師の出番。
九十九神楽の子としては、調べに行かない訳に行かない。
けれど、待ったをかけたのは、婆や。
「お、お待ちください!ぼっちゃまが行くのですか?!き、危険です」
「大丈夫だよ、婆や。福丸が言うのは、そんなに強い気配じゃないらしい」
「それでも、危険です。ぼっちゃまの身に万が一の事が起こったら!」
「もう、大げさだよ」
「大げさではありません!ぼっちゃまは、まだ4歳です!」
あ!そうだった。
俺、まだ4歳だった。
つい、1回目の人生の時である18歳の自分だと思っていた。
確かに、1回目の人生の記憶があるとは言え、まだ4歳の体。
毎日、『周天巡霊』での霊力鍛錬をしているが、俺は未熟な身だ。
弱い怪異であるとしても、今の俺にとっては十分な脅威。
俺は少し考えてから、
「うん、ここは増援だな」
「増援ですか?」
首を傾げる婆やに対して、俺は肺に思いっきり空気をため込む。
そして、一気に吐く。
「お~い!いるか~!禍丸!!」
俺は一杯の声で、我が屋敷の番犬である禍丸を呼ぶ。
茶の間に、俺の声が広がる。
シーン。
返事は返ってこない。
ならばと、もう一回、大声で呼ぼうとした時。
スルリ…。
俺の体に影が差す。
一瞬、黒雲が太陽を隠したかのような錯覚を覚える。
子牛ほどの大きさの漆黒の犬が、そこにいた。
『呼んだか、宵明?』
俺の元に静かに現れた禍丸。
流石、我が番犬。
来るのが早い。
「いぬさん!」
禍丸の登場に喜ぶ茉昼。
「うん、呼んだ。福丸が怪異の存在を感じたんだ。俺は怪異がいる場所まで見に行きたいんだけど、付いてきてくれる?」
『何、怪異?』
言われて禍丸は周囲を見渡す。
鼻を効かせているが、首を傾げるだけ。
『そんな気配は屋敷の中に感じないが』
「福丸が言うのは、屋敷の外らしいんだ」
『外?この猫又…福丸が、そう言うんだな』
禍丸が訝し気に福丸を見る。
一方の福丸は髭を見せつける。
『僕の髭は凄いんだぞ!』
誇らしげに髭を見せる福丸。
それに対して、禍丸は考える。
『確かに、猫又は吉兆を知らせる妖怪と言われている。ならば、邪気の探知には、優れているのかもしれない』
禍丸は一息吐いて、
『分かった。一緒に見に行こう。ただし、宵明。お前は、私の後ろにいろ。何があっても無茶はするな』
「うん、分かった」
こうして、怪異を見に行くことになった。
屋敷の外に向かう禍丸、俺、福丸。
俺は福丸を抱えて、禍丸に付いていく。
婆やは茉昼を見ている。
茉昼は面白がって、俺に付いていこうとしたが、流石に駄目だ。
茶の間から少し歩いていくと、この屋敷の玄関に辿り着く。
俺は靴を履き替えて、玄関から出る。
とはいえ、この玄関から出たら屋敷の外ではない。
そこから前庭にある通路を通って、一際大きな門…正門へと行く。
ウチの屋敷である九十九神楽本邸は、周囲に広範囲の塀で取り囲まれている。
そのため、取り囲む塀の入り口である正門の外側が、屋敷の外と言える。
正門を潜る。
ググ…。
何かを通り抜けたような感覚がした。
九十九神楽本邸を囲む結界を通り抜けたのだ。
我が家の屋敷を守る境界として機能している結界は、周囲を囲む塀を境に張られており、屋敷や中にいる者に害を為そうとする者を阻む。
「おや、禍丸様に…宵明様!」
正門のそばには、一人の武士が立っていた。
30歳ちょうどに見える男性。
道着と袴を身につけ、長槍を片手に直立不動で立っていた。
「門番、お疲れ」
俺は挨拶をした。
この人は、いつも屋敷の正門の警備をしている人。
「外出ですか?」
「うん…ちょっと散歩」
「は、はぁ…」
適当に散歩と言った。
武士の人は目を点にして、俺と禍丸、そして福丸を見ていた。
4歳の子供が、犬神と猫又の妖怪2体を引き連れて、外出するのは、目を引くだろう。
「福丸、気配はどっちにある?」
『う〜ん…と、こっち!』
俺と禍丸は、福丸が示す方向へ行く。
その方向は、正門から出て、塀を右回りに進んだところ。
上から見ると、時計回りか。
塀を伝って進んでいくと、
『う…嫌な感じ』
怪異が高いためか、福丸が少し不快そうな顔をする。
『む?確かに感じる。弱い気配だが、いるな』
禍丸も怪異の気配を感じたようだ。
さらに進んでいくと、
「あれは?」
俺の視線の先に、黒いものが見える。
その怪異は塀に張り付くように、群がっていた。
最初は黒い点々が、こびり付いており、カビかと思ってしまう。
けど、よく見ると、そのカビらしきものは、蠢いており、ガサガサ…と、奇妙な音を立てていた。
この怪異は……、
『これは…煤黴』
禍丸が、カビのような物を見て、煤黴と言う。




