4-〈3〉
マイヤーズ邸では、階段脇で倒れているアルブレヒトさんに、発見したメイドが駆け寄る。
そして、イライジャのベッドの上で眠るアミナがいた。
場所は暗転する。
悪魔タローマティは容易くアルブレヒトの深層心理世界に入り込み、そこから自身とアルブレヒトを同調させていく。
Ring-a-Ring-o' Roses,
A pocket full of posies,
Atishoo! Atishoo!
We all fall down.
子供の歌声がして、タローマティは辺りを見回した。
「ガキがいんのか……?」
タローマティのいる茂みから、向こうの木陰に若きアルブレヒトが見えた。死体を抱えている。
「神よ……!わたしを罰してください!!わたしを死なせ、妻を生き返らせてください!!あぁ、ああああああああぁぁぁ……!!」
死体は随分な乱暴を受けたようで、ボロボロだ。
「あなた、お客様ね?」
いきなり幼女がタローマティの眼前を覗きこんだ。
「ひっ」
「退屈は嫌いよ。ねぇ、遊びましょう。ナーサリーライムはお好き?」
Ring-a-Ring-o' Roses,
A pocket full of posies,
Atishoo! Atishoo!
We all fall down.
「なんだ、このガキは……存在するはずのない意識体が住んでいるのか?」
身なりのきちんとした執事のアルブレヒトさんが歩いてきた。
「紹介がいりますか、侵入者の方。彼女はわたしの娘です。」
タローマティはアルブレヒトの意識体がしっかり保たれているのにも驚いたが、向こうの木陰にいる、過去のアルブレヒトが抱えてる死体を見て言った。
「妻が死んだのに娘が?ああ、いや、こうなる前に生まれていたのか?」
「いいえ。わたしが妻を拷問して殺し、娘はその時妻の体内で亡くなりました。」
タローマティは悪徳に嫌悪が無い。だが疑問だ。
「なかなかやるね。だが、何故愛する女を?」
アルブレヒトは片手を鳴らし、場面を切り替えた。
場所は拷問部屋。敵に拷問されているのが、アルブレヒトだ。
何処の戦争かは、わからない。
テロ組織かもしれないが。
そこは、秘密工作員だった、彼しか知らないだろう。
「吐け!機密を知っているのがお前だとは、既に割れてんだぞ!!」
アルブレヒトは、あまりの拷問の日々から、正気を失っていた。
「ヒヒ……殺ッ……殺して、やる……」
「意識を失いそうだ。熱湯を浴びせろ!」
意識体のアルブレヒトは、淡々と告げた。
「秘密工作員だったわたしは、任務により、妻と離れ離れになり、敵の捕虜となりました。当時、わたしは弱く、あらゆる拷問、時には敵からの凌辱などに、精神が折れてしまいました。毎日の唯一の自由である空想では、逃げたらここの敵に同じ拷問をし、殺すという願望ばかり。しかし、既に正気では無く、幻覚と痛みの中を行ったり来たりしておりました。」
タローマティは夢中になって聞いた。
「解放されたんだろ?復讐は出来たのか?倍返しは位の高い悪徳だ。」
「残念ながら。時代が変わり、解放されたわたしは正気では無く。代わりに、駆けつけた妻を敵兵と思い込み、喜んで拉致拷問致しました。」
次の場面では、タローマティは妻の役になっていて、とち狂ったアルブレヒトの残忍な拷問を受けた。
「いてぇ!!予測はしていたが……やはり乗っ取り返したな!?俺を永遠に妻役にして、閉じ込めるって……あつっ……話か!」
「わたしのような一介の使用人には、これくらいの対抗策しか持ち合わせがございませんので。」
タローマティは続きが気になった。
「待て!!俺らにとって悪徳は美学だ。アンタなかなかの人間だぜ。続きを知りたい、話してくれ!」
「……正気に返ったわたしは、刑務所で勤勉に働き、神父様がすぐ顔と名前が一致なさるほど、熱心に祈り、弔いました。しかし、あまりの業の深さに、周りもわたしが自殺せずに生きていることをふてぶてしく思いました。神父様だけは、わたしに自害せぬよう、目をかけてくださいます。しかし、わたしには一種の自己洗脳があり、自害はしません。わたしの中で妻と子が生きている限り、わたしは死なない。狂人なのです。既に。」
幼い娘が無邪気に知らせた。
「ナーサリーライムはパパが毎晩読んでくれたのよ。お歌も歌ってくれたわ。わたし、退屈な日中は嫌い。だけど寝る前は大好きよ!」
タローマティは歓喜した。
「いいッ!!いいねぇ〜ッ!!自殺未遂とかだったら興醒めだが、そのとち狂ったふてぶてしさは美徳だね!俺は気に入った。アンタに俺の力を預けたっていいね。拷問されるのも、中々乙なプレイで悪くねぇしな!」
「お褒めにあやかり戸惑います。わたしからは貴方様はあくまで敵側の客人です。いずれお引き取り願いたいもの。」
Ring-a-Ring-o' Roses,
A pocket full of posies,
Atishoo! Atishoo!
We all fall down.
「貴方がアルブレヒトさんか。」
ある日、米国から来た知らない大富豪が、金を積み、アルブレヒトの軟禁房の鍵が開いた。
「神父様に聞いたはずだが。わたしが貴方を引き取る側のマイヤーズだ。」
「エルダー・マイヤーズさん。わたしは世間のことは、知りません。」
「何、これから知ればいい。カトリックでは、改心した犯罪者に道を与えるのも信者の役目だ。……亡き娘さんの為にナーサリーライムを読んで、歌うのか。想像以上に適任かもしれないな。」
アルブレヒトは眉をひそめ、本からエルダーさんに目線を上げた。
「わたしに、なんのお役目をお望みです?」
エルダーに連れられ、アルブレヒトはドイツを旅立ち、米国までの長旅をした。
飛行機を降り、ホテルで休息した翌日。
カトリック系幼稚園まで、リムジンに乗って来た。
お友達と遊んでいる子達の、蚊帳の外に、幼いイライジャがいた。
心配して付き添うシスターもいる。
野生のリスを見つけ、シスターがどんぐりでリスに道を作った。
「イライジャ、リスです。こんなに近寄ってくるなんて、愛らしい。」
イライジャはリスを掴みあげ、ギュウッと握って殺してしまった。
「イライジャ!!」
「…………」
「何故残酷な真似をするの!?」
イライジャは、さも平然と告げた。
「シスターと先に遊んでたのは、おれなのに。こいつ、あとから来てシスターを独り占めしたから。」
シスターは目眩がした。
「ああ……主よ、何故この子にだけ与えるべきものを与えられないのですか……」
リムジンを降りたエルダーさんとアルブレヒトは、遠目にそのやり取りを見ていた。
「見ての通り……息子には、善悪の心が無い……悪では無いと願いたいが、父親である以上、悪であっても守り育てねばならん。わたしは、息子の出産で妻を失い、子を恨み、三年に渡る育児放棄をした。乳母と息子は三年間、子供部屋から出ずに、紙の工作をし。やがて乳母は実子が出来て離れて行った。わたしが立ち直った時にはもう、イライジャはイライジャだけの世界の住人になっていた。」
アルブレヒトは尋ねた。
「だから、愛に固執して、悪さを働くのですか。」
「驚いたな。わたしがみなまで言わないうちに。息子を見てわかったのか?」
「彼は、愛情に飢えているだけの可能性もあります。善意がわからないまでも、好意を持って人と接することは出来るかと。」
「アルブレヒト。息子を君に任せたい。無論、父親としての役割からは、わたしはもう逃げないが……息子が悪徳の子であっても、冷静で理解のある教育係が必要だ。わたしの財閥は余程の社会現象が無い限り、イライジャの子孫までが遊んで暮らせる金がある。だが、金だけでは人は傲慢になる。君に我が家の家族同然の執事になってもらい、わたしの補佐や息子の代弁を頼みたいのだ。」
アルブレヒトは妻の死体が脳裏を過ぎった。
「……わたしには大任が過ぎるかと。わたしは罪人です。過去に囚われている、今も。」
エルダーさんは言った。
「過去の君はいつまでもあるのだろう。だが、君に必要なものは「再生」だ。新しい環境、新しい仕事や新しい人間関係を築くべきだ。」
「何故、そこまでしてくださるのですか」
「神父様から異様に勤勉な罪人がいると聞いた。一分たりともスケジュールに誤差が無い。まさにわたしが待ち望んでいた人材だ。そして、無論だが、今日からいきなり執事になる訳では無いぞ。君には執事学校で学んでもらい、その後君をわたし達が迎えよう。屋敷の仕事も、知識が無ければ大変なのでな。」
アミナの夢の中では、疫病の屍が山と重なる中を歩いていた。
何処までも続く道。
アミナの手足も疫病に侵されて、ボロボロと剥がれていく。
だが、アミナに恐れは無かった。
「卑しい娘だ。疫病に恐れを抱かないのか?」
「あたちの経験では、疫病は人類悪じゃないしね。病は苦ちみだけど。貴方だれ?」
美女が現れた。
顔半分が爛れ、眼帯をまいて隠しているが、それが尚更蠱惑的だ。男物の軍服を羽織り、パンツスタイルの中性的な女。
「光栄に思いたまえ、お嬢ちゃん。わたしはドゥルジだ。アンリ・マユ様の為にこの身体を預かりに来たのだよ。」
悪魔ドゥルジにも、アミナは怯まない。
「そう。待ってたわ。ようこそ。あたちの手足も、もう貴方とリンクしてる訳ね?」
「その通りだ。なかなか、賢い子だな?君は大好きなイライジャの力になれるだろう。わたしとなることでね。」
アミナは夢の世界を利用してか、指を鳴らして場所を切り替えた。
村八分の、アンリ・マユ小屋だ。
「ふふっ。待ってたのは、貴方という犠牲者だわ。あたちの悪夢の身代わりよ。貴方を生贄に捧げて、あたちは身体の主導権をいただくわ。はじめまして、そしてさよなら。もう1人のあたち。」
ドゥルジには、アミナの邪悪な笑いが解らなかった。
「何を笑って……身代わり、だと?なんの話しを」
ドゥルジは何者かに掴まれ、壁まで引きずり込まれた。彼女は目を見張る。
「!?わ、わたしの身体が……なにッ!?」
ドゥルジは壁から無限に生えてくる村人の手に縛られた。
気高いこの悪魔は、触り方一つすら神経を逆立てた。
「離したまえッ!汚らわしいッ!!この気高き我が身に何をする気だ!?貴様のような小娘に、許される真似ではないぞ!!」
アミナはぬいぐるみを抱えたまま、笑うのをやめ、冷淡で厳しい顔つきをして、ドゥルジを見ている。
「そう?必要悪って、こういう時人を守るんだわ、悪魔さん。これはあたちが毎日怯えてた悪夢よ。アンリ・マユに選ばれた子たち、皆が体感した地獄の成れ果て。それが、あたちにも根付いた。」
強姦魔である村人はやって来て、容赦なくドゥルジを襲った。
「ああっ!!」
乱暴に下半身だけ服を剥がれ、ドゥルジは辱めを受けた。
「くっ……わ、わたしに、気高きこのわたしに!!こんな真似をして……殺……してやる!!アンリ・マユ様の大事な人間だろうと、もはや構うものかッ!!」
ドゥルジが、疫病を駆使して、どんなに村人を殺めても。
アミナまでは、届かない。
村人達は、死にはせず、全く止まらないのだ。
彼等は、概念だ。
地獄、恐怖、邪悪の象徴、そのもの。
「殺せない、だと……?これは……まさか、抜け出せない……わたしをも超える邪悪なのか……?わ、わたしが、恐怖で押し負けているだと……!?」
アミナはいつの間にか大人の姿になっていた。
今までがフェイクで、アミナの精神体はこちらが本体やもしれなかった。
「……わたしを、殺せぇっ!!」
「マトモな神経の悪魔さんで良かったわ。あなた、覚悟して入ってきたのよね?本当の地獄を知らないなら、ここで、味わってもらうわよ。」
アミナは死ぬ事すら許さなかった。
ドゥルジは代わる代わる強姦魔に汚され、プライドが許さず、せめて目を逸らそうと、首を曲げる。
すると、村人はドゥルジの顎を捕まえた。
「見たくなけりゃあ、こうすりゃあいい。」
村人はドゥルジに残された片目に、指を押し付けてくる。
「あ……あ……ッ!」
ドゥルジの目玉は潰された。
彼女は、失明のただ中に陥ったのだ。
「あ……うあああああああああぁぁぁあぁぁぁッ!!!」
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